18:おっちゃんずラブ(?)
「友永、お前……何かあったか?」
「何かって、なんです?」
捜査1課の部屋の一画。書類仕事との格闘に刑事達が追われている中、強行犯係第一班の長である高岡聡介は、元少年課にいた部下の刑事に声をかけた。
「いや、いつになく真面目に仕事しているから。よほどいいことがあったか、逆に悲しいことがあって忘れようとしているのかと」
「……俺が真面目に働いてちゃ、なんかおかしいですか?」
「いや、いいことなんだが……その、なんだ」
いつもなら提出期限ギリギリまで引っ張って、徹夜で書類を仕上げるのが常な彼は、暇さえあればスポーツ新聞を読んでいるか、週刊誌を読んでいるというのに。
それが最近、朝から真面目に仕事をしているなんて。
「何をオッサン同士でイチャついてるんです? 聡さん、課長から電話です」
和泉が口を挟むと、
「気持ちの悪いことを言うな!」と、二人のハーモニーが聞こえた。
聡介が受話器を取ると、課長から至急執務室に来いとの呼び出しであった。
わかりました、と答えて通話を終える。
「明日あたり台風でも来そうですね」和泉は窓の外を見つめて言った。
「黙ってろ」
それから友永はまた真面目に仕事に取り組む。
少しだけ駿河が笑ったような気がした。
聡介は課長室に言って来ると部下達に言い残し、刑事部屋を出て行く。
ところで、課長に呼ばれる時はたいていロクなことがない。捜査1課長の大石警視は小心者で、常に世間体を気にするタイプだ。
もしかして誰かが監察のチェックを受けるような真似をしたのだろうか?
監察官とは警察の中の警察と言われるポジションで、警察官達の不祥事を取り締まる、同僚達からもっとも嫌われる部署である。
聡介の嫌な予感は的中した。
課長と共に部屋にいたのは、監察官の平山警部であった。
「……高岡君、まぁかけてくれ」
課長に勧められるまま聡介はふかふかのソファーへ腰を下ろす。課長と監察官も向かいに座り、先に口を開いたのは平山警部の方だった。
「友永巡査部長の最近の様子はどうですか?」
友永? 聡介は思いがけない名前が出てきたことに驚いた。
捜査1課に配属されたばかりの頃は使いものになるのか否か、かなり怪しかったが、この頃は実に刑事としての素質があり、充分自分の不在時を任せられる存在だと思っているが。
そのことをありのままに口にすると、
「昔のことは、もう忘れたということでしょうか」
昔のこと?
「高岡君は知らないのかね?」
きょとんとした顔をしている聡介に向かって、大石課長が声をかけた。
「自分は、部下達の過去についてはあまり把握していません。捜査1課に来る前の所属課ぐらいしか……」
「友永巡査部長は少年課ではかなりの実績を残してきた人物です。今でも彼を頼って連絡を取る元不良少年や少女はかなりの人数いるらしい。そのこと事態は特に問題ありませんが……」
狐のように細くて切れ長の眼を覆っている眼鏡のつるをくい、と指で押し上げると、監察官は言った。
「今から7年ほど前の話になりますか。佐伯南署少年課にいた友永巡査部長が、当時売春の疑いで補導した未成年の少女に対し、両親や学校に黙っていてやる代わりに、と肉体関係を強要したという事件があったのは」
まさか!! と、聡介は言いかけて飲み込んだ。
ここで感情をあらわにすべきではない。
「その話は……真実ですか?」
「そういう情報が我々のところに入ってきましたのでね、本人を呼んで事情を聞いたところ、否定していました」
「……証拠は……? まさか、相手の少女の証言だけだなんていうことはありませんよね?」
監察官はもちろん、と答える。
「物証がありました。それでも当人は否定していましたがね。ただ、その物証の信憑性に関しては幾分疑わしいところもありました。そこで、その件については一旦不問に付すということで片が付いた……はずでした」
「はず? とは」
「マスコミに漏れたのですよ。幸い、実名は伏せられましたが。ですが身近な人間にはすぐにピンとくる。彼が奥さんと離婚したのは、その事が原因だったそうです」
少しも知らなかった。しかし、
「その事件のことで、どうして今になって自分が呼ばれるのですか?」
聡介は感じたままの疑問を上司に投げかけた。
「……つい先日、またも友永巡査部長に関しておもわしくない情報が入りました。ですから最初に問いかけたのです、最近の彼の様子を」
「……」
ついさっき、いつになく真面目に仕事している彼をからかったばかりだ。
「それは、どういう……?」
「2日前、日曜の夜。流川で未成年の少女に声をかけ、そのまま自宅へ連れ帰ったということです」
「そんなこと……! それが事実だったとしても、あいつならやましい目的なんて少しもありません。ただ迷子を保護したという、それだけのことです」
聡介は思わず大きな声を出してしまった。
大石課長は苦虫を噛み潰したような顔をし、平山警部は溜め息をつく。
「あなたはそう考えても、世間はそう考えてはくれないのですよ」
それはそうだろう。民間人は警察に畏怖の念と同時に嫌悪感も覚えている。
「しばらく、彼には監視をつけます。あなたも充分に注意するように」
監察官はそう言い残して課長室を出て行ってしまった。
残された課長と、聡介だけが向き合う形になる。
「……そういうことだから……」
「自分はそんな話、信じられません!友永は信頼できる優秀なデカです」
「わかっているよ、君を疑う訳じゃない。だがね……」
「お話はそれだけですか? でしたら、失礼します」
聡介は勢いよく立ち上がり、ドアへ向かって歩き出した。
「高岡君!」
「ご心配なく。友永も自分も、決して課長を失望させません」
返事を待たずに部屋を出た。