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37:都合よくねじ曲げられる

「安芸もみじ銀行の角田頭取を知っているかね?」

 聡介も一応、地元の有名人や財界人の名前ぐらいは把握している。

「ええ、名前だけなら」


「その頭取には高校生の息子さんがいて……詳しい前後の事情は曖昧なんだが、とにかくその息子が、町のゲームセンターで遊んでいる時に、和泉と偶然出会って因縁をつけられた上に、顔を殴られたと言っているそうなんだ」

「まさか!」

 聡介は言下に否定した。


「私だってまさかと思ったよ。君ほどには彼を知らないが、そんな真似をする人間だとは考えられない」

「当たり前です! 彰彦はそんな人間じゃありません!!」

「しかし、困ったことに目撃情報があるんだ。そのゲームセンター云々の話は少し前のことらしいんだが、今日の話だ……」


「今日の話?」

 それはこっちが訊きたい。

 3人組の高校生に話を聞いて、突然、尾行しますとか何とか言い出した。


「午後5時前ぐらいの話だそうだ。角田頭取の息子が亀山という友人の家で遊んでいたところ……藤江周という少年が訪ねてきて……」

 そう言えば周の名前が出ていたっけ。

「その藤江という少年は元々、頭取の息子と何かトラブルがあったらしいが、今日も学校で暴力沙汰になって……その子は和泉と親しいんだろう? そこで和泉を一緒に連れて来て、二人揃って頭取の息子に対して暴力を振るったらしい」

「……」


「殺されるかと思った、と言っているらしい」


「課長は……その話を信じたのですか?」

「信じる? 信じるも何も、向こうがそう言ってきたのだから仕方ないだろう」


 この課長はいつもそうだ。

 クレームが入ると事実関係を見極めることもせず、とりあえず謝っておけという立場を取る。およそ部下を庇うだとか、真実を追求する努力をしない。


 聡介は苛立ちを覚えながら、

「そんな話をまともに取りあわないでください。お話がそれだけなら、失礼します」

 立ち上がり、ドアの方へ向かう。


「待ちたまえ! 向こうは訴えると言っているんだ。もしそんなことになってみろ、私も君もただでは済まないんだぞ?!」

 課長の悲鳴が背中に投げつけられる。聡介は振り返り、

「好きにさせればいいじゃないですか。そんな荒唐無稽な話を相手にするほど裁判所も暇じゃないでしょう」


「目撃者がいるんだ、それも複数!」

「どうせその頭取の息子の友達でしょう?」

「高岡君!」

「……とりあえず、和泉には話を聞いてみます」

 聡介は課長の執務室を出た。


「聡さん、捜査本部へ行きましょう」

 驚いたことに、廊下で和泉が待っていた。


 いろいろと言いたいことが積み上がっているが、不意に冷静になった。和泉はいつも決して、自分本位で勝手な行動をしたりはしない。


「……課長はなんて?」

「くだらない話だ」

「時間がなくて、詳しいことを聡さんにお話できなかったんです。申し訳ありません」

「だったら、今から話せ」

 もちろんそのつもりです、と和泉は答えた。



 捜査会議開始時刻5分前。

 宇品東署の会議室の入り口に『南区男性毒殺事件捜査本部』と、ひねりも何もない戒名の書かれた張り紙の元、刑事達が続々と集まってくる。


 聡介が席に着く前に、日下部が声をかけてきた。

「班長、ご命令のあった件について調べがつきましたよ」

「ああ、ありがとう」

 日下部は妙な顔をする。

「……なんだ?」

「いや、あの……仕事して礼を言われたのって、初めてだったんで」

「そうなのか?」


 聡介にしてみれば頼んだことをこなしてくれた相手に対し、礼を言うのは当然だと思っていた。そんなことぐらいで驚かれると、逆にこちらが驚いてしまう。

「ちょうど3日前ですね。場所は宇品の……僻地です。夜になるとほとんど人通りもなくなるような場所で、小学生の女の子が拉致されそうになって未遂に終わった事件がありました」

「被害者の名前は?」

「円城寺鈴音、小学4年生です。幸い、すぐ近くを通りかかった被害者の兄と、その友人が気付いて救出した結果、未遂に終わりました」


「被害者の兄の友人っていうのは……?」

 すると日下部はなぜかキョロキョロ、まわりを見回す。

「藤江周……確か、あのバカ和泉が可愛がってる高校生ですよね?」


 和泉がバカなのも、周を可愛がっていることも否定はしない。


 しかし……なんというのか。

 あの子は実に『持っている』のだな。


 ゾロゾロと刑事達が会議室に集まってくる。聡介は日下部に再度礼を言ってから、自分の席についた。


 しばらくは捜査本部に泊まり込みだ。

 後で着替えを取ってくるついでに、周本人から話を聞こう。

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