21:デートのお誘い
久しぶりに平穏な日曜日が訪れた。
洗濯物をベランダに干し、家中を掃除して、それからブランチと洒落こむ。仕事が忙しいのは相変わらずだが、この頃これと言って大きな事件はなく、部下達が何か問題を起こすこともなく、聡介は機嫌が良さそうだ。
「聡さん、ちょっと出掛けてきますね」
和泉が声をかけると、
「どこに行くんだ?」
「やだなぁ、子供じゃあるまいし。不動産屋巡りですよ」
「……こないだの有休は?」
「あの日は水曜日でしてね、うっかりしてました。どこの店も休みで、今日こそ決めたいと思います」
そうか、と一気に父の機嫌は斜めになってしまった。
やれやれ。自立しろと言いながら、いざとなると離れるのが寂しいのか。親なんて皆そんなものだ。
まぁ、出来る限り聡介の近くにいい物件があればそれに越したことはない。
和泉が出掛ける用意をして玄関のドアを開けると、ちょうど出掛けようとしていた周にばったり出くわした。
「あ、和泉さん」
「周君、お出かけ?」
「うん、友達のところに。和泉さんも?」
「僕は部屋探し。いつまでも居候の身分じゃ世間体もあるしね」
心なしか、周の表情が曇ったように見えた。
「お友達の家、どこ? 送って行ってあげるよ」
周はぱっと顔を輝かせた。
「あの、和泉さん……」
助手席に座った周は申し訳なさそうに、それでいてなぜか不満そうな声音で切り出す。
「智哉から何か、連絡あった?」
「智哉君……? いや、別に。どうして?」
「……こないだ急に、和泉さんの連絡先を教えて欲しいって言われて……」
「それで、周君は妬いてくれたの?」
ぼっ、と周の顔が赤くなる。
もしやこれは図星なのか?!
「な、なんで、そんな話になるんだよ!! 違うよ、何か警察の人に相談しなきゃいけないような、困ったことに巻き込まれてるんじゃないかって……」
つい先ほどまで赤かった顔が、暗い色に沈んでいく。
「あいつ、夏休みが明けてからずっと……様子おかしいんだ」
「心配してるんだね、智哉君のこと」
「うん……」
「周君のことが大好きな僕としては、むしろそのことに嫉妬しちゃうけどなぁ……」
周はそれきり黙り込んでしまった。
周の友人の家とは繁華街からも駅前からも離れた郊外の、かなり不便な場所だった。
昼間でもあまり人通りがなく、住みたい場所ランキングでは間違いなく下位だろう。その代わり土地代や家賃は安いかもしれない。
家賃を安くあげたいならこの辺りかな……と和泉はぼんやり考えた。
県警本部からは少し離れているが、通勤には車を使えばいい訳だし、でも、ここだと聡さん家とちょっと遠い……。
「ありがとうございました」
目的地が近付いた頃、周は礼を言って車を降りようとした。
「周君のお友達ってどんな子? 智哉君とはまた別みたいだね」
和泉が訊ねると、周は悪戯を思いついた子供のような表情をした。
「将来、和泉さんと敵対する立場になるかもね」
「……っていうと、検事か弁護士かな?」
「弁護士志望だそうだよ」
「ふーん、興味あるなぁ。周君、今度そのお友達を家に呼ぶ時は、僕も呼んでよ?」
わかりました、と周は笑って車を降りた。
だいぶ親しい口調で話してくれるようになったが、未だに時々、思い出したように少し敬語が混じるのが気に入らない。
まぁ、そのうち改善されるだろう。
それから、駅前に向かおうと和泉が車のハンドルを切った時だ。携帯電話が鳴る。
何かの事件だろうか?
めんどくさいな、とぼやきながらディスプレイを見る。知らない番号だ。
「……もしもし?」
『あ、あの……僕』聞こえて来たのは少年の声だった。
誰だろう?
『篠崎智哉っていいます……藤江周の……友達の』
ああ、と和泉は返事をした。
『今、お時間よろしいですか?』
ちょっと待ってね、と和泉は車を路肩に停車した。
「どうしたの?」
『こないだは、妹がお世話になりました』
ああ、そんなこともあったっけ。あの後きっと、あの子は親にひどく叱られたに違いない。
だけど、そんなことを伝える為にわざわざ電話してきた訳ではないだろう。
すると案の定、
『今日、これからって何か予定ありますか?』
「……もしかしてデートのお誘いかな?」
『……お願いしたいことがあって……』
「内容によるけど、どんなこと?」
『買い物に……付き合って欲しいんです』
買い物? 予想だにしなかった返事に、和泉は一瞬呆気にとられてしまう。
本当ならこれから不動産屋を巡って部屋探しと行きたいところなのだが、俄然こちらに興味を引かれてしまった。
これで自立はまたしばらくお預けかもしれない。
「じゃあ、何時頃どこに行けばいいかな?」
午後1時半に紙屋町の本通り商店街入り口で。
思いがけない予定が決まってしまって、和泉は結局その日、不動産屋には行かずじまいとなった。




