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13:迷子の子猫と狂犬のおまわりさん

 和泉が外に出るとパレードが始まっていて、大通りから吹奏楽の音が聞こえてくる。

 それから歓声と拡声器を使った呼びかけ。ちょっと待って、踏み出す前にまず確認。右を見て、左を見て、黄色信号では停まりましょう。


 呼びかけたところで果たしてどれほど交通事故が減るものか。


 和泉は鼻を鳴らして、県警本部のビルに入ろうとした。


 その時、通りの向こうで幼い少女が一人でキョロキョロしているのが目に入った。どうやら迷子らしい。


 やれやれ。

 交通安全を呼びかけているパレードの最中に現職警察官は車道の真ん中を横断し、ガードレールを跨いで、少女に近づいた。


「お嬢ちゃん、どうしたの? パパやママとはぐれた?」

 和泉はしゃがみ込んで少女と視線を合わせた。

 美少女である。どこかで見たことがある様な気がしてならない。


「お兄ちゃんが……」

「お兄ちゃん? お兄ちゃんが一緒なんだね?」

「一緒だったのに、お友達に会ったら……おいてかれた……」

 置いて行かれたのか悲しかったのか、少女は顔を歪めてしくしくと泣きだした。


「泣かないで。とりあえず交番に行こう?」


 和泉は少女の手を取った。最寄りの交番は大通りの向かい側にある。


 昨今は知らない大人に声をかけられても返事をしてはいけないと子供達は教育されているはずだ。しかしこの子は何の抵抗も見せなかった。


 パレードのために集まった人だかりを抜けて交番に辿りつく。

 少女の他にも迷子か二人いた。


 少女の名前を聴取したところ、しのざきえりかという名前だけしかわからず、住所は不明だった。

 そして和泉は思い出した。


 おそらく彼女は篠崎智哉の妹だろう。顔がそっくりである。


「君のお兄ちゃんて、ひょっとして篠崎智哉君? 一緒にお出かけしてたの?」

 少女は頷く。

「詩織ちゃんを見たかったの」

 こんな小さな子供にまで人気があるとは。


「なのにお兄ちゃん、お友達と一緒にどっかへ行っちゃったんだね?」

「ここで待ってろって……」

 無理な話だ。厳しいことを言えば保護責任遺棄である。


「そんなにまでして見たいのかなぁ? 樫原詩織を」

 和泉は交番勤務の若い制服警官に声をかけた。

「そりゃ見たいですよ。なんて言っても可愛いじゃないですか!」

 と、予想通りの回答。


 そんなもんかね、と和泉は交番を出て行こうとした。

 すると。背広が何かに引っ張られていた。

 振り返ると先ほどの少女がしっかりと彼の上着の裾を掴んでいる。


「お迎えが来るまで一緒にいて欲しいみたいですよ」

 まぁ仕方がない。

 和泉は少女の隣に腰かけた。


 それから約1時間後。


「すみません! 妹が来ていませんか?!」


 篠崎智哉が真っ青な顔で交番に飛び込んできた。


 待ちくたびれた絵里香は和泉の膝を枕にして眠りこんでいる。

 和泉がジロリと睨むと、智哉は怯えた表情になった。


 兄の声で目を覚ました絵里香は、嬉しそうに起き上がって飛びついて行く。


「どこに行ってたの?」

「……」

「こんな小さい子を一人きりにして、もし変質者にでも捕まったりしたらどうするつもりだったの?」


 智哉は妹を抱き上げると、和泉の方には一切目を向けず、制服警官の簡単な聴取にだけ答え、礼を言って交番を出て行く。


 こちらを向いている妹はバイバイ、と手を振る。


 バイバイ、と手を振り返しつつ和泉は携帯電話を取り出した。



 ※※※


 樫原詩織が一日署長を務める交通安全イベントを見たいと絵里香が言い出したのは昨夜のことだ。始めは母親に連れて行ってとせがんでいたが、母親は仕事だった。

 そこで智哉に御鉢が回ってきたのである。


 智哉自身はまったく興味がなく、そもそも警察の交通安全イベントなんてバカバカしいと思っていたから、にべもなく断った。


 ところが。

「たまにはお兄ちゃんらしいことしてあげてよ。この頃は友達づきあいだの、学校の勉強が忙しいだの、全然絵里香のこと面倒見てくれてないじゃない。私だって仕事じゃなきゃ連れて行ってあげたいわよ。だいたいねぇ……」


 母親の口による攻撃が始まった。一度始まると、わかったと言うまで決してやむことのない恐怖の責め苦である。

 面倒くさいのと、いい加減疲れたのもあって、最終的に智哉は承知させられたのであった。


 そもそも人ごみに出掛けて行くのは好きじゃない。


 案の定、イベント会場は大勢の人でごった返していた。妹を肩車してやったが、それほど背の高い方ではない智哉では、視界が良好ではなかったようだ。

 音楽と歓声は聞こえるが、肝心の樫原詩織の姿は見えない。


 このあととりあえずデパートにでも寄って、パフェとかケーキとか何か甘いものでも食べさせておけば絵里香も納得するだろう。そう思って智哉が会場を離れようとした時だ。


「あれ、シノ! 何してんの?」

 偶然、角田と出くわした。


 気まずい。妹と一緒にいるところを見られたくない。


「何? そのガキ。隠し子?」

「……妹だよ」

「へぇ、ずいぶん小さいのぅ。ってことは……」

 角田が何を言おうとしたのか察した智哉は、

「一人? めずらしいね」

「いや、亀と鶴が一緒。これからボウリング行くところじゃけん、シノも来いや」


「ごめん、妹が一緒だから……」

「一緒に連れてくればええじゃろ」


 冗談じゃない。妹を連れて行けばこんなロクでもない友達と付き合っていることを母親に知られてしまう。


「この子、人見知りが激しいから……」

「ほんなら、置いていけば? ここで待たせとけばええ」

「何言ってるんだよ! そんなことできる訳……」


 角田は智哉の肩に手を回し、

「実を言うと、亀も鶴も今月小遣いがピンチなんよ。ここでシノが来てくれたら、助かるんじゃけどなぁ……。それにさ、わしら友達じゃろ? それとも……あのことバラしてもええ?」


 すーっと全身の血が冷たくなったような気がした。


 智哉はつないでいた絵里香の手を離し、膝をついて彼女の両肩をつかんだ。

「いい? お兄ちゃんが戻るまでここにいて。絶対に動いたらダメだよ?」


 妹は不安げな顔をするだけで返事をしない。


「絶対迎えに来るから」


 振り切るようにして智哉は妹を残し、角田と一緒にその場を離れた。

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