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136/138

136:それは聞かない約束よ?

 あの男はいったいなぜ、あそこまで周にこだわるのだろう。


 藤江賢司は先ほどからモニターを見つめたまま、自分の手がすっかり止まっていることに気がついた。

 和泉と別れてから後、不思議と頭の中に過去の記憶が浮かんだ。



 それは今から約半年ほど前ぐらいだろうか。

 仕事を終え、借りているマンションに向かっている最中のことだった。

 そこは流川の一画。夜になると不穏な空気の漂う場所である。それでもここに居を構えたのは、大切な思い出を守りたかったからだ。


 目的地を決めて真っ直ぐ歩いていれば、ガラの悪い人間達、呼び込みに誘われることもない。

 藤江賢司はひたすら自分の部屋を目指して歩いていた。


 ふと視線を転じた時、派手なネオンの光る雑居ビルに入って行こうとする、少年の後ろ姿が目に入った。


 彼が身に着けていたもの、それは弟の通う学校の制服と同じものだった。

 背格好をぱっと見た瞬間、賢司はそれが自分の弟だと思ってしまったのである。


 そのビルは上から下までいかがわしい風俗店が入っている、魔の巣窟のような場所であることを知っていた。


 そんなところに足を踏み入れるな!!


 気がつけば勝手に身体が動いていた。

 駆け寄って行って、賢司は弟と信じた少年の腕をつかんだ。


『今日は、一緒に夕飯を食べる約束だっただろう?』


 振り返った少年の顔は、弟とは似ても似つかなかった。人違いだった。

 さらに悪いことに、彼のすぐ傍には彼を【買った】相手だろうか。いかにもチンピラくさい、胡散臭そうな男が一緒にいた。


 少年は驚いていた。だが彼は、こちらを救出者だと思ったらしい。

 咄嗟にしがみついてきたのだった。


『申し訳ないが、先約があってね……』

 幸いなことに男は舌打ちし、バーカ、と捨て台詞を吐いて去って行ったのだった。


 その後、少年は賢司の後をついてきた。放っておいても良かったが、その日はちょうど雨でもあった。

 ボランティアで非行少年を保護する趣味はない。

 だが、弟と同じ学校の制服を来ている少年に興味を覚えたのも確かだ。あの学校は基本的に、素行に問題のある生徒を受け入れたりはしない。


 そこで賢司は今夜限りと決めて、仮住まいに連れて行った。


 そうして彼の話を聞いた。

 上手く行っていない両親、母親の不倫疑惑。家に居場所がないこと。


 誰かと同じことを言っている……。


 彼は名前をただ【タカヒロ】とだけ名乗った。


 辛いと思ったら、連絡してくれていい。あまりこれ以上関わり合いになるのが面倒だったので、滅多にアクセスしないSNSのハンドルネームとアドレスを教えて翌朝、別れた。



 おかしなことが起きたのはその翌週だった。

 そのSNSで利用しているダイレクトメールに知らない名前の人物からアクセスがあったのは。


『あんた、タカヒロの友達?』

 初めは無視していた。ところが、同じ発信元から今度はプライベートで使っている携帯電話のアドレスにまで連絡がきた。


 その【タカヒロ】なる人物が誰なのか初めはピンとこなかった。

 だが、その内に思い出した。いつだったか、周と間違えて助けたあの少年だ。


 発信元はその【タカヒロ】の友人を名乗る人物で、本名でSNSに顔を出していた。


 緒方翔おがたしょう


 身許を辿ると、驚いたことに藤江製薬と取引のある介護施設を経営している、とある会社社長の息子だった。ドラ息子で、何かと問題を起こしては親に尻ぬぐいをさせていると聞いたことがある。


 【タカヒロ】はそのドラ息子が率いるグループに所属していたようだった。


 俄然、興味が沸いた。

 もしここで何か恩を売れるような機会があれば、今後の取引において優位に立てる。



 そんなある日だった。

 緒方翔から助けを求めるメールが来た。元々頭のあまり良くない人物だったので、なかなか要領を得なかったのだが、要するに配下の1人だった【タカヒロ】がとんでもないことをしでかした、このままでは警察に捕まる、といったような内容だった。


 その後のニュースなどで、どうやら緒方翔の率いる不良グループがホームレスを襲撃した上、1人を殺害してしまったという事件を知った。


 賢司は無視を決め込んだ。

 関わり合いになってはいけない。


 ところがどうやって調べたのか、今度は緒方翔から電話がかかってきた。


【タカヒロの親父が、自分を殺そうとしている】

【あいつの父親、オマワリだっていうんだよ。拳銃を持ってるって聞いた!!】


 殺されてしまえばいい。

 初めはそう思った。


 気が変わったのは、ほぼ時を同じくして突然、石岡孝太から連絡があった時だった。


 以前の話を進めてもらえないだろうか。

 『以前の話』が何だったのか、すぐに思いだした。彼は美咲に想いを寄せていた。


 冗談半分、本気が半分のつもりで、公認の愛人にでもならないかと彼に言ったことを思い出す。


 彼は若い頃、暴走族を率いていたという過去があり、腕には自信がありそうだった。


 そうだ。

 いっそのこと美咲を巻き込んで、何か面白い【台本】を書けないだろうか。


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