40:それが仕事です
「えっと……」
「とにかく、この男性はこの店で誰かと落ち合ったってことでいいんだよね?」
「……はい」
「男性、女性?」
無意味な質問かもしれない。ここに来る人はきっと、身体は男、中身は女かその逆が半数を占めているに違いないのだから。
ふと、カウンターの上に例のご当地アイドル【樫原詩織】が所属するアイドルグループの出したCDが置いてあることに気づいた。
直筆サイン入り、とのポップと共に。
「まさか、この子もこの店のお得意様じゃないだろうね?」
「え? あ、ああ……彼女はまだソロで無名だった頃、時々この店に来て歌ったりしていました」
「へぇ……」
「初めは演歌歌手になりたかったそうですよ」
その情報はとりあえず不要な気がする。
「それで、落ちあった後どうしたの? 何か金銭の遣り取りがあったとか、物の受け渡しをしていたとか」
バーテンダーは完全に口を閉ざしてしまった。
こうなってしまうともう、取り付く島もない。そもそも彼らは客の情報をそう簡単に流してくれたりはしないからだ。どうしたものか。
仕方ない。
ここは奥の手、必殺技を使うしかない。
和泉は財布から一万円札を取り出した。
「この店で一番高いのって、何……?」
バーテンダーはちらりとカウンターの上の札を見、にこっと笑う。
「お2人分ご用意しますか?」
「ううん、僕ら仕事中だからさ……ウーロン茶でいいよ」
一杯五千円のウーロン茶。とんでもない出費だ。
「で、どんな話してた?」
「うーん……ほら、あんまり聞いちゃダメでしょー? でもぉ、何か渡してたのはちらっと見たなぁ」
なぜかバーデンダーは口調まで変わっている。
「何かを渡してた?」
「そ。たぶん、何か栄養ドリンクみたいなの? そんな感じに見えたわ」
栄養ドリンク。
和泉はふと頭の中で、先ほど会議で聞いたことを思い出した。
被害者の死因は青酸カリによる中毒死。胃の中から、藤江製薬が販売しているSドリンクという滋養強壮剤の成分が検出されたと、鑑識員が言っていたはずだ。
ふと、あの憎たらしい隣人である藤江賢司の顔が浮かんで消えた。
「1本だけ?」
「ううん、あれ。ビールみたいに6本でセットになってるやつ」
と、いうことは。6本の内どれが1本に毒が仕込まれていたか、あるいはすべてにか。
何にせよ、その男女の区別がつかない連れの客が殺意を持って、被害者にそのドリンクを渡したということだ。
「……他に覚えていることは?」
バーデンダーは思い出そうと、必死な様子を見せている。
「あ、そういえば。なんかねぇ、やたらに【タラ】がどうこうって話してた」
「タラ……?」
「それはつまり魚の鱈……冬に、鍋料理なんかに使う?」
「あと、港がどうとか。そんな感じには見えなかったけど、どっちも漁師さんなのかもれないなって」
和泉と駿河は顔を見合わせた。
どうも被害者のイメージにそぐわない。
「……その話は、本当なのですか?」
「嘘なんかついてないわよ!!」
駿河の問いに、バーテンダーはムキになる。
【タラ】と【港】
和泉は頭の中にその2つのキーワードを収めておいた。
「覚えてるのは、だいたいこんなところ」
和泉は礼を言って店を出た。
「葵ちゃん……大丈夫……?」
「……」
カルチャーショックというか、見てはならないものを見聞きしてしまったせいか、目の焦点が定まっていない。彼はきっと生活安全課ではやっていけないタイプだ。
「……とりあえずその栄養ドリンクの6本パックを買った客を、片っ端から探すしかないのかなぁ……骨が折れるね、これは」
6本パックと言うことはきっと、ドラッグストアで購入したのだろう。市内だけで何件該当の店があるというのか。
「それが我々の仕事です」
真面目な子……。
この子の前では、あまり妙な冗談は言わない方がいい。
和泉は今さらながら胸にそう刻んだ。




