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42:篠崎家の朝

 昨日、角田が来るなと言った理由はたぶん、恥ずかしかったからだろう。


 周はどう見てもケンカが強そうな人間ではない。むしろ弱そうなイメージすらある。そんな彼に、油断していたとはいえ殴られたことが彼のプライドを傷つけたに違いない。


 もしかしたら学校にも来なくなるかもしれない。

 元々、勉強について行けている感じではなかったし。そう考えたら周には感謝しなければならないだろう。


 智哉は少し清々しい気分で布団から出て服を着替え、顔を洗ってリビングに向かった。


 妹の絵里香はテレビの前で、子供向け番組を見ながら謎のダンスをしていた。

 それが終わって朝のニュース番組に切り替わる。ローカル局のアナウンサーが何かしゃべっている。母親は自分も仕事に出る支度をしなければならないため、バタバタと忙しそうに動き回っている。


 智哉がミネラルウォーターを取り出そうと冷蔵庫を開けると、藤江製薬の栄養ドリンクがかなりのスペースを占拠していた。


「……何これ……」

「ああ、それ。懸賞に応募するために、山ほど買ったけど飲みきれないから、って会社の人にもらったのよ。あんたも飲んで」

 特別美味しいわけでもないし、好きでもないけれど、食欲のない今、腹の足しにはなるかもしれない。


 智哉は2本ほど取り出してふたを開ける。すると、

「あ、詩織ちゃんだ!!」

 絵里香が嬉しそうに声を上げる。


 智哉の視線はつい、テレビに釘付けになってしまった。


『おはようございます。樫原詩織です。本日より、お天気コーナーを担当させていただくことになりました。どうぞよろしくお願いいたします』

 中継場所は平和記念公園。

 資料館の前に立っている樫原詩織は、秋らしいレンガ色のワンピースに身を包んでいた。外は快晴である。


『今日は、朝からとても爽やかです。気温は手元の温度計で現在25度、湿度は……』


「ね~、お兄ちゃん。詩織ちゃん可愛いよね」

 妹に同意を求められ、

「そ、そうかな……?」

「あら、この子……詩織ってもしかして……」

 母親が手を止めて画面を凝視する。

「まさか、あの子かしら?」


「あの子って……誰?」

「ほら、あんたの従姉妹よ。今は元、だけど」

 元、と言うのはつまり今は他人、の意味である。


「まったくねぇ、あんなバカ嫁に捕まって……やっとのことで解放されたと思ったら……ふーん、娘は芸能人かぁ」

 母親が言っているのは、自分の実弟のことである。

 彼女の弟は何年か前に離婚している。夫婦の間には娘が一人いて、名前は詩織だった。


「たまたま、同じ名前ってだけじゃない……?」

「ううん、確かあの嫁の旧姓って樫原だった気がするわ。娘を芸能界に入れるなんて、いかにもあの女のやりそうなことよ」

「本名で出てるとは限らないよ」


「ママ、詩織ちゃんと知り合いなの?!」

 絵里香が嬉しそうに訊ねる。

「たぶんね。絵里香の元従姉妹、でもあるわね」


「やめろよ!!」

 智哉は思わず大きな声を出してしまい、はっと我に帰った。

「……変なこと、言わない方がいいよ。だってほら、ちょっとでも有名になると途端に親戚や友達を名乗って、お金の無心をする輩がいるって……そう言う話、よく聞くじゃないか。そんなふうに言われたら、気分が悪いだろ?」


「……それもそうね」

「絵里香。保育園で、絶対にその話をしちゃダメだよ?」

「どうしてぇ~?!」

「ダメなものはダメ!! いいね?!」


 泣き出しそうな表情の妹に背を向け、智哉は急いで家を出た。

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