126:身辺警護
その後、中原優香里には刑事達の見張りがついた。
篠崎智哉にも警備の目は光っている。
約2日間は、これと言って何も起きずに済んだ。
あれから中原優香里に目立った動きはない。営業で方々を回っているのは確認できたが、怪しい人物と接触したという報告はない。
支倉とも会っている様子はない。
智哉たちの学校が終わる時間は何時だっただろうか。
今日は確か、いつもと違う時間割で、早めに下校すると言っていたが。
中原優香里があの指定暴力団魚谷組の顧問弁護士、支倉と関係があると知った時点で、篠崎智哉の身に危険が及ぶ可能性があるのは間違いない。どんな手を使って口を封じようとしてくるか。
しかし24時間彼らを警護している訳にもいかないのが現実で、学校の行き帰りは特に注意しているし、何か変わったことがあればすぐ連絡するように伝えてある。
和泉は報告書をまとめながらも、気が気ではなかった。
「まさか、支倉が出てくるなんて……」
そう呟くと、
「芸能事務所の社長は、奴の舎弟だって言っただろ」
と、隣に座っていた友永が応じる。
「暴力団のフロント企業ってことですか」
「今、奴らもおおっぴらに【活動】できなくなったからな……」
和泉は溜め息をつき、
「こうなったらもう、別件で現行犯逮捕しかないかなぁ」
「お前、それ昭和のやり方だぞ」
「うるさいですね。あそこにいるクズと一緒にしないでくださいよ」
例の所轄の刑事は、なかなか捜査が進まないことに苛立っているようだ。今日も若い刑事や、関係のない事務員にまで怒鳴り散らしている。
「あの刑事にも見張りをつけた方がいいんじゃないですか?」
「なんでだ?」
「おとり捜査でも始めようとか言い出すんじゃないですか? 智哉君を使って」
友永はいつになく真剣な顔になった。
「あり得なくはない……な」
「まぁ、そんなことはさせませんけど」
※※※※※※※※※
その日の夜、智哉の自宅にやってきたのは、やや凶悪な顔つきの中年男性と、まだ若くてほっそりした男性のコンビであった。
母親は不在だった。
「……聞いたよ、いろいろ。大変だったねぇ」
2人は宇品東署の捜査員だと名乗った。あれから友永が、警察を名乗る人間には特に注意するように言っていたので、身分証を確認させてもらった。確かに本物だった。
「このままだと、やっぱり君の友達に疑いがかかったままになってね。でも証拠がない。後は自白を引き出すしかないんだが……」
その刑事達は周のことをまだ角田殺しの容疑者だと疑っているようだ。
冗談じゃない。
むしろ智哉は詩織の仕業ではないのかと考えている。
彼女の性格が幼い頃から変わっていないとすれば、あの母親そっくりだとしたら。
角田はあの写真を見て、詩織のことに気付いたに違いない。そうして、自分にしたのと同じように脅し、マネージャーの位置に取り入った。
でも。背後についている暴力団に消されたのではないか。
友永達はハッキリと理由を教えてくれなかったが、いろいろ危険だからしばらくは絶対に夜に出歩くなとか、1人では行動するなと言っていた。
その辺から推測して、もしかしなくてもそうなのではないかと考えたのだ。
「周はそんなことしません」
「そう、君が信じたいのはわかるけどねぇ……」
「信じるとか信じないとか、事実なんだから他に言いようがありません」
中年の刑事はあからさまな舌打ちをした。
「友達を庇うのはいいけど、だったら彼が犯人じゃないっていう証拠を提出してくれ」
「……どうすればいいんですか?」
「そりゃ、真犯人の自白を引き出すしかないだろう」
ああ、そうか。
考えてみればそれだけのことだ。
「……わかりました」
「わかりましたって、君ね……」
「周が犯人なんかじゃないってこと、僕が証明します」
周にも、その義姉にも散々迷惑をかけた。
それなのに2人とも、少しも責めたりしないで、さらっと流してくれた。
今、自分が彼らのためにできること。
真犯人を暴いて、親友の無実を証明することだ。
智哉は何かあった時のために、机の引き出しにしまっておいた、中原優香里の連絡先をメモした紙を取り出した。
※※※
『なんでかけてくるのよ? こんな時に』
「……お話ししたいことがあるんです」
『あなたと私達はもう、何の関係もない赤の他人よ!! そう約束したじゃない!!』
「あの写真に映っているのが、僕だけじゃなくて詩織もそうだったってこと……警察の人に話しました」
『やっぱりあんたなのね?! 約束を破ったりして、ただじゃおかないわ!!』
「……それで、誰かヤクザの人に頼んで僕を殺すんですか?」
『……何を言って……』
「とにかく、一度どこかでお会いして話しませんか? できるなら詩織と一緒に」
『……』
「誰にも見られずにすむ所って、どこかありますか? 残念ですが、僕の方には刑事の見張りがついています。あなたが僕の命を狙うかもしれないので」
『明日の夜……』
「明日の夜、どこへ行けばいいですか?」
『流川に【酔恋】っていう料亭があるの。話を通しておくから7時にはそこへきて』
わかりました、と返事をして智哉は電話を切った。
それからふと、不安になってしまった。
料亭って、スーツを着ていかなければいけない場所なんだろうか?
※※※
叱られるだろうか、止められるだろうかと思いつつ、智哉は友永の番号に電話をかけた。
明日の夜、詩織とその母親に会って話をする件について話したところ案の定、
『バカ言ってんじゃねぇ!!』と、開口一番怒鳴られた。
「でも、このままじゃ……」
『まぁまぁ、友永さん』
と、後ろから聞こえたのは和泉の声だった。
『ここは智哉君の勇気と慎重さ、賢さに乾杯と行きましょうよ』
『てめぇ、適当なこと言ってんじゃねぇぞ?!』
電話の向こうでケンカが始まってしまったようだ。智哉はしばらく電話機から耳を離して、落ち着くのを待った。
『もしもし、智哉君?』
良かった、まともな人が代わってくれた。
『君の気持ちはとても嬉しいけど、一般人を危険な目に遭わせる訳にはいかないんだ。大丈夫、俺達に任せて。周君が無実だっていうことをちゃんと証明してみせるから』
「はい……」
そう返事はしておいた。
でも、智哉の心は既に固まっていた。




