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131:48時間

 樫原詩織こと、中原詩織が殺人未遂の容疑で現行犯逮捕、拘束されてすぐ、母親である中原優香里が署に飛んできた。


 始めこそ、再度の誤認逮捕かと息巻いていたが、料亭内で撮影された映像をすべて見せられた彼女はすぐ真っ白な顔になった。

 智哉のスマホは破壊されてしまったが、樫原詩織の供述を録音することには無事成功している。

 それというのも、うさこに料亭の仲居のフリをさせ、水を置きに部屋に侵入した際、さりげなく録音機器及び小型カメラを部屋の隅に設置しておいたからだ。


 そこには2人の会話及び、殺人未遂に至るまでの過程が鮮明に記録されていた。


「これでもまだ、何も知らないと主張なさるつもりですか?」


 取調室で彼女の応対に当たったのは和泉だった。


「……バカな……」

 拳を握りしめ宙を見据える。

 その瞳に映るのは怒りなのか悲しみなのか、いずれにしても。

 和泉は向かい合って座る中年の女性をじっと見つめた。


 別れた嫁のおかげでついた余計な【知識】が、彼女の矜持を教えてくれた。

 身に着けているのはすべて有名なブランド物。

 頭のてっぺんから爪先まで、かかった金額を合計したら自分の月給ぐらいだ。


「私があの子のために、どれだけ苦労してきたと思ってるのよっ?!!」

 バンっ!!

 机を叩いて立ち上がった彼女を、すかさず女性警官が取り押さえる。

「いいものを着せて、いいものを食べさせて、いい学校に行かせるために……どれだけの金額を投資したと思ってるんですか?! そりゃね、できることなら何でもしましたよ。ご当地アイドルのオーディションを受けたいって言った時にはね、少し無理してプロデューサーに心付けを送ったりもしたんです!! おかげであの子はセンターに立たせてもらえて、売れることができて……ぜんぶ、私のおかげじゃないの!!」

 和泉はあきれ果てて物が言えずにいた。

 この女は娘が自分を『裏切った』と言いたいようだ。


「……中原さん……」

「離婚して、結婚していた頃みたいな生活ができなくなって、それでも私は詩織(あの子)のために、必死で働きました!! 他の子が持っている物をあの子が持っていないなんて、そんなの絶対に許せないから!!」


 親の気持ちとしてはそうだろう。

 でも。

 和泉は黙って相手に語らせることにした。


「……あの写真のモデルだって、あの子が自分から進んで引き受けるって言ったんですよ?! お金になるのならやるって!!」

 中原優香里は叫んだ。

「あの写真って、ロリコンに売るために撮った写真ですか?」


『ママのためだから我慢する』


 篠崎智哉から聞いた話では、樫原詩織はそう言っていたはずだ。

 決して本意ではないけれども、母親のためなら。

 

 小さな子供達に共通する心理。

 それは。

【親が喜ぶから】


「いい加減にしろ!!」

 たまらず和泉は叫んだ。

 中原優香里は驚き、顔をあげる。


「……すべて、あなたのエゴですよ。中原さん」

「私は、私はあの子のために……」

「そうじゃない。すべて自分のためだ。自分が描く理想の生活、理想の母娘。まるで雑誌から抜けだしてきたモデルかのような……あなたは夢を見過ぎたんじゃありませんか?」


 すると相手はきっ、とこちらを睨みつけてくる。

「夢をかなえようとすることの何が悪いんですか?!」


 まだ分かっていない。

 和泉は溜め息をついた。

「他人を利用して傷つけて、挙げ句に殺して……そういう『手段』を経て叶えた夢にいったいどんな価値があると言うんです?」


 今にして思えば。

 今日、この時間を迎える少し前、駿河と話し合ったことが頭に甦る。


『もしかしたら猪又は、彼女と……普通の家庭を築きたいと考えていたのかもしれないよね。それこそ、恵まれない家庭に生まれ育った者同士で……』

『……そうかもしれません』

『もっとも、今じゃ真相は闇の中だけどね』

 

 もし、こちらの【推測】が当たっているのだとしたら。

 猪又はタチの悪い女に出会ってしまった不運を嘆くしかないだろう。



 そろそろ観念する頃だろうか。

 和泉は時間を気にしながらも、相手の様子を伺った。

 すると。

「あいつが悪いのよ!?」

 中原優香里は再び、大きな声で叫ぶ。


「あいつ?」

「猪又辰雄よ!! あいつ子供のころから私の足を引っ張ってばっかりで……米子でも、境港でもそう!! 頼んでもいないのに勝手なことばっかり!!」


「いわゆる【ダラ】なことですか……?」

「そう!! あいつ、本当にダラズだわ!! 勝手に私が困ってると思いこんで、勝手に間に入って引っ掻き回して、滅茶苦茶にして……いつか殺してやろうと思ってた!!」

「それで実行したんですね?」

「あなただって、自分のジャマをする人間は排除するでしょう?! 私は、何も間違っていないわ!!」


 和泉は深く溜め息をついた。

「子供は生まれてくる家を選べない……と言うのは真実で、実に不幸なことです」

「そうよ。私は本当に、不幸な家庭で育ったわ!! 不自由ばっかりで何一ついいことなんかなかった。自分の夢はかなわなかったけど、詩織は、あの子はいいところまで行っていたのに、どうして自分で潰すような真似をしたの?!」


「私が言っているのは、お嬢さんのことです」

「え……?」

「あなたの娘に生まれてきたことが、詩織さんの不幸でした」

「……」

「これは僕の推測ですが、彼女もいい加減……疲れたんじゃないですか? 自分の夢や理想ばかり押し付けて、汚い手段も平気で使うような母親に愛想を尽かしたのでは。そう言う意味では彼女の方が、まだまともな神経をしていると思いますよ」


「私がおかしいって言うんですか?」

「ええ、ハッキリ申し上げて……一度、病院に行って診てもらうことをおススメしたいですね」

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