表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

129/138

129:助けて、隊長さ~んっ!!

残念ですが、隊長さんは出てきません。

せめてイラストだけでも……。


挿絵(By みてみん)


 智哉はカバンからハンカチを取り出し、濡れた頭と顔を拭いた。


 詩織はクスクス笑いながら、

「写真のことだけじゃないよ。角田は私に、これと似たようなことしたんだよ? ううん、これよりもっとひどいこと。どうせいろんな男に足開いてるんだろとか、この写真だって、自分から変態オヤジに取り入って撮影してもらったんだろうとか、事務所の社長ともやったのかとか……」


 ありうる、あの男なら。

「新人の女優さんが役欲しさに、プロデューサーに身体を売るっていう話、時々聞くじゃない? 私もそうなんだろうって、あいつそう言ったのよ?!」

 その怒りの形相からして、恐らくそれは事実無根なのだろう。


「私はね、ママの夢を叶えてあげたくて……ただそれだけだったの!! そうしたらちゃんと私のことを認めてもらえるって、そう思って必死で頑張ってきたんだから!!」

「それは、どういう……?」

 母親に虐待されて育ってきたのだろうか?

 そんなこちらの疑問に答えるように、詩織は続ける。

「私……ママのお人形だったのよ。パパがいた頃にはいつも、綺麗なお洋服をとっかえひっかえして、着せ替え人形にされてた。可愛いって喜んでくれたけど、ただの自己満足。自分が子供の頃にはこんなもの着せてもらえなかった、いつもそんな話ばっかり」


 知らなかった。

 かつての叔母に対してあまり良い印象を抱いてはいなかったが、まさか彼女がそんなふうに扱われていたとは。


「でもね、その代償は安くなかった。お洋服にアクセサリーに、いろんな習い事。散財をした結果が破産なんて。そうしたらあの人、どうしたと思う?」

「……さぁ?」

 詩織は鼻を鳴らした。


「ママってね、地元に、昔から困った時に必ず助けてくれる幼馴染みがいたんだって。その人が例の……猪又のおじさんよ。あの人、ロリコンとか女装趣味のある人とか、そういう特別な性癖のある知り合いがいたんだって。私をモデルに気味の悪い写真を撮って売ると、なかなかのお金になったらしいわよ」


「あの人、確か……何年か前に捕まって……」

「そう。ママに言わせると、加減を知らない人らしいわ。私や智くんの他にもモデルになりそうな子を捕まえようとして、誤って死なせちゃったんだって」


 なんていうことだろう。


「刑務所に入って何年だったっけ。最近になって出てきたんだけど……ママったらひどいのよ? あんなにお世話になった人なのに、前科者なんだから近づかないでって」


「ねぇ、まさか……その猪又って言う人も……?」

「写真のことで私を脅してきたのかって?」

 智哉は息を呑む。


「私は直接遣り取りしていないから知らない。でも……ママが言ってた。もう殺すしかないって」


 まさか。


「あの人って、そうなのよ。どこまでも自分勝手で自己中心的。ちょうど私が世間の人に知られるようになって、人気が出てきた頃でしょ。生かしておいたら絶対、後々になって面倒なことになるからって」

「そんな……」

「その後すぐ、猪又のおじさんが殺されたってニュースで言ってたのを見て、ああ、ママがやったんだな……って思ったわ」

「君は、その現場を見たの?」

「ママが……ほら、私がCMに出てた栄養ドリンクに何かを仕込んでいたのは見たわ。あれきっと毒だったのよ」

 こともなげに言う彼女が、智哉にはどうしても信じられなかった。

「あの人の唯一いいところは、決断が早いことよね。殺す、って決めたら即実行」


 背筋を悪寒が走った。

 そんな恐ろしいことを平気で口にする彼女の神経にも、それを実行した犯人の心情にも同感できない。


「びっくりしてる? 智くん、世間知らずのお坊っちゃまだったもんね」

 クスクスと笑いながら詩織はカバンを手元に引きよせる。

「それでいて、バカがつくほどのお人好し」


 それからすっ、と彼女がカバンから取り出したのは、細い紐のようなものだった。


「……今の話、全部録音してるんでしょ?」

「……え?」

「知ってるわ。どうせ大好きな周君のためでしょ? 私が真相を話すよう誘導して、角田殺しを依頼したのは私だって……そう言わせたかったんでしょ」


 智哉は身の危険を感じた。

 彼女は素早い身のこなしで立ち上がると、それこそ豹のようなスピードでこちらに飛びかかってきた。


 首に紐が巻きついてくる。


 気がつけば智哉は、腹の上に乗っかられ、紐の端を両手に握った詩織に見下ろされていた。彼女の肩越しに見える蛍光灯の光が眩しい。


「実はそうなの。角田を殺して欲しいって依頼を出したのは私なんだ」

「……君が……?」

「そう。だってキモいし腹立つもん。私がね、社長がアニキって呼んでる弁護士先生に頼んだの。確か名前は支倉って言ったかな? 弁護士だって言ってたけど実態はただのヤクザ。ママはたぶん知らないわね。あの人、自分とお金にしか興味がないから。娘がきちんとアイドルして稼いでくれていたらそれでいいの。角田がすごくムカつくから、誰があいつを殺すように依頼できないかなって相談してみたらね、ネットで良いのを探しておいてあげるって言ってくれたの」


「……まさか……」

「本当よ? でも思った以上に仕事が早くてびっくりしたわ」


 きゅっ、と首に巻かれた紐が食い込んでくる。

「ごめんね、智くん。今までのこと全部、智くんがやったことにして自殺した、っていうシナリオでどうかな? 猪又のおじさんを殺したのは、気味の悪い写真を撮られた恨みってことで」


 智哉は恐怖を覚えた。


 初めは演技じゃないかと思っていた。

 その内、笑いながら「なーんてね」と言い出すのだろうと心のどこかで思っていたから。


 だが。段々と力がこもってくる。圧迫感がじわじわと襲いかかる。


「……けて……」

 必死で手足をバタつかせる。

 しかし思いの他、相手の力が強い。


「死ね」


 僕、死ぬのかな?

 絵里香のこと、どうしよう?

 もし母が再婚したら妹はどうなる?


 虐待されたりしたら?

 ダメだ、そんなの!!


 まだ死ねない!!


「友永さん、助けて、友永さん……っ!!」

挿絵(By みてみん)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ