32:ファンってやつはさ
猪又が問題を起こしたという東区の建設現場に向かうと、御殿でも建てるのかと言うほどの広い敷地面積で建設作業が行われていた。
今も、作業服姿の男性達が忙しそうに動き回っている。
道路を挟んですぐ向かいに件の『ひかり保育園』があった。
「先に保育園へ行こう」
聡介が和泉にそう声をかけたが、息子は心底、嫌そうな顔をする。
「僕……小さい子、苦手です」
わかる気がする。というより、本人がまだ『小さな子供』だ。
「文句を言うな」
園の中に一歩入ると、黄色い声に出迎えられる。
「センセー、知らないオジさんがはいってきたー!!」
「ふしんしゃ、ふしんしゃー!!」
ピンク色のエプロンをした保育士の女性は、怪訝そうな顔でこちらに近づいてくる。
「お騒がせして申し訳ありません。実は……」
園長先生と呼ばれた年長の女性は、刑事達を応接室に通してくれた。
確かに先週木曜日、道路を挟んだ向かいの建設現場に来ていた作業員の一人が、嫌な眼つきで子供達を見つめていたという証言が得られた。
「ほら今、小さな子を狙った犯罪が多発してるものですから……園としても、保護者の皆さんもピリピリしてるんですよ。何かが起きる前に、って警戒してるんです」
「この男性で間違いありませんか?」
猪又の写真を見せる。園長先生は手にとってしげしげと眺めたあと、
「そうそう!! 見間違えることありませんよ。だって、ものすごく特徴のある顔じゃないですか」
確かに、一度見たら忘れられない顔ではある。
「誰か、声をかけられたという子供さんはいますか?」
「いえ、今のところはいないですね」
「保護者の方も、接触はしていないんですよね?」
「……そこは、私の方ではなんとも……」
礼を言って聡介たちは保育園を後にした。
それから向かいの建設現場に向かう。
すると。平日の昼間だというのに、カメラを構えた若い男性が数人、工事現場を囲んで写真を撮っている。
「なんだ、あれは……まさかマスコミか?」
「いや、ちょっと違うと思います」
そこで和泉は柵に表示してある建設会社の名前、工事期間、責任者などが記載されているホワイトボードを見た。
「あ~……ここ、樫原詩織の実家なんですね」
和泉が唐突に言い出した。
「知り合いか?」
「やだなぁ、聡さん。こないだ一日署長なんていうパチモンでやってきた、我らが広島県のご当地アイドルじゃないですか。そんなに儲かるんですかね? 彼女の歌なんて、聞いたこともありませんけど」
「おい、こんなところで大きな声でそういうことを言うな」
聡介は肘で和泉の脇を突いておいた。ファンが近くにいたらどうするんだ。
「アイドル稼業の他に、何か後ろ暗い商売でもやってるんじゃないですか?」
「だから……」
「ちょっとあんた!!」
カメラを抱えた若い男性が、ズカズカとこちらへ寄ってくる。
「ここがどこだかわかってて、そんなこと言ってるんですか?!」
ほら見ろ、やっぱりだ。
熱心なファンの男性に囲まれ、もはや意味不明としか言いようのない訳のわからないことを並べ立て、気が済んだのか飽きたのか、やがて彼らは三々五々去っていく。
「なんだ、いまの……?」
「ファンと言う名の狂信者ですよ。アイドルって言うのは、偶像なんです。崇拝の対象なんですよ」
「……なるほどな」
「怖かったですね」
「元はと言えば、お前のせいだろうが!?」
「まぁまぁ、聡さん。仕事しましょう」




