41:思わず本音が
午後10時近く。少し躊躇いながら聡介は藤江家のチャイムを鳴らした。
周の声で応答がある。
彼はすぐに出て来てくれた。
「こんばんは、どうしたんですか?」
腕に猫を抱えた少年は、不思議そうな顔でこちらを見る。聡介の隣に立っているのが和泉ではないことに、少し違和感を覚えているようだ。
友永が何か余計なことを言わないかと、少し心配したが杞憂だった。
それにしても。どうしたのだろう? 頬が両方少し腫れていて、顔の一部にいくらか痣さえできている。
「その顔、いったいどうしたんだ?」
「え? あ……転んじゃって……」
嘘だな、と思ったがあまり深く聞かれたくなさそうだったので、聡介は用件を切りだすことにした。
「少し聞きたいことがあってね。確か、宇品の方にお友達が住んでるよね?」
「それって智哉のことですか?」
ぴく、となぜか友永が反応する。
「いや……そうじゃなくて、円城寺君っていう……」
「はい、そうですが……彼が何か?」
「妹さんがいるのは知ってるよね?」
「妹どころか、弟も4人いますよ」
「そ、そうなのか……それで。その妹さんなんだけど……不審者に連れ去られそうになったことがあるという話を知ってる?」
すると周は、
「覚えてます!! 確か、黒いワンボックスカーで……乗ってる奴の顔は見えませんでしたけど。たまたま俺と彼女の兄が、その現場を見て……事なきを得ました」
「そうだったのか、それなら良かった」
はい、と微笑む周。
本当にいい子だな、と聡介はしみじみ思う。しかし次の瞬間、なぜか彼は表情を曇らせた。
「……その事件が、何か……?」
「ちょっとね。ありがとう、おやすみ」
不思議そうな顔の周に別れを告げ、聡介たちは車に戻る。
「……やっぱり、猪又なんだろうか……? 確か奴も宇品に住んでいたよな」
「同じ地域に、そう複数の変態が住んでいるとも思いたくないですね」
と、友永が呟いた時、彼の携帯電話が鳴った。
「……ああ、俺だ。そうか……わかった……」
「息子さんか?」
「……少し、持ち直したらしいです……」
「それならいいが……」
今度は聡介の携帯電話が鳴りだした。
うさこからだ。何か新しい情報を得たのだろうか。
『班長、15年前の猪又が起こした事件の、被害者遺族ですが……全員、既に亡くなっています』
「なんだって?!」
『今から5年前、交通事故に遭って……』
「そうか……わかった、ありがとう」
なんということだ。
ということは、被害者遺族による復讐の線は消えてしまったということだ。ただ、それならそれで少しだけ安堵している自分がいる。
「そっちのセンが消えたとなると……動機の面から怪しい奴をあぶり出すのは、少し厳しくなってきますね」
友永が呟く。
「ああ、そうだな……」
もし15年前に亡くなった少女の他にも、猪又による悪戯の被害に遭った少女がいたとしたら。そう言った事件は表面化しにくい。
親告罪といって、被害者の申し立てがなければ捜査機関が単独で逮捕や捜査を進めることができない犯罪……主に痴漢や強制猥褻などがそれに該当する。
それらの事件は被害者にとって、精神的に非常な苦痛を伴うものだからだ。
答えたくないことを根掘り葉掘り訊ねられ、人によっては『挑発したんだろう』などと言われて酷く傷ついたという話も聞く。
「こんなこと言ったら叱られますから、ここだけの話にしてくださいよ」
突然、友永が前を向いたまま言いだした。「俺ぁ、こんな仕事していながら時々思うんですよ。それでも、こんな奴の為に真相を探らないといけないのかって……」
聡介には何も答えることができなかった。




