122:芸能人は何とかが命
捜査の責任者?
厳密に言えば宇品東署長というところだが、とりあえず窓口として応対するのは自分が適任だろう。聡介はとにかく廊下へ出た。
しかし、誰だろう?
応接室に通してあると言われ、そこへ向かう。
ドアをノックして中に入るなり、
「あんたが責任者か?!」と、大声で怒鳴りつけられる。
その男性は猪又の保護司であり、角田道久の叔父である角田幸造であった。
「そうですが、失礼ですがあなたは……?」
「いったい誰が、ワシの甥っ子を……道久を殺したりしたんじゃ?!」
「落ち着いてください、とにかくおかけになって……」
しかし。こちらの言うことなどまったく耳にも入っていない様子で、角田幸造はいきなり大声で泣き出した。
その彼の隣で、呆れたような顔をして立っている女性がいた。
「この人と別の部屋にしてもらえませんか?!」
いかにもキャリアウーマンと言った装い。
グレーのビジネススーツにひっつめ髪。
腰に手を当て、仁王立ち。鋭い目つきでこちらを威嚇する彼女は、いったい誰だ?
「……あれが中原優香里です、噂の」
こそっ、と耳元で和泉が囁く。いつの間に?
そう言えば。昨日、所轄の刑事が周と共にもう一人、誰かを連行したのは知っている。
解放された時、女性の声でガミガミと文句を言っていたのを聞いた記憶があるが、彼女がそうだったのではないだろうか。
「私は、別にこの方とは何の関わりもありません!! 私の用件はただ一つ、昨日の件で公式な謝罪を求めているだけです!!」
角田幸造の泣き叫ぶ声と、喚き立てる中原優香里の声で、廊下は異様な空気に包まれていた。とにかく別々に応対すべきだろう。
「中原さん、どうぞこちらへ」
和泉がニッコリ笑って手招きする。
臨戦態勢だった彼女はその笑顔に毒気を少し抜かれたのか、少し咳払いをして息子の後についていく。
そちらは彼に任せて、聡介は角田幸造が落ち着くのを待った。
ようやく少し話ができる状態になったのを確認してから、彼を応接室に連れて行く。
「……わしゃ、海外におったもんじゃけん……こっちの事件のことは知らんかったんよ。あっちに行く時は携帯電話も何も、一切持たんことにしとるけぇ……」
「そうでしたか……」
角田幸造は鼻を啜りながら続ける。
「のぅ、誰が、誰が道久を殺したりしたんじゃ……? なんで、あの子が殺されなきゃいかんかったんじゃ?!」
「今、そのことを捜査している最中です」
「許さんけぇな、絶対に!! 犯人を見つけたら真っ先に、ワシに教えてくれ!!」
「……それは……」
角田幸造は急に立ち上がり、大股で部屋を出て行ってしまった。
なんだったんだ、いったい……。
要するに言いたいことを言えてスッキリしたのだろう。
聡介は急いで、息子の応援に駆け付けることにした。
※※※※※※※※※
生まれついてのものか、育ちによるのか。
とにかく眼つきがすごい。
完全にこちらを『敵』とみなし、それこそやられる前にやれ、とでも言わんばかりの顔つきである。
確かにこう言うタイプなら、生き馬の目を抜くかのような芸能界でやって行けるだろうな、と和泉は思った。彼女自身は、歌手を目指したものの芽は出なかったようだが。
『取調室』と言う名の他の【応接室】に移動した後、和泉はしばらく1人で中原優香里の相手をした。
そう言えば。鳥取の地元民で彼女を知る者は皆、口を揃えて【強欲で傲慢な女】だと評していたことを思い出す。
裕福な人間だけが傲慢になる訳ではないのだな、と考えたものだ。
「どうしてこんなところなんですか?!」
「……申し訳ありませんね、他の部屋が空いていなかったもので……」
と言うのは嘘だ。
和泉は最初からこの女性を怪しんでいた。
状況証拠に過ぎないが、彼女には猪又を殺害する動機があると思っている。第一に、前科者である彼と顔見知りどころか、幼馴染みだったこと。
彼女の娘が樫原詩織だと知った時、決定的だと思った。
第二に。今まで鳥取で聞いてきた話を総合して感じたことだ。猪又はとにかく中原優香里のためなら何でもする、後先考えないタイプだった。
時系列で言えば先に殺害されたのは猪又の方だから、この際、容疑者に数えることはできないが……もしかして生きていたら、彼女の娘につきまとう角田道久という少年を自分の手で『始末』していたかもしれない。
「ちょうどこちらから、おいでいただこうと考えていたところでした。手間が省けて助かりましたよ」
「それで、どうなんですか?!」
「……えっと、何のお話でしたっけ?」
和泉がとぼけてみせると、火に油を注ぐ結果になったようだ。
ちゃんと理解している。
先日、ここの所轄の刑事が早まって、角田殺害を依頼した人物として周と、樫原詩織を参考人聴取のため連行したことに対し、厳重な抗議をしているのだ。
その件で公式に謝罪会見をしろと騒いでいる。
法廷に訴えて出てもいい、とさえ言っている。
ただ、ほとんど脅しのようなもので信憑性は低いと思っていた。その時点では。
「ふざけるのもいい加減にしてくださいっ!! 詩織をまるで犯人扱いして、警察に引っ張って行ったりして!! あの子の大切な経歴に傷をつけて、どう責任をとるつもりなんですか?! 芸能人はイメージが重要なんですよ?!!」
「ああ、昔『芸能人は歯が命』とかいうCMありましたもんね……」
「あなたじゃ話にならないわ!! 署長を、もっと上の人を出しなさいよっ!!」
「そうしたいところなんですけどね……中原さん」
和泉が寝不足の目で彼女を見つめると、気圧されたかのように相手はぐっ、と胸を反らす。
「猪又辰雄さんのこと、ご存知ですよね?」
「……え?」
今度は虚を突かれたような顔になる。
「同郷で、幼馴染みだったとか」
「そ、それが何だって言うんですか?! そもそも今、私はその話をしに来たのではありません!! 詩織に対する名誉棄損の件を、どうしてくれるのかって……!!」
和泉が黙ると、相手もぐっと喉を詰まらせた。