表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

132/138

132:エトセトラ

 それは樫原詩織こと、中原詩織が殺人未遂の現行犯逮捕され、送検された何日か後の休日。


 放課後、いつも通りに智哉が正門に向かって歩いていると、なぜか友永がそこに立っていた。

 周と円城寺も一緒だ。

 しかし2人とも、彼の姿を確認すると、なぜか退散してしまったのだった。


 傍を通り過ぎる同級生たち及び、先輩や後輩が好奇の目でこちらを見つめてくる。

 だが、今の智哉にとってそんなことはどうでも良かった。


「……すまなかったな、智哉」

 出会い頭、彼はそう述べた。

 

 初めて会った時には気付かなかった。

 ボサボサの髪、きちんと手入れしていない無精髭のせいで【だらしない中年オヤジ】というレッテルを貼っていた彼が、よく見ると普通のイケメンだったということに。


「……何がですか?」

 きっと、実は女性にモテるに違いない。

 泣かせた女の人は何人だろう?

 どうでもいいことを考えていた。


「お前に……不愉快な思いをさせたと思って。俺は少しも疑ったりしてなかったんだけどな?」

 せっかく綺麗に整った髪をくしゃくしゃにかき回し、彼は少しだけ目を逸らす。


 一度でも容疑者として疑われたことについて、智哉は何とも思っていない。

 それでも友永は気にしているらしい。


「どうしてですか?」

 なぜ、自分のことを信じてくれるのか。

 それは単純な疑問だった。


「……言ったろ、長年の勘だ。本当に更生の必要なクソガキと、そうでもない子供の見分けぐらいつくんだって」


 智哉は微笑んだ。

「友永さんの心眼を信じます」

「ほんとか?」

 それから、ゴツゴツとした彼の無骨な手を両手で握る。


「……絵里香が、妹が……今度はいつ、友永さんに会えるのかってうるさいんですけど、いつお会いできますか?」

「いつだって呼んでくれ。すぐに駆けつけるからよ」


 ※※※※※※※※※



「うん、わかったわ。いいの、もう……だってもう、どうしようもないじゃない。私には周君がいてくれるから大丈夫。それだけじゃないわ、他にも……助けてくれる人、たくさんいるの。そう悪いことばかりじゃないわ。だからお母さん、泣かないで。自分の身体を大事にしてね……」



 ※※※※※※※※※



 場所は確か広島湾に面した工業地帯の一画だったはずだ。

 営業支店なら市の中心部である中区に自社ビルが建っているが、薬品の研究室はまた違う場所にある。あの男がどちらにいるか、それは賭けだった。


 あれこれと考えた結果、和泉は薬品研究室のある方へと向かった。


 こう言うところは関係者以外立ち入り禁止だろうが、こちらには黒い手帳がある。


 車で敷地内に入り、警備員に身分を名乗った。

「薬学研究室長の藤江賢司氏にお会いしたいんですが」

 初めは胡散臭そうにこちらを見ていた守衛は、何か後ろ暗いことがあるのか、警察手帳を見た途端に背筋を伸ばした。


 守衛は受話器を上げて電話をかけ始めた。

「少しこちらでお待ちください、とのことです」


 言われた通りに待っていると、建物から白衣を身にまとった男があらわれる。

 もちろん笑顔などではなく、迷惑だとはっきり顔に書いて。


「……何でしょう?」

「お話があるんですが。ここで立ち話しますか?」

「忙しいのでね、手短に済ませていただけるならここでもかまいませんよ」

「そうでしょうね、ご家族をほったらかしにしてまで進めなければいけない、大切なお仕事でしょうから……」

 藤江賢司は不快そうに、

「少し歩きますが、この先にコンビニがあるのですよ」

「では、車で移動しましょうか。車の中でお話ししてもいいんですよ?」

 和泉は後部座席のドアを開けた。

 賢司は黙って乗り込む。


挿絵(By みてみん)


 工場が立ち並ぶこの近辺は、コンビニと言ってもぽつんと1件あるだけのようで、カーナビの画面を見ていると目的地までかなり距離があるようだった。


 車を走らせながら、和泉は先制攻撃をしかけた。

「単刀直入に申し上げます。賢司さん、とあるSNSで【Rain】 というハンドルネームを使っていましたよね?」


 賢司の片眉が吊りあがる。

「……いつの話ですか? それは」

「今年の5月頃ですかね。まだ記憶に新しいでしょう?」


 しばらくは沈黙が降りた。

 こういうシチュエーションには慣れている。

 和泉は相手の出方を待った。


 やがて、

「確かに……そんなこともありました。ですが」

「ですが?」

「……アカウントを乗っ取られましてね。もう、使用していません」

 そう答えて賢司は肩を竦める。


「乗っ取られた?」

「お疑いですか? 真実ですよ。まったく身に覚えのないメールの遣り取りが行われていたことが発覚して、気持ち悪くなったので消しました」

「それは、いつ頃の話です?」

「それこそ、今年の5月頃ですよ」


 


「……初めに申し上げておきますが、下手な嘘をつくと本当に危ないですよ?」

「危ないって、何がです? 僕は警察の方に睨まれるようなことは何もしていませんが」

「……警察の方に……っていうより、僕個人に……ですね」

「和泉さんに?」

 賢司は怪訝そうな顔をする。

「賢司さん、僕はあなたのことが大嫌いです」

「……そうですか。別に、あなたに好かれたいとも思いませんけど」

「初めて会った時、あまりの嫌悪感に思わず……体調を崩したほどです」

「それはそれは、お気の毒でした」


「愛の反対は無関心だって、ご存知ですか?」

「……それが何か?」

「嫌いだっていうことは、相手に少なからず興味があるということです。だから嫌いな相手のことは、とことんまで追及してみたい……それこそ、何か弱みでも握られないか、とね」

「良い性格をしていらっしゃいますね」

「よく言われます」

 コンビニに到着する。

 和泉はエンジンを止めて車のカギをとり、店の中に入った。眠気覚ましのコーヒーとお菓子をいくらか購入する。

「お一つ、いかがです?」

 チョコレート菓子を差し出すと賢司は、

「甘いものは好きではありませんので」

 そうですか、と和泉は自分の口に放り込む。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ