46:噂をすればなんとやら
そういえば。
いつもなら角田と一緒に登校してくる彼が、今朝は1人だ。
「……なぁ、今日は角田、いないの?」
「たぶん、もう学校やめるんじゃろうな」
「え、なんで?!」
「……元々、授業にまともについて行けてないアホだったし。表向きは体調不良ってことになっとるらしいけどの」
「どっか具合悪いのか……?」
「何言うとるんじゃ、今さら。頭の病気じゃ、頭の。あいつ、掛け算もまともに覚えとらんのじゃぞ?」
それでよくこの学校に入学できたな……と思っていると、
「金とコネでここに入ってきたんよ、あいつ」
なるほど、そういうことだったのか。
「でもま、一番の原因はやっぱりお前に負けたことじゃろうな~」
周は別に、角田に勝ったとか負けたとか思っていない。
「シノの前で恥かかされて、プライドだけは人並み以上のサルじゃけん、悔しゅうて、よう表に出て来れんのじゃろ」
彼の言うことの半分しか理解できなかった周は、思わず問い返した。
「シノって、智哉……篠崎智哉のことだろ? 智哉が何だって言うんだ?!」
すると亀山は頬を歪めるような笑い方をし、
「そりゃお前、せっかく汚い手まで使って手に入れたお姫様の目の前で、あんなベタベタな悪役っぷりを披露した挙句、イケメンの騎士様に殴られて恥かかされんじゃけぇ」
意味がわからない。
周が首を傾げると、
「……あいつ、両刀なんよ」
「りょうとう? なんだよ、それ」
「知らんのか? マジか……お子様か」
「お子様でも何でもいい。だいたい、言っちゃ悪いけど、智哉がどうしてお前らなんかと……」
「よせ、周」
円城寺が肩をつかむ。
「でも……」
「確かに、その例えは正鵠を得ている。お姫様と言うのは篠崎君のことで、騎士様というのは周のことだな?」
亀山は無言だが否定はしない。
「しかし君も、友達のことを随分と酷くこきおろすんだな」
「あんな奴のこと、友達だなんて思ったことは一度もねぇ!! ワシだけじゃねぇ、鶴もそうじゃ。鶴、かわいそうに……しばらく入院じゃって」
そうだ。
先日、亀山の自宅を訪ねた時、鶴岡は鼻から大量の血を流していた。それが角田の仕業であることは明白である。
ずっと気になっていた。
聡明で真面目な智哉が、あんな奴らとつるんでいた理由。気が変わって、自分から仲間入りしたなんて、絶対にありえない。
何かある、大きな問題が……。
ことの始まりは確か、夏休み明けだった。
「なぁ、一つ聞きたいんだけど。智哉の方から、お前らの仲間に入れてくれって言ってきたのか?」
周の質問に亀山はなぜか、ぎょっとした顔をする。
「どうなんだ? それとも、何かそうならざるを得ない状況でも発生したのか?」
するとなぜか隣に立っていた円城寺が、はっとした様子を見せた。
「まさか……」
その時だった。
「おはよう」
智哉が登校してきたのは。
ひどく強張った顔をしている。
「噂話をするなら、本人が近くにいないかどうかを確かめてからにしなよ」
智哉は、彼には似つかわしくない、吐き捨てるような口調で言いながら自分の席に着く。
周は自らの失敗を悟った。