45:お人好しばっかり
今日、周は学校を休んだ。
予想通り、角田も登校していない。
昨日、散々バカにしていた周に恥をかかされたからだ。細くて頼りなさそうで、絶対にケンカしたらすぐに負ける、と。
なぜか鶴岡もいない。亀山はいつも通りに登校していたが、なぜか一日中ビクビクと震えていた。
たぶん、これからしばらくは平和な日々が戻ってくるだろう。
少し安心した。
ところでその日、教室の入り口近くの席に座っている智哉は、先ほどから休憩時間になる度、ちょくちょくとこのクラスを訪ねてくる人物に気付いていた。それは昨日の騒ぎの一因である、隣のクラスの円城寺である。
高校からこの学校に入ってきた彼はわりと有名人だった。
スポーツ関係はからきし駄目だが、学業の成績は申し分ない。今から将来の目標をはっきり持っており、それに向かって努力している。少し個性的ではあるが、教師達の覚えも良く、もしかしたら東大へ進めるかもしれないと期待されている。
そんな彼と周がどういうきっかけで親しくなったのかは知らない。が、周はあまり人見知りをしないし、誰とでも仲良くできる。
どちらかと言えば内気で引っ込み思案な智哉には、そんな友人が眩しかった。
「周なら、今日は休みだよ」
それでも何度目かの休憩時間、周を探して廊下をウロウロしている円城寺に、智哉は思い切って声をかけた。
「む? そうなのか……」独特の話し方がおもしろい。「風邪か何かだろうか? それとも昨日の騒ぎのせいでショックを受けたのだろうか? いや、そんなヤワな人間じゃないと思うのだが」
「僕も良くは知らないんだ」
円城寺は少しの間黙りこみ、何か考えていたが、
「ありがとう、礼を言う」そう言い残して去って行く。
そうして平和な一日が終わり、放課後になった。
いつもならこれから鶴の家、亀の家で集合、もしくはゲームセンターのいずれかだと角田が命令を出すのだが、今日は違う。だけど家に帰るのは気が進まない。
どうしよう、頭の中でいろいろと考えながら校門をくぐる。
右に行こうか、左に行こうか。
右なら自宅。左は……。
その時、メールの着信音が鳴った。
最近何度か電話をかけてくる謎の番号からの返信だ。
『どちら様ですか、だと? 警察の人間だ。あれから元気にしてるのか、気になっただけだ。どうも、1人でクヨクヨ悩むタイプと見た。たまには他人を頼れ』
思い出した。
つい先日、不良に絡まれていたのを助けてくれた警察官だ。
ボサボサの髪に、だらしない無精髭。
名前は確か、友永って言ってた気がする。
もう二度と会うこともないだろうと思っていたのに。まさか、自分のことを覚えていてくれているとは思わなかった。
周と言い、この人といい。
どうして自分なんかに気を遣ったり、親切にしてくれるんだろう?
僕にはそんな価値なんてないのに……。
智哉はメールを削除してしまった。それから、左に足を向けた。
※※※※※※※※※
翌日。殴られた部分は多少痛むが、周はいつも通り登校した。
ただ、義姉がどうしても学校まで付き添って行くと言って訊かないのを宥めるのに、多少の苦労はした。 心配してくれる気持ちは嬉しいが、さすがに高校生にもなって保護者に見送りされるのは……。
なんとか説得して学校に、教室に辿り着いた時。教室の前で円城寺が待っていた。
「おはよ、信行」
「周……大丈夫なのか? 昨日の諸々は聞いた。角田の家に謝罪に行ったそうだな? その時に負わされた怪我なんだろう」
「心配すんなって、大丈夫。ちゃんと医者に診てもらったしさ」
円城寺は安堵の表情を見せた後、周の両手を握ってくる。
「君は本当に……どこまでも尊敬してやまない人物だな!!」
面と向かってそんなことを言われ、周は頬が熱くなるのを感じた。
「君のような人と友人になれて、僕は心から嬉しく思う」
「俺の方こそ……」
すると、
「お前ら、やっぱりガチでホモだったんか?」
亀山が口を挟んできた。
「いいんじゃね? イケメン同士でお似合いだっつーの」
ふっ、と円城寺は鼻を鳴らす。
「なんでもかんでも、性的な視線でしか見ることができないのは……人間らしい真実の愛を知らない証拠だ。君は、動物並みの知性と感性しか持ち合わせていないのか?」
けっこうキツいこと言うな……と周は思った。
亀山は何も言い返す文言が浮かばないのか、黙っていた。