135:愚にもつかない
感心している場合ではない。
『それで、どうなりました?』
『……あの人、妙なことを言い出したんです。サキちゃんが断ることのできない状況を作り出した方がいい、なんて。何のことかと思ったら、悪役を仕立ててそいつに彼女を襲わせ、俺が助け出して恩を売る……要するにヤラセです』
『もしかして、その悪役が緒方翔だった……?』
『そうです。俺、あんまりニュースとか新聞読まないんで、まさかあいつが本土で事件を起こしたクソガキだったなんて、何も知らなかったんですけど……』
『未成年ですから名前は報道に出ていないでしょう。でもそうすると、賢司氏は緒方翔を知っていたということになる……』
『そうみたいです。どういう知り合いなのかわかりませんが』
奴はネットで知り合った【Rain】という人物から、宮島に行って【ミサキ】という女性を頼るように言われた、と供述していた。
『あいつは彼に言われたからなのか、自発的になのか知りませんが、サキちゃんに手を出そうとしました。あ、ホントだったって驚くやらあきれるやら……その後は、刑事さん達も知ってるとおりです。でもまさか、あのお客さんのことは何も知らなくて、聞いていなかったからびっくりしましたけど……』
『あのお客さんと言うのは、緒方翔を追いかけてきた……?』
『そうです。あの後、サキちゃんを人質に山に立てこもるなんて話、俺は聞いていませんでした』
和泉はしばらく黙って頭の中であれこれと考えていた。
『あの、刑事さん……賢司さんは何か、罪に問われるんですか?』
『え?』
『だってほら、俺バカだから法律とか全然詳しくないけど、犯人を逃がしたっていうか……匿ったっていうか……』
『あなたは少しもバカではありません。バカなのはむしろ、そんなくだらないことを言い出した藤江賢司の方です。あなたが望まないのなら、この件はここだけの話にした方がいいと思います』
彼は両手を合わせて拝むような格好を見せた。
『お願いします!! サキちゃんを、周を……もう、トラブルに巻き込みたくないんです。ただ……』
『ただ、何です?』
『賢司さんはあの2人のことを憎んでいます』
『どうしてです……?』
『俺も、最近知ったんですけど……サキちゃんのお母さんって、賢司さんのお父さんと不倫してたらしいんです。それで、周が生まれたって……』
『……本当ですか?』
『確かです』
そういうことか。同じ母親から生まれた姉弟だと、美咲からは聞いていたが。
『……俺からは、以上です』
『……よくお話ししてくださいましたね、感謝します』
『刑事さん、サキちゃんのこと、周のことをどうか……お願いします。守ってやってください』
※※※
「これで、おわかりいただけたでしょうか? 他人が自分の掌の上で思う通りに踊っている、さぞ楽しいでしょうね……」
吐き気がしそうだ。
傲慢かつ、どこまでも身勝手。
周と同じ親から生まれた兄弟とは思えない。
賢司からの反応はなかった。
「ちなみに彼の話には、動かせない証拠があるのですよ。美咲さんを慕うヒーローを、あなたはかなり侮っていたようですね。ですが彼は、想像していた以上にとても慎重で頭の良い人間でした。ちゃんとスクリーンショットを保管していましたよ。実際、それを見た僕は驚きに声が出ませんでした……」
和泉はスマホを操作し、彼と孝太の間で交わされた遣り取りの一部始終を見せた。
驚愕するかと思いきや、賢司の表情は相変わらず変化がない。
「さて。ここまでは不本意ながら、民事不介入という縛りでしてね……我々警察の出る幕は残念ながらないと言えます。でも、賢司さん」
和泉は身体ごと後ろを振り返り、無表情な男の目を見つめた。
「美咲さんと周君が、このことを知ったらどう思うでしょうね?」
「……さぁ?」
「それと、僕は【Rain】はもう1人存在すると思っています。それこそ、あなたが最初に仰った乗っ取り犯がそれではないかと」
「それも立派な犯罪ですよね。取り締まってくださいよ、刑事さん」
「残念ながらそちらは管轄外でしてね。生活安全課に知り合いがいますから、頼んでみるつもりではありますが……」
「そうしてください」
角田殺害の依頼を出したのは樫原詩織だ。本人がそう供述している。もっとも【相談】を受けたとされる弁護士先生は否定しているが。
今後、捜査のメスが入ったところで、したたかなあのヤクザ男のことだ。
証拠は一切、消去しているに違いない。
この件についてはもう、手出しも口出しもできない。ただ。
「それと、ご安心ください。僕はこの事実を墓場まで持って行くつもりです」
「……ほぉ、なぜです?」
初めて賢司の顔に少しの変化があった。
「あまりにもバカバカしくて、ご家族に聞かせられるような話ではありません。それに何よりも、周君にこれ以上、辛い思いをさせるのは本意ではありません」
手が届くなら、殴ってやりたい。
「それと。他人である僕が言うのは正論であり、一般論ですが。親御さんのことで美咲さんや周君を恨むのは筋違いですよ。彼女にも彼にも、何の罪もない」
「ええ、本当に……一般的な正論ですね」
「僕はあの2人を守ります」
「そうですか」
「もしまた、周君を傷つけるような真似をしたら……タダではおかない。僕はあなたを許さない、絶対に」
バックミラー越しに見える相手の表情は、やはり【無】であった。
このへんはなので、シリーズ1から3を読んでエビ?(^_^;)