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30:愚にもつかない

 智哉がどういうつもりなのか、相変わらず周には理解できない。


 今も角田達と放課後の予定について話し合っている。


 昼の休憩時間、生徒達は昼食を摂り終え、めいめいおしゃべりに興じたり携帯電話をいじったりして過ごしている。

 周は自分の席に座ってぼんやりと友人の様子を眺めていた。


 もう何も言うまい。でも、心配ではある。

 少し遠く離れたところから見ているしかないだろうか。


 こんな時、和泉ならどうするのだろうか。


 やはりそっと見守ってあげろと言うのだろうか。


 その時、

「見ろよ、これ!! jewelrybox3のライブチケットゲットだぜ!?」

「マジかよー?!」

クラスメート達はおおいに湧きあがる。口々にマジかよ?! いつ?! 場所はどこだ?! 金に糸目はつけないぜ……。


「……jewelrybox3って何?」

 周は近くを通りかかったクラスメートに質問した。すると相手は驚きに目を見開き、

「知らないのか?! 詩織ちゃんがセンターを務める、我が県を代表するご当地アイドルじゃないか!!」


 そうなんだ。

 そもそも樫原詩織がグループに所属していることさえ周は知らなかった。


挿絵(By みてみん)


 たかがご当地アイドル、されど……といったところか。先日の景品があっという間になくなった時は、さすがにその威力を感じたものだが。


 それから周はふと考えた。

 アイドルって、いくらぐらい稼げるんだろう?


 それこそ東京にでも進出できるぐらい有名な売れっ子なら、家の一軒ぐらい建てられるかもしれない。そうなれば義姉の借金を帳消しにできるかもしれない。


 ……まさかな……。


 我ながらアホなことを考えたもんだ、と周が自嘲した時。

「おい、藤江。お客さんだぞ」クラスメートの1人が呼びにきた。お客? 不思議に思いながら周が教室の入り口へ向かうと、円城寺がドアの傍に立っていた。


「よぉ。こないだはありがとうな」

「いや、こちらこそ」

「実は……」

 円城寺が何か話しだそうとした次の瞬間だった。


「あー! ジョージじゃん!!」角田の手下である鶴岡が騒ぎ出した。

「マジ?! 久しぶり! 相変わらずボンビー?!」

 鶴岡と亀山は周を押し退け、二人で円城寺を囲んだ。


「今日もコンビニの売れ残り弁当を恵んでもらってんの?!」

「お前のママ、歳の割には美人で若く見えるからなぁ。コンビニ店長に色気で迫って売れ残りをタダでください~って、今日も無駄にデカイおっぱい揺らしてんの?!」

 円城寺は黙ったまま何も言わない。


 周は愚にもつかない野次を飛ばす二人組にも、何の反応も見せない友人に対しても苛立ちを覚えていた。


「すまない、周。あとでメールする」

「待てよ」

 円城寺を止めたのは周でもなく、からかっていた二人でもなく、角田だった。


「……もうすぐ昼休憩も終わる。僕は教室に戻らなくてはならない」

 円城寺は背を向けて歩き出そうとした。

「待てって言ってんだろ?! この貧乏人!!」

 ぴたり、と円城寺は足を止める。


「お前さぁ、マジなんでこの学校いんの? 授業料ってどうしてる訳? そういやベクトルってガチホモだって噂だよな?! 母親はコンビニ店長、息子は数学教師に身体売って何とかしてるって訳だ」


 ベクトルとは数学教師のあだ名である。40を過ぎて独身、浮いた噂の一つもない、ということで生徒達から妙な偏見を持たれている。


 こいつらは円城寺の家庭内事情を知っているようだ。


 やめなよ、と智哉が角田に声をかけた。しかしそれは逆効果だったようだ。

 角田は思いつく限りの下衆な暴言を浴びせ、周りで見ていた生徒達も静まり返って引いている。鶴岡と亀山もそれに乗じて野次を飛ばす。


 周の我慢の限界はそう長い方ではない。むしろ短い方だ。


 円城寺がただ黙って言われたい放題になっているのも一因であった。それと、もうすぐ休憩時間が終わって、教師がやってくるという目算もあった。


 角田達は不思議な踊りをおどるかのように、円城寺を囲んで身体をくねらせている。

「おい」

 周の呼びかけには気付いていない。グイっ。周は角田のジャケットの襟首を掴み、後ろに引っ張った。


「……なに……」

 振り返った角田の左頬に、周は渾身のパンチをくらわせた。勢いで相手がよろめく。


 人を殴ると自分も痛いというが、確かに周は指にジンジンと痛みを感じていた。でもそれよりももっと心が痛かった。


 しーん、と教室中が静まりかえる。

 円城寺も驚いて呆然としている。


「知ってるか? 知らないなら教えてやるよ、お前らみたいなのをクズって言うんだ」

 言いながら周の頭に義姉と兄の顔が浮かんだ。これは確実に家に連絡されるだろう。


 そして。

「……てめぇ!!」

 逆上した角田が周に襲いかかろうとする。しかし彼は上手くそれをかわした。


 夏休み中、美咲の実家でアルバイトをした時、面倒をみてくれた石岡孝太がちょくちょくケンカのやり方などと、あまり覚えなくてもいい事を教えてくれたものだ。彼はかつて暴走族を束ねる立場にあった。


 周は自分でも驚くほど冷静だった。

 怒りは頭に血を昇らせるが、沸点を通り越すと、かえって冷めていくものなのかもしれない。


「よせ、周!」

 ケンカを売られた張本人である円城寺の方がむしろ慌てている。「君、先生を……いや自分で行こう!」


 心臓が飛び跳ね始めた。

 ついさっきまでは冷静だったのに、急に動機が激しくなってきた。今は上手に避けることができたが今度も成功するとは言えない。


 その時、

「お前ら、何やっとるんじゃ?!」

 学年主任と担任教師が走ってきた。


 周達のクラスを受け持つ担任は体育教師で、柔道も剣道も有段者のゴツイ男性である。


「鶴岡、亀山、またお前らか……って……?!」

 担任教師は驚いていた。まさかあの藤江周がこんな騒ぎの中心にいるなんて。


「放課後、職員室ですね?」

 周が笑って言うと、担任教師は出鼻をくじかれたように、

「う、む……そういうことだ」


 鶴岡と亀山は顔を青くし自席に戻って行く。

 角田はと言えば。ものすごい形相で周を睨みつけ、腹いせにその辺にあった椅子を思い切り蹴飛ばした。


 そして。ひったくるようにカバンを手に取って、まだ午後の授業が残っているのにさっさと帰ってしまった。

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