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16:不穏な出来事

 今日、智哉は学校に来なかった。


 何かあったのだろうか?

 心配で周は担任教師に尋ねてみたが、体調が悪いということ以外にはわからないとの返答だ。


 今日の分の授業のノートをコピーして、智哉の家に持って行ってやろう。

 周は学校近くのコンビニでノートのコピーを取り、智哉の自宅へ向かった。


「……藤江君じゃないか?」

 不意に後ろから声を掛けられて振り返ると、円城寺だった。

「よぉ、今帰り?」先日は気付かなかったが、そう言えば彼の自宅も智哉の家と同じ方角である。


「君の家はこっちなのか?」

「いや、今日は友達の家に行くから」

「そうか……ああ、ちょうど良かった。君を探していたんだ。あれからいろいろな判例を調べてみて、参考になりそうなものがあるかどうか、検証してもらおうと……」

 言いかけて彼は途中で止め、少し離れたところを凝視している。


「どうかしたのか?」


 周が円城寺の視線の先を追うと、黒いワンボックスカーが路肩に停めてあり、後部座席のドアから腕がのびて、ランドセルを背負った少女の腕を掴んでいる。


 ここは昼間でも人通りがあまりなく、夜になると街灯もほとんどない、いわば犯罪者にとっては穴場スポットである。

 二人は今、まさに幼い少女が拉致されようとしている現場を見てしまったのだ。


「何やってんだ?!」

 周はカバンを放り投げ、大きな声で叫びながら車に向かって走って行く。


 車の中の人物は驚いて腕を引っ込め、少女を突き飛ばす。

 バランスを崩してアスファルトの上に転んでしまった少女の身体を抱き起こしてから、周は運転席側に回り、ドアに手をかけた。

 エンジンのかかる音。


 絶対に顔を見てやる!!


 ちらりとだが、運転席の男の顔が見えた。

 その時、ワンボックスカーが急発進する。


「藤江君!」円城寺の声。


 周はぱっと手を放したがやはり無傷という訳にはいかなかった。体勢を保つことができず、地面に尻もちをついてしまう。


「大丈夫か?!」

 少し、腰を打ったかもしれない。しかしそれ以外は掌を擦りむいたぐらいだ。


「俺は平気だから、その子を……」

 周は呆然と地面に座りこんでいる少女を見た。


「鈴音……?!」

 円城寺の驚いた声に、周も驚いた。


 知り合いか? よく見ると、先日円城寺の家で見かけた、彼の妹ではないか。


「お兄ちゃん……!」

 少女は兄の顔を認識すると、顔を歪めて泣き出した。


「大丈夫か?! 何があったんだ!!」

 しかし、少女は泣きじゃくるばかりで返事ができないでいる。


「……とりあえず、警察、だな? 車のナンバーは……」

 周が言うと円城寺は力なく首を横に振った。

「巧妙に隠してあった。車の型と色は覚えているが」


 円城寺はまず親に連絡したようだ。

 それから周は彼とその妹を連れて、最寄りの所轄署へ向かった。

 宇品東署の窓口で事情を話し、担当の警察官に事情を説明し終えた頃、円城寺の母親が血相を変えてやってきた。


 外見的には随分若く、本当に母親なのだろうかと思うほどだったが、そんなことは今どうでもいい。


 幸いなことに円城寺の妹、鈴音の身は無事だった。


 円城寺の母親は周に何度も礼を言い、円城寺もその妹も礼を述べた。


「無事で良かった」


 周は時計を確認した。

 これから智哉の家に寄って、それから家に帰るとだいぶ遅くなるだろう。義姉に連絡しておこう。


 このお礼は改めて、と言う円城寺達の家族に別れを告げて、周は義姉に連絡した後、智哉の家に向かった。辺りはすっかり暗くなっている。


 玄関のインターフォンを鳴らす。しかし、応答がない。


 留守なのだろうか? 何度か鳴らしてみたが反応がないので、仕方なく郵便ポストへノートのコピーだけを投函して、周はその場を去った。



 ※※※


 翌日、智哉はごく普通に、何事もなかったかのように登校してきた。


「智哉……!」

 周が声をかけると彼はいつもと何ら変わりない表情で、おはようと返してきた。


「お前、具合悪いって……大丈夫なのか?」

「……うん、大丈夫。ありがとう」


 本当に大丈夫なのだろうか? そんな周の内心を悟ったかのように、智哉はそそくさと彼の傍から離れて行き、自分の席に着く。


 彼は話しかけてきた亀山と鶴岡の相手をし、周の方を見ようとしない。


 気になるが、今はどうすることもできない。


 そこへ藤江君、と円城寺がやってきた。

「昨日はありがとう」

「いや……」


「うちの母親が是非お礼をしたいから、今度の日曜日に家に来てくれないかと言ってるんだが……都合はどうだろう? もっとも、うちはあの通り子供だらけでうるさいし、無理にとは言わないが……」

「ありがとう。日曜日なら何も予定はないし、おじゃまさせてもらうよ」

「そうか、それなら良かった」

 円城寺が去った後、周は智哉の方を見た。彼はやはりこちらを見ない。


 やはり和泉が言ったように、様子を見るしかないのか。

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