26:ロリコン?
一歩中に足を踏み入れた瞬間、聡介は思わず絶句してしまった。
「……」
その部屋を一言で表現するなら『異様』としか言いようがなかったからである。
そして臭い。
遺体が発見されたのは死後およそ3日。外気温と湿度が高いこの季節だから、腐敗しやすい条件が整っている。
遺体は既に運び出されていたが、臭気は未だ部屋の中に漂っていた。
近年、独居老人の孤独死が社会問題とされているが、これがその実態なのか……と聡介はひどく悲しくなってしまった。
誰にも看取られることもなく、独りきりで最期を迎える。
なんて寂しい結末だろう。
しかしそんな聡介の感傷を打ち切るかのように、
「……みごとなまでのロリコンだったんですね」
白い手袋をはめ卓袱台の上に置いてあったパソコンを触りつつ、和泉が呟く。
ロリコンに見事もへったくれもあるか。
「なに? どういうことだ」
「見てくださいよ、この画像フォルダ」
あまり見たくないが、そうも言っていられない。聡介は画面を覗きこんだ。
まだ3、4歳ぐらいだろうか。幼い少女達の写真が収められている。綺麗なドレスを着せられていたり、和服姿だったり、それだけなら良かった。
段々と、明らかに法に触れる写真が出てきたのである。
「僕には理解できない世界ですよ」
「俺だってわからん」
「そうかと思えばまぁ……ストライクゾーンが広いんですね。成人女性の写真もありますよ。見ます?」
「見ない」
聡介はぷいっとあっちを向いた。
早朝から呼び出しを喰らった。広島市南区宇品のとある木造アパートで男性の変死体が発見された。殺人の可能性が高く、現場へ急行せよ、と。
駆けつけてみたところ遺体は既に運び出されていた。
「被害者はこの部屋の住人、猪又辰雄。年齢46歳。現在は無職……ですね」
作業に一段落ついた鑑識員の若い男性が教えてくれた。
高齢者の孤独死ではなかった。まだ若いではないか。
「これが被害者の顔写真です」
口から泡を吹き、苦悶の色を浮かべている遺体の顔写真を見て気付いた。
実を言うと聡介はこの男に見覚えがある。
「こいつは……」
「知ってる人ですか? 聡さん」
「彰彦、お前、覚えてないのか?」
「……何をです?」
「……俺の記憶に間違いがなければ、こいつはあの猪又だ……」
「あの猪又?」
そう言えば。和泉は人の名前がまったく覚えられない人間だった。
それは今から約15年前のことだ。
この男はある日、下校中の小学1年生の少女を見かけてかどわかそうとした。
場所は広島市内の郊外。まだ開発中の住宅街で、山を切り開いて宅地として整備しかけているところだった。
しかし少女は抵抗し、ちょっとした揉み合いになった末、足を踏み外して崖下に転落してまい、頭を強く打って死亡した。
逮捕・送検された犯人は刑務所で刑期を全うしていたはずだ。仮出所でもしたのだろうか。
「覚えてますぜ、俺は」
すぐ後ろから誰かが口を挟む。いつの間にか友永が後ろから写真を覗きこんでいた。
「あのロリコン野郎、仮出所してやがったのか……」
日頃はあまり仕事に対する熱意を感じられず、飄々と適当にこなしているイメージしかない彼が、めずらしく怒りを覚えた様子で遺体のあった場所を睨んでいる。
「知り合いか? 友永」
「知り合い、っていう言い方は気に喰わないですね。こいつはあの魚谷組配下のチンピラで、主に家出少年や少女を風俗店に売り飛ばす仲介役をしていた、ただのクズ野郎です」
そう言えば、彼の前身は生活安全課少年係だった。
「挙げ句、悪戯目的で連れ去ろうとした女の子を崖から転落死させた……確かそのせいでムショに入っていたはずです」
「……どういう事件でしたっけ?」
和泉はスマホを取り出し、検索を始めた。
となると。
もしかしたら、その時被害に遭った少女の遺族の仕業だろうか?
そう断定するのは早い。
「あ、友永さんの言う通りです。それでつい先月……仮出所してますね」
「班長」
駿河が何か手紙のようなものを手に、近くへやってきた。「こんなものが発見されました」
そう言って彼が手渡してきたのは一枚の紙切れであった。
『午後10時 ゲハイムニス』