43:気持ちは複雑
朝の登校時間帯だけは、やっと一人になることができる自由な時間だ。それほど長くはないけれど。
妹が可愛くない訳ではない。
だけど。自分だってまわりの同級生みたいに、普通に遊びたいと思うこともある。
何かにつけ妹の面倒を見ろ、と強制してくる母親を恨みに思うことだってある。
学校まではバスと徒歩で数十分。広電を使ってもいいのだが、バスの方がゆっくりできる。
スマートフォンを取り出しロックを解除すると、いくらかメールが来ていた。そして不在着信の報せも。
ダイレクトメールは未読のまま削除。
着信履歴を確認すると、知らない番号からの着信が何度かあった。
削除しておこうと指を動かしていた時、着信音が鳴り響いたので智哉は慌てた。急いでスマホの電源を切り、カバンにしまいこむ。
学校から最寄りのバス停でバスを降りた後、改めて電源を入れる。
すると今度はショートメールが届いていた。
誰だろう? 不思議に思ってメールを開くと、
『調子はどうだ? 元気か?』と、それだけが書かれていた。
差出人は不明。
気持ち悪いと思ったが、悪戯でも誹謗中傷でもない。仕方ないので、智哉は『どちら様ですか?』と返信しておいた。
※※※※※※※※※
結局、今日は一日学校を休むことにした。
美咲がどうしても、と言うので仕方なく大事を取ってのことだ。
病院へ精算にも行かなければならない。ついでに自転車も取って来なくては。
自力で行けるのだが、心配だからと美咲もついてきた。
待合室で義姉と並んで腰かけ、ぼんやりと雑誌をめくっていた周は、ふと鶴岡は大丈夫だろうか? と思った。
昨日、周が亀山の家に到着した時点で、彼は鼻血を出して気絶していた。角田に殴られたと言うことだった。
それに比べたら自分はまだ軽傷の方だろう。
鶴岡は角田を訴えたりしないのだろうか。あれだけの怪我を負わされたら、傷害で充分立件できるだろうに。
受付の人に名前を呼ばれた。周は急いで雑誌をラックに片付けに行き、会計を終えた。
時間を確認すると、正午近い。
「どっかで何か食べて帰る?」周が提案すると、美咲はそうね、と応じた。
そこで二人は町の中心部である本通り商店街へ向かった。何も知らない人が見たら、デート中のカップルに見えるかもしれない。
周はふと義姉の横顔を見た。楽しそうな顔をしているように見える。
少なくとも不満そうな、悲しそうな顔はしていない。
本当なら俺じゃなくて、あいつなら良かったのにな……。
「……周君?」
「あ、ごめん。何か言った?」
「ううん、たいしたことがなくて本当に良かったって」
うん、と返事しておきながら、周は胸の内で苦い思いを噛みしめていた。結局、いつも義姉を心配させてばかりいる。
そんな彼の内心を知ってか知らずか、彼女は歩きながら言った。
「私ね、周君って本当にすごいと思うの。いつも他人のために怒ったり、喜んだりできるんだもの。担任の先生もそれは認めていたわよ」
「……」
「それに、ちゃんと謝りに行ったんだものね。私ならできなかったかもしれない。誰がなんて言ったって、私は周君を誇りに思うわ」
「義姉さん……」
「元気出してね。私は何があっても、いつでもあなたの味方よ?」
俺だってそうだ。義姉さんの味方だ。
でも、心配かけたり迷惑かけてばっかりだ。
この人が義理じゃなくて、本物の姉だったらどんなに……。
「おいしいもの食べて帰りましょ? 賢司さんには内緒ね」
周は少し泣いてしまいそうになった。
それからしばらく二人で商店街を歩いていると、レコード店の店頭に『jewelrybox3生ライブ!!』と太い文字で大きく描かれていたポスターを見つけた。
「この真ん中の子って……樫原詩織ちゃんでしょう? 今、人気絶頂の」
ポスターを見ながら美咲が言った。
「地元だけで、だろ」
「そうかもしれないけど……私も一度ぐらいは、本人を見てみたいわ」
「そうなの?」
「ええ、だって地元のアイドルですもの。興味あるわ」
マジかよ、と周は思わず呟いた。
「周君は興味ないの?」
「……全然」
そもそも、あまり異性への興味がないのかもしれない。高校2年生の男子としてはどうなのかというところだが。
「こんなに綺麗な子達なのに」
「……智哉の方が綺麗な顔してるよ」
周は無意識に、けっこうな問題発言をしていた。
「あ、そうか。誰かに似てると思ったら、智哉君に似てるのね」
義姉の台詞に周はあらためて樫原詩織の顔をよく見た。言われてみれば確かに、目元や口元が似ているような気がする。
まさか、母親の違う姉弟だったりして。でも、ありえなくはない。詳しいことを聞いた訳ではないが、智哉の両親が離婚した原因の一つに父親の不倫があったというのも、確かな話なのだから。
でも、だとすると兄妹か?
まさかな……。
「……周君、どうかした?」
「なんでもない。それより何食べるかそろそろ決めようぜ」
歩いているだけで商店街を通り抜け、市の中心部を走る大通りまで出てしまった。
その時。
すぐ近くに、人だかりができていた。
何だろう? 不思議に思いつつ、近くを通り抜けようとした時。
「……周君?!」
女の子の声がした。




