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20:現在、やや自覚がない様子です。

 聡介の問いかけに友永ははて? と、視線を宙に彷徨わせた。


「……日曜の夜なら、葵の奴と一緒にいましたよ。お互い寂しい独り身同士なんでね。時々二人で飯食ったりするんです」

「なんだ、そうか……!」

 聡介は心底ほっとした笑顔を見せた。


「何です?」

「葵が一緒だったのなら、何も心配ない」

 友永は怪訝そうな表情をしている。飲み物が運ばれてきた。


「いったい何の話です?」

「……お前が、流川で未成年の少女に声をかけて、自宅に連れて帰ったなんていう話になっていてな。どこで誰が見ていたのか知らんが、そんな情報を監察がキャッチして様子を見に来たっていうところだ」


「要注意人物ですからね、俺は」

 そう笑って友永はビールをあおった。


「10年前……だったか?」

「7年前ですよ、正確には。あの話を知らないんですか、班長?」

「今日、初めて聞いた」

「どいつもこいつもよってたかって人のことロリコン扱いしやがって。おかげで嫁さんには逃げられるわ、僻地に異動させられるわ、さんざんでしたよ」

 あっという間にビールのジョッキが空になった。

 その頃からだろうか。彼が昼行燈などと陰口を聞かれるようになったのは。


「詳しいこと、話した方がいいですか?」

「いや、だいたい想像はつく。お前のことだ、その少女に対して親身になり過ぎたってところだろう?」


 聡介はウーロン茶を啜った。

 友永はつまみに出されたピーナッツを齧りながら苦笑した。


「……ガキがいたんですよ、俺にも」

「子供?」

「あの頃の俺は、とにかく仕事のことだけでいっぱいで、家庭のことは女房に任せきりでした。実の一人息子に向けるべき関心を、他所の不良少年や少女ばかり向けて、ダメな親父の見本みたいなことしてましたね」


 胸が痛くなった。ついでに胃も痛い。

 聡介は顔をしかめた。


「……班長?」

「すまん。人ごとじゃないからな、俺も。昔のことを思い出して胃が痛くなった」


 友永は笑いながら、

「班長んところは、娘さんでしたっけ?」

「ああ、そうだ。双子の娘がいる」

「なんとなく想像がつきますね。一人は、いつだったか因島くんだりまでやってきた女性でしょう? もう一人はたぶん、それでもお父さんが大好きな健気な娘さんだったんじゃないですか」


「……なんでわかるんだ? まるで見てきたみたいだな」


「わかりますよ、ジュニアを見てれば」

「どうしてそこに彰彦が出てくるんだ?」

「あのヒネクレ野郎が、あんなに懐くいい父親ですよ? 嫌われたりするはずがない」

 俺はすっかり息子に嫌われましたがね、と友永が自嘲しながら言った時、料理が運ばれてきたので、会話は一時中断した。


「……先日の日曜ですが、俺が連れて帰ったのは少女じゃありませんよ」

 中年同士、脂気の少なめおかずを食べながら、友永が急に話を戻した。


「なに?」

「確かに少女と見間違えるぐらい美少年でしたけどね。確実に男ですよ」

「……」


「ちなみに、俺は一切そういう趣味は持ち合わせていません」


 わかっている、と返事をして聡介は食事を続けた。


 ※※※※※※※※※


 木曜日の夕方、周が学校から帰ると机の上に段ボール箱が置いてあった。

 何か通信販売を注文していただろうか?


 不思議に思って箱を空けると、藤江製薬が最近売り出している栄養ドリンクを手に微笑んでいる樫原詩織のクリアファイルと、彼女のサインが書かれたタオルハンカチがそれぞれ50枚ずつ入っていた。


 頼んでいたものを兄が手配してくれたのだ。


 それにしても50枚とは……クラスメート全員に配っても余る。


 事の是非はともかくとして、これで一安心だ。


 翌日、周は早めに登校し、その辺にいたクラスメートにクリアファイルとタオルを一枚ずつ渡した。


 樫原詩織の人気ぶりはたいしたもので全員が断らずに受け取った。智哉も少し戸惑ったような顔で、それでも礼を言って受け取った。


 角田達はいつも始業時間ギリギリにやってくる。

 周が満を持してグッズを渡すと、亀山と鶴岡は歓喜の声を挙げて喜んだ。

 しかし角田だけは礼も言わずに、当然だという顔で受け取った。


 彼らの反応はどうだっていい。

 周はちょっとした満足感を覚えていた。


 それにしても……賢司は何を考えているのだろう?


 まぁ、どうせこれでクラスメートを通してその保護者や関係者、会社の宣伝になればいいとでも考えているのだろう。学校的にこの行為がどう評価されるかはわからないが。


「ねぇ、周」

 1時限目と2時限目の境の15分休憩。

 久しぶりに智哉の方から周に声をかけてきた。

「おう、どうしたんだ?」

「ちょっとお願いがあるんだ」


「何? 俺にできることなら、なんでも言えよ」

 嬉しくなってしまった。

 最近、智哉はずっと様子が変だったから余計に。


「和泉さんの連絡先、聞いてもいい?」

 

 思いがけない申し出に、周は即答できなかった。


「なんで? そんなもん、知ってどうするんだよ……?」

「……気になるの?」

 確かに気になる。でもそれは、

「もしかして何か、警察の人に頼らないといけないようなことか?」

 そう考えたら急に不安がこみ上げてきた。


 すると智哉は笑って、

「そんな深刻な話じゃないよ。ただ単に、興味あるっていうか……仲良くなりたいだけ」

 

 なぜか周の胸の奥に、ちくっと妙な痛みが走った。


「和泉さんは確かにいい人だけどさ、少なくとも角田達よりは。でも……なんていうかいろいろと疲れるっていうか……」

 理由はわからないが、はっきりと『不快』を感じている。


「いいから教えてよ」

 そう言われて断るのもかえって変だ。

 周はスマホを取り出して電話帳を開いた。


 智哉は礼を言って、さっさと自分の席に戻ってしまう。


 なんでだろう?

 どうしてこんな、モヤモヤした気分になるんだろう。

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