44:どちらさま?
「藤江周君、そうでしょう?」
人の群れをかきわけ、こちらに向かってくる少女がいる。
周は一瞬、智哉がこちらに走ってきているのだと思った。
しかし彼は今、学校のはずだ。しかもスカートを穿いたりはしない。
「私のこと、覚えていない……?」
「……え……?」
ざわざわ。
「えっと……?」
目の前に立っている美少女が誰なのか、周には本当にわからなかった。助けを求めて義姉を見つめる。
彼女は初めポカンとしていたが、しばらくして驚いた顔になる。
「詩織!!」
グレーのスーツを着た眼鏡の女性が鋭い声で彼女を呼ぶ。
「行くわよ、次のスケジュールが詰まってるんだから!!」
今、詩織って言ったか?
俺の知り合いに詩織っていのはいないはずだが。
周の頭の中は混乱し始めた。
「待って、中原さん。お願い、ちょっとだけ……」
そう言って彼女はスマホを取り出す。
「私、小さな頃は近所に住んでたんだよ? 周君達と一緒に遊んだの、覚えてるよ」
申し訳ないがまったく思い出せない。
周が子供の頃、藤江の家に引き取られたばかりの頃のことは、嫌な思い出ばかりが鮮明にのこっていて、一緒に遊んだ友人のことはあまり記憶にないのだ。
「ごめん……」
と、いうか誰だろう?
「番号教えて?」
悪い気がしていたので、周もスマホを取り出す。
「詩織、そろそろ」
「ごめんね、また連絡するね!!」
少女はスーツの女性に引っ張られて歩きだす。それを追いかける幾人かの若い男性の群れ。彼らは一様にカメラを構えていた。
少女と女性はタクシーに乗り込み、文字通り走り去って行った。
ポカン……と呆気にとられていると、なぜか手にカメラを持っている若い男達から睨まれた。
「周君、行こう」
今度は義姉が周の手を引っ張り、歩いてきたのとは反対方向へと急がせる。
「な、なに、どうしたの?」
「あの人達、きっと危険よ」
「……俺が訊くのもおかしいけどさ、今のって誰……?」
「え……?」
「何かどうも、俺の幼馴染みっぽい感じだったけど……悪いんだけど全然、覚えてないんだよな」
義姉は急に足を止める。
その表情は驚きに満ちていた。
「……本当にわからないの? 周君……」
「全然……」
「今の、樫原詩織本人よ」
「……え……?」
とりあえず、帰宅することにした。
家に帰るとさっそく、周のスマホにメールが届いていた。
『さっきはごめんなさい。私のこと、全然覚えてないんだね(^_^;) 無理ないかぁ。5歳か6歳ぐらいのことだもんね。毎日、一緒に遊んだんだよ。私、一目見てすぐに周君のことわかったのになぁ。実は私、今、アイドルやってます。ローカルだけど時々はテレビに出てるんだよ。朝の情報番組『おはよう中国』っていうでお天気キャスターやってます。良かったら見てね。あ、それと。今の住所教えてくれないかな? ライブ、見に来て欲しいんだ。チケット送るから』
最後に【樫原詩織】のサインがあった。
にゃー、と足元で茶トラが鳴く。遊びの催促か、おやつの催促か。
周は猫を抱え上げ、このメールが本物かどうか疑っていた。
子供の頃のことを必死で思い出してみようと試みる。
周にとって幼馴染みと言えば、智哉ぐらいしか思い当たる人物はいない。藤江家に引きとられたばかりの頃に住んでいた家の隣が篠崎家だった。
平日はそうだ、いつも智哉ともう1人、一緒に遊んでいた女の子が確かにいた。
しかし、その子の顔立ちがどうしても思い出せない。
その子が樫原詩織だったのだろうか?
そうだ、智哉に聞けばすぐわかるだろう。
でも今は、それどころではないかもしれないが……。
彼ともっとしっかり、ゆっくりと話をする時間が欲しい。周にとって大切な友人だ。何か困っているなら力になりたい。