19:行きつけの店
全然知らなかった。
友永に初めて会った時、なんとなく虚脱感というか、やる気があるのかないのかわからない様子だったので、恐らく過去に何かあったことぐらいは察しがついていた。
加えて真面目とは言い難い勤務態度に、だらしない身なり、それは彼が独り身のゆえ仕方のないことなのかと思っていた。
それでいて以外と細かいところに気がつき、自分の手が回らないところで他の仲間達のフォローをしてくれる。
頭の回転も速く、何よりも恐らく彼は人が好きだ。
年齢や経験という意味も込めて、自分の不在時は彼に任せておけば問題ないだろう。聡介はそういう意味で友永を信頼していた。
刑事部屋に戻ると、一斉に部下達の視線が自分に集中する。
正直、少しばかりうっとおしい。時計を確認する。
午前11時半。
ここで友永を昼食に誘ったりしたら、全員が彼に関して上から何か言われたのだと察してしまう。
この班の中ではいつしか、班長に昼ご飯を誘われたら、何か面倒なことを言われるか励ましてもらえるかのどちらかだ、という認識ができあがっているようだから。
さっさと仕事しろと発破をかけ、聡介は友永と話すのなら夜だな、と考えていた。
※※※※※※
安請け合いしてしまったことを多少後悔しつつ、周は急いで賢司に電話をかけた。
学校が終わって、自宅に戻ってから自分の部屋で、美咲に気付かれないように。
賢司の性格的にそんなことを気安く引き受けてくれるとは考えにくい。
樫原詩織のサイン入りタオルが欲しいから、抽選に当たるよう操作しておいてくれなどと。彼はそう言う点で案外潔癖というか固いのだ。
それに足立にも言ったが賢司は広報課ではなく、研究や開発を担当する部署にいる。
いくら経営者の一族だからといってそんなことを望めるだろうか?
電話がつながる。
『周? どうかしたのか』
「あ、あのさ……頼みがあって。緊急なんだ」
『なんだい?』
「無理かもしれないけど……ほら、賢兄のとこで出してる栄養ドリンク買うと、樫原詩織のサイン入りタオルが抽選で当たるとかいうの、あるだろ?」
『……欲しいのか?』
「俺じゃなくて、クラスの友達がさ、うるさいんだよ」
『ちゃんと自分でSドリンクを買ってシールを集めて応募するように言えばいい』
「わかってるよ。けど……智哉も欲しいって言ってるし」
『……智哉?』
「覚えてない? 昔、うちの近所に住んでた俺の幼馴染み。小学校からずっと一緒だった友達なんだけど」
『……あの子が、欲しいってそう言ったのか?』
「正確には智哉の妹がファンで、欲しがってるらしいんだ。あいつ妹思いだから」
しばらく沈黙が続いた。
ダメか、やっぱり。
周がダメならいい、と言いかけた時、
『何枚いるんだ?』思いがけない返事だった。
「えっと……10枚くらい」
『わかった、明後日ぐらいには家に届くよう手配しておく』
「へっ?」思わず妙な声を出してしまう。
今、何て言った? 確認しようと思ったら既に通話は切れていた。
なんなんだ……?
まぁいいや。これで面子が保てる。周は少し嬉しくなって鼻歌を歌いながらリビングへ向かった。
※※※
今日の当番は和泉だ。
聡介はキリのない仕事にキリをつけ、友永の席の横に立った。
「少し、相談に乗って欲しいことがあるんだが、どこかで晩飯食べて帰らないか?」
「……飲みに、じゃないのが班長らしいですね。いいですよ、奢りなら」
「お前まで彰彦みたいなことを言うな」
「冗談です。じゃ、あと5分ほど待ってください」
友永は机の上を片付け……散らかった書類を単に積み上げただけとも言う……立ち上がって駿河のところへ行った。何か二言三言交わすと、駿河が頷くのが見えた。
聡介は他の部下達に適当なところで帰宅するよう言い、刑事部屋を出た。
お待たせしました、と友永がついてくる。
二人並んで県警本部ビルを出ると、涼しい秋の風が頬を撫でた。暗黙の内に二人は大通りに出て繁華街へ向かう。
「……お前最近、葵とつるんでることが多いな?」聡介は言った。
「つるんでるって、中学生みたいなこと言わんでください」
「少し前までは日下部と、今はもういないが三枝と仲が良かったじゃないか」
「最近日下部の奴、うさこと妙に仲が良くてね。別に当てこすりで駿河の奴とつるんでる訳じゃありませんが……で、監察に何言われたんです?」
聡介は度肝を抜かれて、思わず足を止めた。
友永は足を止めない。
「昼間、たまたま廊下で平山の野郎と顔を合わせちまったんですよ。ほんとなら二度と見たくないあの狐面をね。昼飯じゃなくて晩飯に誘ってくれたのは、まわりに気を遣わせないためでしょう?」
見抜かれている。さすがというか何と言うか。
「今度は何でしょうね? ギャンブルはやめたし、飲み屋のツケも全部精算したし、懇意にしてるキャバ嬢達とのデートも随分ご無沙汰だし……」
この場ではまだ話すまい。どこで誰に聞かれているかわからない。
聡介は最近になって、安心して食事のできる店をみつけた。
無口な店主と、愛想のいい女将がいる定食屋である。
女将は聡介の身分を知っていて、彼が来店すると黙っていても誰にも聞き耳を立てられずに済む場所を提供してくれる。
友永は生ビール、聡介はウーロン茶を注文し、早速本題に入ることにする。
「先日、日曜日の夜だ。何をしていた?」