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23:イメージカラーは排水溝のドブ色です

 日曜日の紙屋町近辺は大変な人出だ。

 地元民はもちろん、国内外からの観光客が雑誌やテレビで紹介されたお好み焼きの店の前で行列を作っている。


 今日は天気も良く、暑すぎず寒すぎず、気温もちょうどいい。和泉は苦労して駐車場を探し、そうして待ち合わせの時間ギリギリに到着した。


 智哉は既に到着していた。

 彼は和泉の姿を確認すると、小さく手を振った。


「ごめんね、遅くなったかな」

「いいえ、まだ2分前です。それに……僕の方こそ、急にごめんなさい」

「それはいいけど、どこ行こうか? もうお昼ご飯は食べた?」

「それが、起きたのが11時だったので、何も食べていないんです」

「僕も似たようなものだよ。じゃあ、まずはどこかで何か食べようか」


 和泉が歩きだすと智哉が後をついてくる。どうでもいいが外見だけで言えば、いつ見ても性別不明な少年だ。女装したってわからないのではないだろうか。


「あ、和泉さん……あの……」

「どうしたの?」

「僕、前から行ってみたかったお店があるんです。でも、男一人で入るのはちょっと抵抗があって……周にも頼めないし……」

「どんなの? キティちゃんの壁紙で彩られた、キティちゃんの器でキティちゃんの形をしたオムライスが出てくるお店とか?」


 智哉は曖昧に微笑むと、和泉を商店街の一画に案内した。


 外壁がピンク色という時点で既に少女趣味全開だが、ドアをくぐると内装もパステルカラー統一されており、カーテンは白いレースと赤いリボンが存在を主張している。

 当然ながら客は女性ばかりで、少数いる男性客は100パーセント彼女連れだ。


 確かにこれでは男の子が一人で入るのは無理だと思う。

 しかし智哉なら、たとえ男の友人と二人で来ても、普通のカップルにしか見られないのでないだろうか。


「すみません、あの……こういうとこ、無理でしたか?」

 水の入ったグラスを弄びながら、智哉は訊いた。

 メニュー表には食べ物でウサギやクマ、ネコを表現した、可愛い料理の写真ばかりが掲載されている。隣の席に座っている女性客達はしきりに写真を撮っている。


「ううん、僕は平気だよ」


「……男らしくないですよね、僕。親にもよく、もっと男らしくしろって言われるんですけど……」

 先ほどからチラチラとこちらを見ている二人連れの女性客に笑顔を振りまいてから、和泉は紙おしぼりで手を拭き、言った。


「智哉君の考える『男らしい』ってどういうの?」

「周みたいなの、かな?」即答である。

「そうだね。確かに周君って『漢』って感じだよね。外見はどっちかというと優男っていうのかな……細身で強そうには見えないけど」


「僕はああいうふうには……」

「ならなくていいんじゃない? だって周君は周君だし、智哉君は智哉君だよ」

 智哉は少し驚いた顔で和泉を見つめる。

「男らしいっていうことの定義は人によってまちまちかもしれないけどね、少なくとも僕が思うのは、正義感が強くて、他人を大切に扱える人、かな? 腕っぷしが強いとか、口のきき方が乱暴だとか、そういうのは当てはまらないと思うな」


「そうなんですか?」

「僕が考えるに、だよ。ちなみに僕のお父さんは男らしい人だと思うよ。君も確か会ったことあったよね? 高岡聡介っていう人」

「ああ……わかります」


 お待たせいたしました、と運ばれてきた料理は、それこそ写真に収めておきたい愛らしさではあったが、どんなに可愛らしく盛り付けてあったところで、胃に納めてしまえば全部一緒だ……なんて思ったことを、店内で口に出すほど和泉も無神経ではなかった。


 それから二人はデパートに向かった。


「ところで、何を買うの?」

「いつもお世話になってる……知り合いの男の人が来週誕生日なんです。社会人で、何をあげたらいいのかわからなくて」

「なるほどね。じゃあ、5階に行こうか」


 5階は紳士服売り場である。


「その人の仕事って、デスクワーク? それともガテン系かサービス業?」

「デスクワークだと思います」

「じゃあ、ネクタイとかカフスボタンなんかがいいと思うな」


 色とりどりのネクタイが陳列されている棚に向かう。

「その人のイメージカラーってある?」

 智哉はじっと和泉をみつめてきた。

「……実は、和泉さんととてもよく似てる人なんです……だから、和泉さんに似合う色ならきっと……」


「僕? 僕が人から言われるのは、限りなく黒に近いグレーだとか、排水溝のドブ色だとか……あれ? よく考えたら随分失礼なこと言われてるな」


 智哉は深い青色のネクタイを取ってきて、和泉の胸に当てた。

「青、かな。蒼い炎みたいな……」

 ベースの色は同じだが、少しずつ模様の違うネクタイを3本ほど取って来ては、どれがいいかと思案している。

 受け取った相手の反応を想像しているのか、智哉はとても嬉しそうだ。


 優柔不断かと思いきや、周の友人は決断が速かった。


「これにします」と、一番値段の高いネクタイを持ってレジに向かう。

 買い物を済ませてデパートを出ると、


「ありがとうございました」智哉は深く頭を下げた。


「もう帰る? 車だから、お家まで送っていくよ」

 時計を確認する。まだ午後3時過ぎだ。


 智哉は首を横に振る。


「……和泉さんは、この後何か予定あるんですか?」

「あると言えばあるし、ないと言えばないかな」


 本当は不動産屋へ行きたかったが面倒になりつつある。それよりも今は、目の前でどこか暗い表情をしている少年に対する興味の方が勝っていた。


 明らかに何か、腹に一物抱えている。


「映画でも見る?」


 はい、と智哉は嬉しそうに笑顔を見せた。

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