25:相談してね
すっかり遅くなってしまった。この頃は日が暮れるのが早い。
午後6時頃、周は円城寺の家を辞した。彼は美咲に電話をして迎えに来てもらうことにした。
街灯もほとんどなく、人通りもほとんどない寂しい道を通り抜けると、ようやくコンビニエンスストアの明かりが出迎えてくれる。
周はそこに来てもらうよう、義姉に連絡しておいた。
迎えを待っている間、一人でぼんやりとまわりを見回していると、一台の黒いワンボックスカーが駐車場に停めてあるのに気付いた。
まさか先日、円城寺の妹を連れ去ろうとした不審車だろうか。
周が注意深く車を見ていると、運転席から一人の男性が降りてきた。慌てて目を逸らす
男性は周に一瞥くれると、コンビニの中へ入っていく。先日は顔を確認することはできなかったが、今ははっきりと見えた。
一度見たら忘れられない特徴のある顔だった。
そこへ美咲がやってきてくれた。周は礼を言って車に乗り込む。
「ずいぶん遅くまでおじゃましてたのね。楽しかった?」
「うん……」
「そう言えば、さっき智哉君から電話があったのよ」
「智哉から?」
「ええ。周君の携帯にかけてもつながらないから、家の電話にかけたみたい」
美咲はハンドルを回しながら言った。
そう言えば何度か携帯電話が振動していたが、円城寺との話に夢中だったので気付かなかった。
「……なぁ、義姉さん」
「なぁに?」
「賢兄と……」別れたい?「いや、やっぱり何でもない」
やぁね、と笑いながらもそれ以上は追及しない。
周の頭の中で、円城寺の言ったことが繰り返される。
『まずは、その横領事件の真相を解決するのが先なんじゃないだろうか。もし真実がまったく別のところにあるならば、まずは真犯人が断罪されるべきだ。犯人が逮捕されても金銭的な損失が補填されるという保証はないが、少なくともお義姉さんのご両親の不名誉は晴れるだろう。その上でお兄さんと別れることができたら、相手が警察官だろうと自衛隊員だろうと、再婚の自由がある。正直言って、今の世の中で女性が一人で生きて行くというのはそう簡単なことではない。うちの母親がそうだ。いくら市や国からの援助があろうと、そんなものは焼け石に水なのが現状で……もっとも、うちは子供が多いっていうこともあるんだが……とにかく、何ごとにも順序というものがある。それと、お義姉さんが何を優先させたいのか? ご実家の窮状を救うことか、好きな男と結ばれることか。僕はいつでも君の力になる。まずはそこを煮詰めてみてくれ』
彼の言うことは真実だ。
「あ、そうだ、お母さん明日退院できるらしいのよ。私が病院に迎えに行ってあげたいんだけど……賢司さんは許してくれるかしら」
「……大丈夫だと、思う」
複雑な気分だった。
もしも美咲が旅館の救済を第一にして、このまま賢司との結婚生活を続けるなら、彼女とはこれからもずっと一緒にいられるだろう。
でも、もしも駿河を選んだとしたら?
そうなれば周は美咲とまったくの他人になってしまう。
彼と二人でどこか遠くへ行ってしまうことを決意したとしても、自分にそれを止める権利はない。
わかっている。自分の我がままで彼女を縛る訳にはいかないのだと。
「……周君……?」
「ごめん、何か言った?」
美咲はううん、と首を横に振った。
「何だか周君、最近悩んでいることがあるみたいだなって思って。私じゃ頼りにならないかもしれないけど、話してみて欲しいなって」
「……」
「やっぱり男の子だから、相談するなら私よりも年上の男性がいいのかしらね? 和泉さんとか、高岡さんとか」
「ごめん……」
「どうして謝るの?」
美咲は不思議そうな顔をしている。
「今までのこと、いろいろ思い出して。でも俺……今は、本気で義姉さんのこと大好きだから」
ふふっ、と嬉しそうに笑って義姉はありがとう、と言った。