125:弁護士先生登場
取調べとはある意味で、根くらべである。
刑事達にとって被疑者がこちらの質問に一切答えなくなるという状況が一番いら立つ。
それでも和泉は辛抱して、中原優香里の表情を見守った。
どれぐらいの時間が経過しただろうか。
元々、じっとしていられないタイプなのだろう。優香里の額には汗が浮かんでいる。
「実は我々、鳥取まで行ってあなたの過去を調べさせていただきました。いや、実に独特で面白い方言ですね。初めは何を言っているのか、さっぱりわかりませんでしたよ……」
返答はない。
「特に印象的だったのが【ダラズ】っていう単語でしょうかね。向こうでいう『バカな』とか『くだらない』とかそういった意味で、いろいろな活用法があるとか?」
和泉は続ける。
「話は変わりますが、流川にある、とある変態が集まるバーがありましてね……店の名前は【ゲハイムニス】意味はそのまま、秘密という……」
ぴく、と中原優香里は微かに反応を見せた。
「あなたの幼馴染みの猪又氏は、何者かにある夜、そこへ来るよう指示を受けました」
猪又はどんな格好でやってきたのだろうか。出所後間もない彼が、綺麗な格好をしていたとも考えにくい。この見栄張りかつ、傲慢な女がよく一緒に店へ連れて行ったものだと思う。
「これについては、証拠が残っています」
和泉は猪又の部屋から発見されたメモ書きのコピーを見せた。
元々、隠しごとが苦手なタイプなのだろう。即座に焦りが彼女の顔に出た。
「我々は彼を呼び出したのが中原さん、あなたなのではないかと考えています。その根拠はバーテンダーが聞いたという『港』と『タラ』というキーワード。初めは何のことだかわかりませんでした。ですが、あなた方の過去を遡って行く内に、一つの結論にたどりつくことができました」
中原優香里の顔色が変わる。
「境港であった『ダラ』なことについて、話していた2人組の客……だったのではないかと」
目が泳いだ。
「それはもしかすると、カラオケバーであなたに絡んできたヤクザ者にケンカを売った挙げ句、返り討ちに遭って怪我をした件ではないかと思うんですよ。気の毒に、彼はただあなたのために必死だったのに……」
もう少しだ。
あと少しで【うたう】はずだ。
和泉の中に確信が生まれた。
【半落ち】でもいい。
それならば裏付けとなる証拠を探すだけだ。
やがて。
「それが余計なことだって言うのよ!!」
中原優香里は叫んだ。
「こっちは一度だって、助けてくれなんて頼んだりしなかったわ!! いつもそう、あいつ頭が悪いから、私の計画したいろいろを全部ぶち壊して、本当に迷惑してたのよ?!」
「だから殺したんですか?」
「……!!」
「借金で首が回らなかった頃、娘の詩織さんに変態達へ売る卑猥な写真のモデルをさせておいて、それも彼が勝手にやったことだ、と言うんですか? ママのためだから我慢する、とお嬢さんは仰っていたそうですよ?」
「そんなバカな……!! 誰がそんなこと?! あ、わかったわ、あの子ね?!」
「あの子?」
「黙っていてくれるって、あれは全部あの子の写真だけだったって、そう言ってくれるって約束したのに!!」
「……まさか、篠崎智哉君にそんなことを強要したんですか?」
和泉が冷たい目で見据えると中原優香里は青ざめる。
「あなたのようにどこまでも自己中心的で、およそ人としての情に欠けた生き物を見たのは……果たしてこれで何回目でしょうね。育ちが不幸だった、環境が悪かった? どうお考えですか?」
「わ、私が……あの人を、猪又さんを殺したって……言いたいんですか?」
そうですよ、と和泉は端的に答える。
「とある製薬会社が発売している栄養ドリンク……あなたのお嬢さんが宣伝している……に毒を仕込んで、猪又氏に渡した。これが真相ではないかと考えています」
これ、身体に良いから飲んでみて。
大切な幼馴染みからそう言われて拒むことはないだろう。
「しょ、証拠は?! そのバーで彼と会っていたのが私だっていう、毒の入った栄養ドリンクを渡したっていうのが……!!」
するとその時、扉をノックする音が。
「中原さん、帰りましょう」
入ってきたのはスーツ姿の長身の男。
銀縁眼鏡をかけ、髪をオールバックにし、腕には高級時計をはめていた。
「先生!!」
中原優香里は喜色を浮かべて立ち上がる。
「これは任意の取調べですよね? これ以上不当な拘束をするのであれば、こちらもそれなりの対処をさせていただきます」
男の胸元には弁護士であることを示すヒマワリと天秤のバッチがついていた。
「支倉先生、助けて!!」
支倉?
和泉はその名前に、確かに聞き覚えがあった。
「行きましょう、中原さん」
支倉と呼ばれた弁護士の元に、容疑者は縋るように走って行く。
「……まさか、詐欺じゃないでしょうね?」
「何の話です?」
「支倉……確か、どこかの暴力団を統率しているならず者に、そんな名前の組員がいたと記憶しているんですが」
すると弁護士は笑う。
「組員、という言い方はあまり嬉しくありませんね。私は顧問弁護士ですよ。とある団体の……ね。職業はあくまで弁護士です」
署内はざわめいた。
和泉の記憶は間違っておらず、支倉とは県内で巨大な勢力を誇示しているあの魚谷組の構成員の1人だ。もっとも表向きは今も弁護士として事務所を構えているようだが。
「……あの樫原詩織が所属してる事務所の社長が、支倉の舎弟だって聞いてた時から嫌な予感はしてたんだけどよ……」
友永は悔しそうに言う。
「現時点では状況証拠のみですからね」
「ジュニア、お前なんでそんなに呑気なんだよ?!」
「焦ったって仕方ないじゃないですか。それよりも聡さん」
「なんだ?」
「智哉君に……しばらく警備が必要です。あの女の性格上、きっと彼のことをタダでは済ませないと思うんです」
「ああ、そうだな。彼が幼い頃の秘密を打ち明けてくれたおかげで、動機がまた一歩解明したことは明らかだからな」
「班長……」
友永が縋るような表情で聡介を見つめる。
「わかってる。お前も傍について、見守っていてやれ」