36:義姉キレる
和泉が病院へ送ってくれて、安芸総合病院の時間外診療科で怪我の治療をしてもらい、念のために脳の検査もしてもらった。
まだ仕事があるという和泉を見送った頃、検査結果が出たと名前を呼ばれる。幸い、どこにも異常はなくて安堵する。
自転車を亀山の家に置いて来てしまったので、周は迎えに来てもらえるよう家に連絡をしておいた。
ほどなくして、義姉がすぐ病院に駆けつけてくれたのだった。
「周君!!」
「心配かけてごめん。でも、もう済んだから」
「本当に、本当に大丈夫なの?!」
「うん、平気。ちょっと痛むけど……って、義姉さん……」
人目も気にせず抱きつかれて、その柔らかい感触に戸惑いを覚えてしまう。
「……良かった……」
「実はさ、和泉さんのお世話になったんだ」
「え、どうして?」
周は角田に会いに亀山の家に行ったこと、なぜか突然、和泉が現れて助けてくれたことを話した。
「そう。和泉さんにお礼をしないと……」
帰りましょう、と義姉は優しく周の手をとった。
自宅に戻ると、驚いたことに兄は在宅していた。てっきり、仕事に戻っていると勝手に思っていたから。
「やぁ、やっぱりそういうことになったのか」
賢司はおもしろそうに言う。
笑いごとじゃない、と周が言いかけた時、
「……あなたのせいよ」
低く冷たい声でそう遮ったのは、美咲だった。さすがの賢司も少したじろいだようだ。
「だから私が一緒に行くって言ったのに!! もし、後遺症が出るような怪我をさせられたりしたら……」
義姉が大きな声を出すのを周は初めて聞いた。
「私、あなたを絶対に許さないから!!」
しかし賢司は無表情に妻を見つめるだけで、何も言わずに部屋へ引っ込んだ。
正直言って角田に殴られた瞬間、周は一瞬だけ死ぬんじゃないかと恐れを感じた。もしもあの時和泉が来てくれなかったら、とゾッとする。まだ死ねない。
美咲をあいつの元へ嫁に出すまでは、いやその前に、無難に賢司と離婚させて、借金をなんとかする目途を立てるまでは……。
「周君、大丈夫?」
二匹の猫達も足元に擦り寄って来る。まさか心配してくれているのだろうか。
「大丈夫だよ、義姉さん」
和泉さんに連絡するね、と言い残して周はリビングを後にし、自分の部屋に戻った。
なんだかひどく、気まずかった。
※※※※※※※※※
初回の捜査会議は午後9時からだ。
それまでに少しでも情報を集めておこうと思っていたのに、和泉が突然謎の行動を取りはじめ、先に本部へ戻っていてくださいと言う。
ふと、こなしておかなければならない雑用を思い出し、聡介は捜査本部ではなく県警本部に一度戻った。
捜査本部は宇品東署だ。
用事を終えてそろそろ出掛けよう、そう思った時に課長から呼び出しの電話がかかってきた。
すぐ、執務室に来いと。
嫌な予感がした。課長が自分を呼び出す理由はほぼ99%文句を言う為だ。
胃をさすりながら聡介は課長の部屋のドアをノックする。
返事があったので、重い扉をゆっくり空けて中に入る。
紺色の制服を着た課長は、いつもそうだが眉間に皺を寄せ、苦い顔をして立っている。
「……何でしょうか?」
「まぁ、かけたまえ」
ソファにかけるよう勧められる時は大抵、話が長くなる予兆だ。それも悪い方の。
聡介は恐る恐る革張りソファに腰掛けた。
「……和泉のことなんだが……」
向かいに腰掛けた課長は、溜め息をつきながら話し出した。
やっぱりか!