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130/138

130:そしてアイドルはうたう

 その時だ。


 ぱんっ、と襖の滑る音。


「そこまでだっ!!」

 聞き覚えのある男性の声。

 ドタドタ、複数の足音も聞こえた。


 詩織は手を離し、智哉から離れる。


 そして彼女は急ぎ智哉のカバンに近づいた。

 止める間もなく彼女はそこからスマホを取り出すと、壁に向かってガンガンと叩きつける。止めようと手を伸ばしたのは先ほどの、目つきの悪い仲居さんだ。


「やめなさい!!」

 小柄な仲居さんは、激しく暴れる詩織に振り回されている。

 しかし、

「きゃあっ!!」

 短い悲鳴が聞こえて、2人同時に畳の上へ倒れ込んだ。


 智哉は畳の上に倒れたまま、しばらく咳き込んだ。


「午後19時48分、中原詩織、殺人未遂及び暴行の現行犯で逮捕する」

 カチっ。

 手錠がかかる音が少し離れた場所から聞こえた。


 ほっとしたら力が抜けた。


 ※※※


「智哉、智哉っ?! しっかりしろ!!」

 抱き起こしてくれる逞しい腕が誰かなんて、考えるまでもない。


「ごめんなさい……友永さん。スマホ……証拠になったはずなのに、あれじゃ……」

「バカ野郎っ!!」

 耳元で怒鳴らないで欲しい。痛いから……。

「そんなもん、お前の命に比べたらなんぼのもんだって言うんだ?!」


「大人気ご当地アイドル、殺人未遂の容疑で逮捕……って、明日のスポーツ新聞の一面は決まりだね」

 おかしそうに言ってこちらを見下ろしているのは、やはりというかなんというか……。


 気がつけば見覚えのある顔が揃っていた。


「やだ、今のは……演技ですよ? 私、アイドルを卒業したら女優になりたくて」

 仲居さんの格好をした……おそらく女性の刑事だろう……に肩をつかまれた状態で、それでも詩織はほつれた髪と乱れた服を手で直しながら、平静を装う。

 すると和泉が笑って、

「いやぁ、やめておいた方がいいと思うよ? 素人の僕から見ても、下手な演技だったから……」

「あんたに何がわかるのよっ?!」

「ねぇ、智哉君。今の、本当に演技だった? それとも……本当に殺されると思った?」

 彼は笑いを引っ込め、真剣な表情で訊ねてきた。


 智哉は深く息を吸い込み、

「……本気で死ぬかと思いました。彼女、はっきり言いました。『死ね』って ……」


「嘘よ!!」

 詩織はものすごい形相でこちらを睨みつける。

「適当なこと言うんじゃないわよ!! 許さない、あんた絶対に許さないんだから!!」


 再び暴れ出す彼女を、女性刑事ともう一人、大柄な男性が抑え込む。


「やれやれ」和泉が肩を竦める。「『詳しいことは署の方で聞かせてもらおうか』なんていう、刑事ドラマあるある的な台詞を言うことになろうとはね……」

「下手な三文芝居だな」

「……聡さん、表現が古すぎますよ」



「でも、どうして……? 上手くまいたと思ったのに」

 智哉は不思議に思って友永を見た。


 すると彼はジロリ、とこちらを睨む。

「ダメだって言ったよな? 勝手なことをするなって……」


 そうだった。今夜のことは彼に話してはあったものの、ダメだと言われていたのだ。

 それでもじっとしていられなかった。


「……ごめんなさい……」

 ぎゅっ、と圧迫感を覚えた。智哉の視界の端に、友永の耳と髪が見えた。


「……お前に、万が一のことがあったら……もう、ごめんだぞ。息子に先立たれるなんて二度と……」


 抱きしめられた温もりを感じるなんて、何年ぶりだろう。

 いや、実の父親だってこうしてくれたことがあっただろうか。


「……はい……」



「こんなこともあろうかと、こっちもそれなりに手を打っていたって言うだけの話だよ。……ね?」

「ジャマしてやるな」



「これで、周の無実は証明されますか?」

 智哉は顔を上げた。

「ああ、何一つ曇りなく、な」


 良かった。

 たぶん今は、久しぶりに心から笑えている。

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