38:捜査会議
普通の企業ならこんな時間に職場にいれば【ブラック企業】だと叩かれるのかもしれないが、警察の捜査会議であればごく普通のことだ。
日中いっぱいを使って聞き込みに当たった刑事達が、それぞれ得た情報を共有する。
「初めに、宇品東署刑事課から」
会議の音頭を取るのは、事件が起きた場所の管轄である宇品東署長である。
所轄の刑事で年かさの刑事が立ち上がり、明朗な声で発言する。
まず被害者の身許。
前科者であること。
現時点でまだ、被害者宅へ訪ねてきた、あるいは出入りした人物は目撃されていないこと。
「次、鑑識課!!」
淡い紺色の制服を着た鑑識員が立ち上がる。
「マルガイの死因は青酸中毒による服毒死。毒物は服用した栄養ドリンクから発見されました。なおマルガイ宅の冷蔵庫には同じ栄養ドリンクがあと5本残っておりましたが、鑑定したところすべての瓶から青酸カリが検出されました」
ざわ……と、会議室にどよめきが起きる。
「あれかのぅ、ビールの6本パックみたいな奴を買って……全部に毒を注入したっちゅうことはつまり……」
署長の独り言に、聡介が答える。
「明確な殺意があったということです」
「なお、蓋の部分に小さな穴を開けたような痕跡が見られました。恐らく注射器か何かで注入したものと思われます」
「そんなことをしたら飲む前に気がついて、おかしいと警戒せんか?」
先ほどから闊達に意見を口にするのは署長だけである。肝心の捜査1課長である大石警部は何一つ興味なさそうに、明後日の方向を向いているような気がしてならない。
「その点ですが、実は……問題の栄養ドリンクですが、藤江製薬が製造、販売しているSドリンクという商品で。今、このドリンクには漏れなく応募券と言うシールが付着しているのです。発見された瓶すべての蓋に、このシールが貼りつけられていました」
「なるほど……注射器の痕跡をシールで誤魔化したっちゅうことじゃな?」
「おそらくは」
鑑識からは以上です、とのことだ。
「次、マルガイの交友関係について!!」
手を挙げて立ち上がったのは和泉である。
聡介はいつも会議の時、彼が立ち上がると何を言い出すのだろう、と少なからず不安を覚えてしまうのであった。
「被害者は15年前に起こした幼女誘拐事件が原因で刑務所暮らしでしたので、いわゆる娑婆に顔見知りはいません。ただし、保護司とは定期的に面会していたようです。出所後は保護司の経営する工務店に勤務していましたが……」
「……が、なんだ?」
「とある現場で悪い癖を出したせいでクレームになり、解雇までいかないまでも、自宅待機となったようです」
「悪い癖?」
「とある一般住宅の建築現場ですが、道路を挟んだすぐ向かいに保育園がありまして。可愛い女の子がいないかと物色していたようです」
宇品東署長はウンザリした顔を隠そうともしない。
聡介も同感だった。
「しかし……マルガイの自宅を見た感じですが、決して生活に困っている様子はみられませんでした」
和泉の発言に署長が喰いつく。
「どういうことだ?」
「6畳一間の安いボロアパートではありましたが、パソコンがありました。ネットもつながっています。パソコンは最新式、通信費用もそれなりにかかります」
「それはつまり……?」
「恐らくですが、脅迫のセンが考えられます」
ざわざわ……刑事達は顔を見合わせ、小声で話し出す。
「他に!!」
署長の一喝により、会議室は静まり返る。
次に手を挙げたのは駿河だった。
「マルガイの自宅に謎のメモが残されていました」
【午後10時 ゲハイムニス】
スクリーンにそう書かれたメモが映し出される。
「薬研堀通りにあるバーの名前です。何らかの目的を持つ人間が、ガイシャをそこに呼び出したと考えられます」
「そいつがホンボシだ!!」
宇品東署長は勢いこんで叫ぶ。やや早急ではないか、と聡介は思ったが、黙っておく。
「その、呼び出した人間はやはり、15年前の事件の被害者遺族じゃろうか?」
「……考えられないセンではありませんね……」
「しかしさっき、脅迫も考えられるっちゅうたな」
捜査1課長である大石警部が大きな欠伸をする。
「よし、マルガイの生前の足取りを徹底的に洗え!! それと、15年前の事件の被害者遺族のアリバイ!! ええの?!」
はいっ、と刑事達の返事が威勢よく室内に響く。