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31:揺れる気持ち

 午後の授業は何事もなかったかのように始まり、無事に終わった。


 ホームルームが終わると早速、周はまっすぐ職員室へ向かおうとした。その時、

「周」と、智哉が声をかけてきた。


 振り返ると友人は心配そうな顔で、

「気をつけなよ?」と、それだけを言った。


 周は笑ってうなずいた。が、内心に不安がない訳ではなかった。

 角田が格闘技を習っていて、彼が一声かければ配下の少年達はすぐに従う。多勢に無勢となれば勝ち目はない。


 それでも周は自分が間違っているとは思っていなかった。その時点では。


 職員室に行くと、担任教師が困った顔で座っていた。筋肉の盛り上がった腕を組み、周の顔を一目見るなり、太い溜め息をつく。


「まさか、お前がこんな面倒事を起こすとは……」

「すみません。でも、悪いのは角田達の方です」

 担任教師は首を横に振り、再び溜め息をついた。


「とにかく、事と次第を詳しく話してくれ」


 周は昼休憩の時間に起きたことを、なるべく感情が入らないように、順を追って担任教師に説明した。


「……あの場に円城寺がいたから、たぶんそうだろうと思ったが……」

「どういうことですか?」

「あいつは特待生なんだ。それに……ああ、いや、やめておこう」


 周はピンときたことを口にした。

「もしかして、角田の好きな女の子、もしくは元彼女が信行……円城寺のことが好きだとか、そんなお約束ネタですか?」

 担任教師は苦い物を飲んだような顔をした。


「何ですか、それ。まるっきり漫画に出てくる悪役そのものじゃないですか。くだらねぇ奴らだと思ってたけど、まさかそういうネタキャラを地で行くなんて……っつ!!」

 大きな手で頭を掴まれてかき回され、周は悲鳴を上げた。なんていうバカ力だ。

「おい。お前な、そういうことは思っても口に出すんじゃない。たとえ相手に非があろうが、言っていいこととそうでないことがあるだろう? 第一、円城寺を見てみろ。あいつは何を言われても黙っていただろう?」

「……だから、俺は……」

「角田達が漫画に出てくる悪役なら、お前は正義のヒーローか? もっともな理由があるなら暴力を振るっても許されるっていうのか」

 返す言葉もない。

「いいか? 今日のことは保護者に連絡するからな。それと、ちゃんと角田に謝っておくんだぞ」

「……!!」

「以上だ。もう帰ってもいいぞ」


 ものすごく納得のいかない顔をしている周をよそに、担任教師は立ち上がって職員室を出て行く。これから部活の指導なのだろう。


 苦い気持ちが胸いっぱいに広がる。


 自分は間違っていないはずなのに、どうして謝らなければいけないのか。

 それに、仕返しされたら怖い。


 先ほどまでの揺るぎない自信はすっかり崩れ、周は不安でどうしようもなくなってしまった。


 正門を出ると円城寺が待っていた。心配そうな顔をしている。

「大丈夫だったか? 周」

「……」

「すまない、僕のせいでこんなことに……」


「信行が謝ることは何もないだろ」

 つい口調がぶっきらぼうになってしまう。すると円城寺は周の前に立ち、物差しで計ったかのように90度に腰を曲げて頭を下げた。

「でも嬉しかったよ、ありがとう。僕の為に怒ってくれたのは、君が初めてだ。どうしてもお礼を言いたくて君を待っていた」


 周は初めて、円城寺の笑った顔を見た。いつも難しい顔をして難しい本を読んでいるイメージの彼の笑顔はとても爽やかだった。


「お前……あんなこと言われて、なんで黙ってたんだよ?」

 少し頬が熱い。周は目を逸らしてしまった。

「無駄な論議はしたくない。ああいう愚鈍な輩と同じレベルにまで自分を下げるのは、愚か者がすることだ」

 いつもの表情に戻って円城寺が語る。


「……じゃあ、俺はあいつらと同じ低レベルの人間だっていうことか?」

 あまり何も考えずに、気が付いたら周の口からはそんな言葉が漏れていた。


「な、何言ってるんだ。僕はそんなこと一言も……」

 円城寺の表情が歪む。

「あ……ごめん、俺……」


 頭が混乱している。どうしてこんなことを言ってしまったのだろう?

 何が何だかわからなくなってしまって、周は走り出した。


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