表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/138

34:謝罪

 何もかも上手くいかない。ひどい自己嫌悪に陥る。


 周が自宅に戻って玄関のドアを開けると、美咲が心配そうな顔で駆け寄って来る。いつもなら嬉しいはずなのに、この時ばかりは正直、うっとおしいと思ってしまった。その時。

 背後に気配を感じた。


「……ただいま」めずらしく、賢司が帰ってきた。


 周がおそるおそる振り返ると、既に連絡は行っていたらしい、兄はひどく不機嫌そうな顔で靴を脱いだ。そうして弟を押し退けるようにして中に入ると、

「話は聞いたよ」とだけ言った。


 彼は無言の内にリビングへ向かい、上着を脱いでソファに腰を下ろした。

「美咲、コーヒーを淹れてくれないか? それと周、こっちにおいで」

 口調は柔らかいが、明らかに怒っている。


 言ってみれば兄に、藤江の家に恥をかかせた。

 周は少し躊躇った後、おずおずと賢司の近くに立つ。


「悪いことは言わない、大人しく謝罪に行ってくるんだね。……角田君、だったっけ? 君の性格上、納得はいかないだろうけど。でも、大人になったらもっと納得できないことで頭を下げなければならない場面がたくさんあるんだよ」


 少しも心に響かない。

 だが、かえって開き直ることができた。


「……わかった……」

 美咲が驚いた顔をする。

「ちなみに、言っておくけどこっちの……会社の方の心配はいらないよ。その子の父親の銀行はうちとは無関係だから」

「ああ、わかった」

 周は再び玄関に向かい、靴を履く。とりあえず兄の言うことを聞いていればいい。


 待って、と美咲が追いかけてきた。

「私も一緒に行くわ」

「……大丈夫だよ、義姉さん」


「君は行かなくていい」賢司の声がリビングから飛んできた。

「でも……!」

「君がそうやって甘やかすから、周はいつまで経っても大人になれないんだよ。それよりもコーヒーはまだかい?」


「俺なら大丈夫だから」

 周は義姉に微笑みかけて玄関のドアを開けた。角田の家の所在地は知っている。行ったことはないけれど、自転車でおよそ15分。本当は少し心細いが仕方ない。



 噂には聞いていたが、本当に大きな家だった。元々地主だったという話も聞くし、成金という訳ではなく、いわゆる素封家なのだろう。


 インターホンを押すと、機械的な女性の声がした。周が学校名と同じクラスの生徒であることを名乗ると、今は出掛けていて不在だという返答があった。

 そういえばいつも角田は、今日は鶴の家だ、亀の家だと、どこかに寄り道している。


 早く済ませてしまいたい。でも、どこにいるのか……連絡先は知らない。


 そこで、ふと思いついた。智哉に連絡してみよう。

 少し前までは智哉があんな連中と一緒にいることを不快に思っていたが、今だけは少しほっとしている。


 電話はすぐつながった。


『もしもし?』

「あ、智哉?! 今って平気?」

『……周、どうしたの?』

「今、どこ?」

『自分の家だけど……』

「え、今日は角田達と一緒じゃないんだ」

『うん。何か知らないけど、今日は来るなって言われた』


 ほっとした。

「あのさ、角田の携帯番号知ってたら教えてくれないか?」


 智哉は何も突っ込んだことは聞いてこなかった。余計なことも言わない。だいたいのことは察しているようだ。


 昔からそうだった。

 空気を読むのが上手いというか、あまり深い所まで踏みこんでくることなく、黙っていて欲しい時には黙っていてくれる。

 そのあたりのちょうど良い距離の取り方というか、気の遣い方がありがたい。


 気が重いが角田の番号に電話をしようと思った瞬間、誰かが電話をかけてきた。

『あ、藤江? 俺、鶴岡……』

「ちょうどよかった、今、角田も一緒か? どこにいるんだ?」


 今は亀山の家にいる、との返答。

 亀山宅は東区の住宅街の一画にある。この辺りは少し前まで田んぼだったが、再開発事業により整備され、建売住宅がずらりと並んだ新興住宅地である。


 目的地に到着した周は自転車を家の前に停め、インターホンを押す。

 するとすぐに玄関のドアが開き、慌てた様子の亀山が飛び出してきた。ひどく青ざめている。


 彼はロクに呂律の回らない様子で、言葉にならない言葉を発しながら、周の手を掴んで引っ張り家の中に連れ込む。


「おい、角田はいるか?!」

「待ってたんだ、そんなことより、早く来てくれ!!」

「……?」

 靴をちゃんと揃えてないのに、と少し気にしつつ、周が廊下を進んで行くと、


「……うぅ……」

 リビングの向こうから声にならない声が聞こえてきた。それからこれは、血の臭い?

 周は急いでドアを開けた。

 すると、柱を背もたれにして項垂れている鶴岡の姿が見えた。ワイシャツの胸元にはべったりと血の染みが広がっている。


「ようやく来たのかよ」

 言い終わるか終わらないかのうちに、周は右頬に強い衝撃を感じる。


 バランスを崩して床の上に倒れたところ、髪を掴まれ引っ張られた。


 ある程度は予想していたことだった。だけど。

 現実になった途端、強い恐怖感に襲われる。


「あんな大勢の前で恥かかせやがって」


 左頬にも熱さと痛みを覚え、目がかすんでくる。強がって一人で大丈夫だなんて言うんじゃなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ