121:ミーティングその3
その場に沈黙がおりた。
しばらくして、
「もしかして……」
「なに? 葵ちゃん」
「例の店のバーテンダーが聞いた【港】と【タラ】って言うのは……境港で猪又が起こした【ダラ】な事件……という意味だったのではないでしょうか?」
伺うように彼は言う。
「僕もそう思うよ」
和泉はにっこり微笑む。
「なんだ、ダラって?」
「山陰の方言で『バカげた』とか『くだらない』という意味だそうです。推測に過ぎませんが中原は、猪又が起こした事件を『ダラ』つまりバカバカしい茶番だと考えていた可能性があります」
「そんな……」
「とんでもない話だな」
「僕はそんなに意外でもないと思いますよ? 本人に会ってみれば、わかります」
「猪又の方はわかった。そうすると、角田の方はどうなるんだ?」
友永が疑問を呈すると、
「あいつは猪又の自宅でその写真を見つけ……智哉君と樫原詩織に関する、過去の黒い事実を知った」
「だから消された……?」
「結論から言えば、そうなります」
和泉は重大発言をしながら大欠伸をしている。
「そう言えば、角田が猪又の家から出てくるところを見た、っていう目撃情報がありましたよね。何をしに行ったんですか? そもそもどうやって猪又の存在を知ったんですか?」
うさこが矢継ぎ早に質問を重ねてくる。
「あのね、うさこちゃん。人に訊いてばっかりいないで自分でも考えてごらん」
むぅ、と彼女は唇を尖らせる。
しかしそれももっともだと思ったのか、自分のノートをめくってみたりしている。
「うーん……」
「聡さん、甘やかしちゃダメですよ?」
彼女のノートの一部に指をさそうとしていた聡介に、和泉は釘を刺した。
しばらくして、
「あっ!! 猪又の保護司をしていたのが角田の叔父さんで……そっか、そこで個人情報を盗んだんだ!!」
と、顔を輝かせた彼女だったが、
「で……何をしに会いに行ったの?」と、自問している。
「そこはまた後でね。話を進めるよ」
なぁ、と日下部が誰にともなく問いかける。
「そもそも角田は、どうやって樫原詩織に近づいたんだ?」
「だからその写真に映っているモデルが彼女だって知って、脅してきたんだろ?」
友永が答える。
「そうじゃなくて。いくらご当地アイドルだからって、そう簡単にコンタクトを取れるもんすかねぇ?」
「もしかして……誰かが手引きしたんじゃないだろうか」と、父。
「どうやって?」
「……方法は分からないけど、たぶん……例のグループメールに出てきた【Rain】を名乗っていた人物の仕業だと思うんだ」
「で、でもあれは、回線を契約しているのは藤江賢司氏の……」
しばらく俯いて考えごとをしていた駿河が驚き、顔を上げる。
「乗っ取りだよ」
「乗っ取り?」
「昔、あったよね? どこどこに爆弾を仕掛けた、っていう予告を市役所や学校に送りつけた犯人として、送信元の回線とパソコンの持ち主が逮捕されたけれど、実は遠隔操作による第三者の犯行だったって言う事件」
「あったな、そう言えばそんなことが」
「2課の連中に頼んで、藤江家のパソコンと回線を調べさせてもらうしかないか」
「……およそ、あの兄貴が了承するとも思えませんけどね。プライバシーの侵害だなんだって」友永が呟く。
「でも、仮にも犯罪に利用されたかもしれないのに……」
うさこが言い、和泉が引継ぐ。
「あの男の性格上、既に回線は解約して、パソコンも処分してるんじゃないでしょうか」
「おい……下手すりゃ証拠隠滅だぞ?」
「個人的なことを申し上げて恐縮ですが……僕はその方がいいと思います」
「なんでだよ?」
「藤江賢司氏はどうだっていいです。ただ、万が一にもまた周君や美咲さんに、何かしら疑いがかかるような真似があっても……」
「捜査に私情を持ちこむな……と、言いたいところだが。今回ばっかりは俺も人のことは言えねぇ。仮にも智哉が関わっているとなると」
困ったものだな、という顔で聡介が全員の顔を見渡したその時、部屋の外からザワザワと賑やかな音が聞こえてきた。
「なんだ?」
「私、様子を見てきます」
うさこが身軽に立ち上がり、外に出る。しばらくして彼女は血相を変えて戻ってきた。
「大変です、討ち入りがやってきました!!」
討ち入りって、忠臣蔵じゃあるまいし……。
「なに?」
「捜査の責任者を出せって、クレーマーです!! それも2人も!!」