28:文明の力
「それってきっと、猪又の仕業ですね」
和泉がぽつりとつぶやく。
「そうだな……」
「長い刑務所暮らしで、いろいろ溜まっていたんでしょう」
下品だな、と聡介はつい顔をしかめてしまった。職業柄、そんなことを言っている場合ではないことは重々承知しているはずだが、どうにもこればかりは慣れない。
聡介は携帯電話を取り出し、部下に電話をかけた。
「あ、日下部か。すまないが調べて欲しいことがある。宇品東署の地域課で……ああ、そうだ。最近、誘拐未遂事件が発生していないかどうか……」
それから、誰かが被害者を訪ねて来なかったかを重点的に訊ねることにした。
いわゆる【娑婆】に出たばかりの人間に好んで会いに来る人間は、おそらくいない。
しかし。彼が刑務所に入る原因となった事件の被害者が、復讐の為に訪ねたとしたら?
いや、接触する可能性のある人間は他にもいるはずだ。
たとえば……そうだ。
「猪又には、保護司がいるんだろうか?」
「調べてみます」
和泉はスマホをいじりだした。今は『調べる』というと何でも電子機器なんだな……と聡介は思った。昔は調べものと言えば図書館とか、捜査資料なら資料室だったものだが。
若い者は順応性があっていいな、なんて。
自分なんてパソコンだって最近やっと、仕事で使うぐらいのことはできるようになったのに。
娘達が『メールぐらい覚えて』と言うのだが、どうにも気が重い。
話したいことは電話か、直接会った方がいい。
「いますね、えっと……角田幸造という人物です。広島市内で工務店を営んでいて、過去に何度か前科者を雇い入れているようです。ひょっとすると、猪又もそうだったかもしれません」
「その、角田という人物に話を聞きに行こう」
はい、と和泉が答えた次の瞬間、聡介の携帯電話が着信を知らせた。
『班長? 俺です』
ディスプレイに名前が表示されるし、声でわかるのだが、俺という名乗りはやめろといつも言っているのに。
聡介が黙っている理由がわかったのか、
『友永です。悪いんですが、夜の会議までちょっと抜けます。なので葵の奴を、面倒みてやってください』
「どうしたんだ?」
『……いや、ちょっとした野暮用でね。すんませんが』
何だ、野暮用って。捜査より大切な用事があるのか。
「あのな……」
『終わったら全部、ちゃんと話します』
何となく、聡介はその声音に妙な寂寥感を覚えた。
考えてみれば彼のプライベートは、まったく知らない。
話そうとしないし、無理に聞くこともない。そう思って今まで触らないでいたが。
本当は上司として、もっといろいろ知っておくべきか……と反省しつつ、
「わかった」
電話を切った。




