22:歓迎してます
円城寺の弟達はおよそ人見知りとは程遠い子供達であった。
彼の家に到着して周が玄関をくぐるなり、こないだのお兄ちゃんだー! と大騒ぎで、膝に抱きつくわ、背中に抱きつくわ、肩車してーと飛びついてくるわ、まるで保育園の先生になった気分だ。
それでも、小さくて温かい身体と触れ合っていると、自然に気持ちもほぐれる。
子供の頃に父親がくれた温もりを思い出す。
「……すまない、まるで僕や母の言うことなんか聞きはしないんだ……今日はお客さんが来るから、大人しくしてろって言ったのに」
円城寺が申し訳なさそうに言う。
「いいって、俺、こういうの嫌じゃない」
「ねぇ、サッカーしよう!」と、次男。
「トランプだってば」と、三男。
「たかいたかいしてー!」と、四男。
子供達は口々に自分達の要求を周にぶつけてくる。
「よし、わかった。とりあえず順番な? まずは皆で一緒にご飯食べて、それから」
はーい、と全員揃って元気な返事。
子供達は古めかしい卓袱台の前に座って行儀よくしている。円城寺の唯一の妹は先ほどからこまめに動いて、母親の手伝いをしていた。
「驚いたな……あんないい返事を聞いたのは初めてだ」
「そうなのか?」
「ああ。いつもこちらの言うことを聞かせるのに苦労するんだが……君の言うことなら素直に聞くんだろうか?」
さぁな、と笑って周も座らせてもらった。
円城寺の家は古くて汚い一軒家だったが、きちんと掃除されていて清潔である。
あまりじろじろ見てはいけないが、これだけ家族が多ければどうしてもそうなるだろうが、一般家庭よりは少し低い生活水準であることが窺える。それでも家族全員は明るい表情をしていた。
自分は物質的な意味では恵まれている、と周は思った。
何不自由ない暮らし。それが当たり前のようで、実は当たり前などではない。
父が生きていた頃は父が、今は兄が自分を養ってくれているのだ。
でも……。
「……藤江君?」
ぼんやりしていた周に、円城寺が声をかける。
「ああ、ごめん。それとさ、その呼び方はやめろよ」
「じゃあ、なんて呼べばいいんだ?」
「周でいい。俺も信行、って呼ぶから」
そうか、と円城寺は少し戸惑ったような表情で言った。
「お待たせー! じゃあ、いただきましょう」
本当に母親か?! と疑ってしまうほど若い外見の円城寺の母親が合図をすると、全員がいただきまーす、といっせいに箸を持つ。
子供の好きな料理ばかりで、と彼女は申し訳なさそうに言ったが、周は笑って礼を言った。
まだ箸を上手に持てない子供達を兄である円城寺はよく面倒見ている。
とはいえ一人では限界がある。母親は赤ん坊の面倒を見るために2階へ行ってしまった。
そこで周は隣に座っていた三男と四男に箸の持ち方を教えながら、作法も教えてやった。
子供達はめずらしいお客に興味津々の様子で、周が何をやっても目を輝かせて注目してくる。
そうして賑やかな昼食は終わった。
男の子達はそれぞれ自分のしたい遊びに周を誘って来るが、後片付けを手伝ってから、と言うと、終わるまで待つと答えた。
「あれから、何も変わったことない?」
空いた皿を流し台に運びながら、黙々と後片付けをしている円城寺の妹、鈴音に周は声をかけてみた。
彼女は少し驚いた顔をして、それから首を横に振った。
「それなら良かった」
周が微笑むと少女は頬を赤くして俯いてしまう。
横顔だけだが美少女であることがわかる。なるほど、この子なら変態が食指を動かしても不思議はない。
「そのことなんだが」円城寺が固い声で割り込んだ。「学校から連絡があって、この頃不審者がこの付近に出没しているらしい。噂では、昔この辺りで幼女ばかりを狙った変質者が事件を起こして服役していたんだが、最近釈放されて、地元であるここら辺りに戻ってきたらしいんだ」
「……マジかよ……」
「保護司の監視下にあるが……この手の犯罪の再犯率は非常に高いからな。用心に越したことはない」
「おい、脅かすなよ。鈴音ちゃんが怯えてるだろうが」
実際、円城寺の妹は青い顔をしている。
「心配ない。鈴音は僕が守る」さらりと彼は言った。
「……まぁ、そうだよな。でも、何だったら警察にも……」
「警察なんて信頼できないな。彼らは事件が起きてからでなければ動かない。事件を未然に防ぐことなんて期待してはいけない」
円城寺は皿を拭きながら言った。
そうかもしれないが、和泉のことを悪く言われたようで周はおもしろくない。
「だいたい、ここの県警もどれだけ役に立っているっていうんだ? せいぜい年末に交通違反の取り締まりを頑張っているぐらいじゃないか」
「……何も知らないくせに、そんなこと言うなよ」
周の低い声に、円城寺は驚いて手を止めた。ちょっとムキになり過ぎたか。
「俺達だって、大人達からひとくくりに『今時の若い者は』って言われると嫌だろ? それと同じだよ。ちゃんと頑張って仕事してる警察官だっている」
「そうだよ、お兄ちゃん」鈴音が言った。
「む……すまない、君の言う通りだ。前言撤回しよう」
やっぱり言い方がおもしろい。周はつい、くすっと笑ってしまった。
そこへ、ねぇまだー? と、しびれを切らした幼子達がやってきた。
「よし! 待たせたな、何からして遊ぼうか?!」
男の子達は歓声を上げて周の手を引っ張り外に連れていく。
小さな子供の相手は嫌じゃない、むしろ楽しいかもしれない。
将来は保育士なんていうのもありかもしれない。
周はボロボロのサッカーボールを蹴りながら、そんなことを考えた。




