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15:おじさんと美少年

 そうして辿りついたのはとあるマンションの一室である。


『ここは……?』

『僕の家。お腹空いてない? 何か作ろうか』


 智哉は首を横に振り、彼に家を飛び出してきた経緯、両親のこと、何もかも全部打ち明けた。


 彼は黙って話を聞いてくれて、そうして一晩の宿を提供してくれた。

 それから連絡先と新しい住所を教えてくれた。


 もしまた辛いことがあったら、いつでも連絡してくれてかまわないよ。


 そう言ってくれたあの人とはもう何日も会っていない。


 会いたい。

 会って話を聞いて欲しい。


 そして気がつけば智哉は、あの人と再会した場所にいた。



 相変わらず雑多で汚くて酔っぱらいだらけの街。声をかけてくる人はいない。とりあえず、今夜寝る場所を確保したい。

 そうだ、ネットカフェがどこかにあったはずだ。


 財布を確認する。残念ながら小銭しか入っていなかった。


 智哉はコンビニを見つけて少しの現金を引き出した。


 店を出ると、いきなりガラの悪い3人組の少年グループに囲まれた。


「ちょっと来て」


 またか。いつかもあったな、こんなこと。

「俺ら、金がのぅて困っとるんよ。ちょっと貸してくれんかのぅ?」


 返すつもりもないくせに。智哉が返事をしないでいると、いきなり不良少年の1人が手を伸ばして、ポケットの財布を奪い取った。


「……んだよ、シケてんなぁ」

 財布の中には確かに千円札が3枚しかない。それでも少年達はそれらを抜きとると、財布を投げてよこした。


 無性に腹が立った。


 智哉は去って行こうとする少年の1人の背中にぶつかって行き、突き飛ばした。

 不意をつかれた少年は前のめりに転んでしまう。


 俄かに色めき立った他の2人が、口々に汚い罵りの言葉を叫びながら襲いかかって来る。


 誰かー!! と、女性の叫ぶ声。


 何もかもどうでもいい気分だった。


 当たり前だが一人で三人を相手になど出来る訳がない。


 智哉はあっという間に不良少年達に羽交い絞めにされ、殴られたり、蹴られたりと暴行を受けた。その時、


「お前達、何してる?!」大人の男性の声が聞こえた。

「やべ、おまわりだ!! 逃げろ!!」

 誰かが警察に通報してくれたのだろうか。


 制服警官が二人、こちらへ走ってくる。

「おい、大丈夫か?!」

「大丈夫……です」本当は全然大丈夫じゃないけれど。


「名前は? 住所は?」

「……」


「ななしのごんべえ?」突然、頭上からからかう様な声が聞こえた。

「……今時の若い子はそんなの知らないと思います」


 気がつけば自分を取り囲んでいる大人が4人に増えている。


「こっちは俺らに任せて、逃げたクソガキを追ってくれ。薬研堀通りに逃げた」

 中年男性と若い男性の2人組が、制服警官と話している。立つことができないでいる智哉を、若い男性が抱えてくれた。


「さて、どうする?」

 無精髯を生やした中年男性が尋ねてきた。

「地域課の警官がさっきの奴らを恐喝と傷害の現行犯として追ってる訳だが、告訴するか否か」


「別に、いいです……」

「いいって、じゃあ取られっぱなしにしとくのか?」

「それより、僕もあいつらに暴力を振るいました。傷害の現行犯っていうことで、留置場にでも泊めてもらえませんか?」


 二人の男性は顔を見合わせた。


「生憎、留置場は満室なんだよな……よし、ついて来い」


 中年男性は智哉の手を引っ張ってズンズン歩き出した。



 ※※※


 その日智哉は初めて学校を休むことにした。

 もともと身体は丈夫で、めったに風邪もひかない。夕べはお金も取られてしまって、寝る場所もないから、いっそ留置場でもいいかと思っていたのだが。


「おい、起きろ。遅刻しちまうぞ」

 聞き慣れない声に起こされて目を開けると、知らない部屋にいた。


「ここは……?」

「俺の家。お前ん家どこだ? 朝飯食ったら送ってやるから、顔洗ってこい」


 この人は誰だろう?

 ボンヤリした頭で智哉は言われるまま、洗面所で顔を洗った。


「そういやどっかで見た顔だと思ったら、ジュニアの彼氏の友達だろ?」

 リビングに戻ると、無精髯を生やした中年男性が笑っていた。


 ジュニアなる人も、その彼氏も知らない。しかし相手は自分のことを知っているようだ。


「まぁいいや、とにかく食え」

 テーブルの上にはトーストとコーヒー、ゆで卵にサラダとウインナーという、ホテルの朝食のようなメニューが乗っていた。

「遠慮すんな。後で一泊朝食付きの料金を保護者に請求するから」


 いただきます、とあまり食欲はないが、智哉は用意された食事に手をつけた。


「あの……今さらですけど、あなたは?」

 無精髭の中年男性は、ははは、と笑って、

「心配するな、俺は警察官だから。ちゃんと家まで送って行く」

 ということは、いわゆる少年課だろうか?


 家には戻りたくない。

 今日、確か母は休みの日だ。


 学校にも行きたくない。角田達に会うのも苦痛だ。


「……生きてるのが辛いって顔だな。家にも帰りたくないし、学校にも行きたくないってやつか」


 驚いた。

「どうしてわかるんですか?」

「長い間、お前さんみたいなガキどもの相手ばっかりしてきたからな」

 中年警官は言った。


「今は違うんですか?」

「春から捜査1課の刑事にされちまったよ。俺には人殺しを捕まえるなんて似合わないんだけどな……」ボリボリと寝癖だらけの髪を掻いて彼は言った。

 たぶん警察関係者だろうとは思っていたが、まさか刑事だったとは。


 それから、ちょっとテレビつけるぞ、と彼はスイッチを入れた。


 テレビをつけるとちょうど藤江製薬が出している頭痛薬のCMが流れていた。今流行りの樫原詩織が起用されている。それからニュースに戻る。


 ニュースは相変わらず東京で起きた大事件を報じている。それから諸外国の動向。相変わらず地球の裏側では戦争やテロが起きているようだ。


「さて、坊主」中年男性は智哉に視線を向けた。

「坊主じゃありません」

「名前、なんだったけな? 隠しても無駄だぞ、どうせ顔見りゃすぐに名前がわかる奴がいるんだから」


「……智哉……」


 一瞬だけ中年男性の顔が強張り、そして緩んだ。

 智哉が不思議に思って見つめると、彼はカップのコーヒーを一気に飲み干した。


「……学校行くんだろ?」


 行きたくない。黙っていると、

「まぁ、行きたくなければ、一日ぐらい休んだっていいんだぞ? 家に帰りたくなきゃ、ここにいればいい。無理することなんてない……」


 なぜだろう?


 どうしてこの人は見知らぬ自分にそんなことを言ってくれるのだろう?


 理由はわからなかったが、今はそんなことどうでも良かった。

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