24:あなたの真実は?!
観たい映画なんてない。
けれど、家に帰る時間が少しでも遅くなればその方がいい。
映画の料金は和泉が支払ってくれた。さっき買ったネクタイのおかげでお小遣いはすっかり底をついてしまったので、これには助かった。
それにしても、この人はどういうつもりなのだろう?
周とのつながりとはいっても、ほとんど接触したことなんてないのに。
この間の刑事もそうだ。どうして親切にしてくれるのだろう。
後日、法外な請求書でも届くのだろうか?
タイトルすらはっきり覚えていない映画はたいした内容があるようには思えない。洋画なのは確かだが、車が普通では考えられない動きで走り回ったり、やたらに火花が散ったり、金髪で胸の大きい女性と、碧い瞳の男性が抱き合ってキスしているだけだ。
他にも上映している映画はあったはずだ。どれがいいかと聞かれて、何も考えずに指をさしたのがこれだった。
この年齢になって子供向けアニメはないし、邦画は基本的に好きではない。
和泉は退屈しているのではないだろうか?だとしたら申し訳ない。
あとで感想を聞かれたら、適当に答えられるように、そのためだけに集中して観ておこう。智哉は眠気と闘いながら必死に字幕を読んだ。
約2時間が経過した後、エンドロールが流れ出し、客達が一斉に外へ出て行く。
疲れた……。
智哉はぐったりして、立ち上がる気力を奮い起こすのに苦労を覚えた。
「おもしろかった?」
和泉が笑いながら尋ねてくる。
「……はい」と、心にもない返事をする。
「あのヒロインの女性、Fカップはあったよね。さすがに外国の女性は違うなぁ」
和泉が何の話をしているのか、智哉にはさっぱりわからない。
「何を食べてたら、あんな大きさの胸になるんだろうね?」
「ああ、そういうことですか……」
彼もやはり男性だったということか。角田達がよく街中で見かける女性達の話題を持ち出しては、あれはBだ、Dだと言っていて、何の話だか訳がわからなかったが。
「あ、もしかして智哉君てそういうの苦手だった? ごめんね」
「……周も、そういう話はあまり好きじゃないですよ」
「そっか、そんな感じだよね」
和泉は映画の半券を丸めながら言った。「君達って、普段どんな会話してるの?」
どうだろう?
「別に、普通ですよ。いつも政治経済の話や、社会問題の話だとかをしている訳じゃありません」
どちらかと言えばものすごく会話が弾んだ、ということはあまりない。ごく当たり障りのない話と、時々人生相談のような話。
周とは子供の頃からの付き合いだが、会話をしなくても別段気まずい思いをしたことはない。
「周君は、すごくいい友達だよね」
和泉が言った。智哉もそれは否定しない。
「なのにどうして、君はわざわざあんな……こう言ったら何だけど、あんなお友達と付き合うようになったの?」
「……」
どうしてこんな流れになってしまったのだろう?
智哉は唇を噛んだ。
「もし何か困っていることがあるなら、力になれるかもしれないよ?」
失敗した。
今日はここまでだ。
「あの、今日は本当にいろいろありがとうございました。それじゃあ」
智哉は振り返らず、走るようにして映画館を後にした。
※※※※※※※※※
「お義姉さんに有利な条件で、となると……」
遊び疲れた幼子達がようやく眠りについてくれた夕方近く。
やっと静かに話ができる状況になった時、円城寺は周に言った。
「やはり具体的な出来事を記録しておくべきだな。口頭であんなことがあった、こんなことがあったというだけでは、調停委員に理解してもらうのは難しい」
そう言えば美咲は日記をつけていると聞いたことがある。周は彼の言葉を頭にしっかりとメモした。
「それから、これが一番肝心だが……決して感情的にならないこと。調停委員と言っても人間だからな。彼らにいかに良い印象を持ってもらえるか、そこは大事だ」
美咲なら何の問題もないだろう。そこは自信を持って言える。
周の膝を枕にしている次男がうぅん、と唸って寝がえりを打つ。
「ところで、今さらだが」
弁護士志望の友人は、眼鏡をかけ直して真っ直ぐに周を見つめてきた。
「お義姉さんは本当に離婚を望んでいるのか?」
「……」
実を言うと、周が勝手に行動しているだけで、彼女は何一つ感知していない。
「やっぱりな」円城寺が呟く。
「やっぱりって……なんだよ」
「どうも君の話を聞いていて疑問を持っていた。お義姉さん自身の意見や希望を一度も聞いたことがない。あくまで君の意見ばかりだ」
「それは、あれだよ。いざっていう時に俺がそういうこと知ってたら、絶対役に立つだろうと思ってさ」
円城寺は気持ち良さそうに寝息を立てている弟達の頭を撫でながら、
「夫婦間のことっていうのは、意外と本人同士にしかわからないことがあるものだ。もちろん、傍で見ている君がやきもきするのも無理はないだろうが」
「義姉さんには、他に好きな男がいたんだ!」
周は今まで円城寺に美咲の深い事情までは話したことがなかった。新しい友人は驚いた顔をする。
「今時信じられないかもしれないけど、言ってみれば政略結婚みたいなもんだ。無理矢理好きな男と引き離されて……」
「詳しいことを聞かせてもらえないか」
円城寺はいつも真面目だが、なおいっそう真剣な表情でそう言った。
こいつなら信用してもいいかもしれない。
周は最近知った、複雑な事情を話すことにした。