120:ミーティングその2
「まぁいいや。だけど願うようにはならなかった……そうかと思ったら、今度は娘をご当地アイドルに仕立てて、これが大ヒット」
うんうん、と強く頷いているのは日下部である。
他のメンバーはそもそも、アイドルに対して強い関心がないらしい。
「中原優香里にとって今は何ものにもジャマされたくない、大切な時期でしょう。母親に前科者の知り合いがいるなんて……いくら知らないフリをしたところで、猪又がいつどこで言いふらすかわかりません。昔読んだ小説で知った話ですが、芸能界っていうのは足の引っ張り合いなんだそうですね。少しでも誰かが売れ始めると、必ずスキャンダルのネタを提供する輩が現れるんだとか」
「……小説の話か……」
聡介が呆れて肩を竦めるが、和泉は反論する。
「現実はもっと奇妙です」
でも、と駿河が口を開く。
「幼い頃からの友人を、そう簡単に切り捨てるような真似はできないと思いますが」
和泉は彼に微笑みかけ、
「葵ちゃんは優しいね。僕はこう考えたんだけど。中原優香里は実は子供の頃から、単に利用価値があるからっていう理由で猪又を近くに置いていたかもしれないよ? 内心ではうっとおしい、早く消えろと思っていたとしても」
「お前、それはいくらなんでも……情に欠けるってもんだろ」
と、今度は日下部。
「……俺は、ジュニアの意見に賛成だな」
友永が言う。「芸能界でやって行こうっていうような自己主張の激しい人間だ。お人好しじゃ生き残れない。まして、今がやっと売れ始めたばかりだって言う時に」
「友永さんの仰る通りです。中原優香里は義理や人情よりも、目の前の利益を優先させるタイプだと言えます」
お人好しの集まりである高岡班のメンバーは顔を見合わせ、溜め息をつく。
「このまま娘を【ご当地アイドル】で終わらせたりはしない。東京へ進出して、全国ネットに顔を知られるほどの歌手になる。そうして左団扇の生活。そんな野望の前に、猪又の存在はジャマどころか……むしろ足を引っ張る存在です」
「そうかもしれんな……」
「少し話は戻るけど、猪又についてもう少し好意的な見方で考察すると。彼は出所後、幼馴染みの娘が有名になっているのをテレビか何かで見て、嬉しくなったかもしれないね。母親の夢を娘が叶えた訳だから……それで、応援しようと思って中原優香里にコンタクトを取った。でも、中原の方はそうは考えなかった。また何か余計なことをしでかすんじゃないか。気が気でなくなった……」
「……ひどい話ですね」
うさこがぽつりと呟く。そして彼女の相棒が、
「余計なことって何だよ?」
「……例えば。僕と聡さんは樫原詩織が東区の方に建設中の御殿を見に行ったんですが、彼女の熱狂的なファンが写真を撮りまくっていましてね。その行動たるやまさにストーカーのごとし、ですよ」
「ごとし、じゃなくてそのまんまだろ」
「きっと間違いなく、その内に【過激な】行動に出るファンがあらわれるでしょう。そうなった時、猪又がかつてスーパーの店長やヤクザ男にしたのと同じことを、そのファンにする可能性を考えることはできませんか?」
「確かに……」
しばらく全員、それぞれに思うところがあるのか黙ってしまった。
最初に口を開いたのは、聡介である。
「俺も、彰彦の意見に全面的に賛成だ」
全員の視線が彼に集まる。
「それに。中原優香里は猪又から、強請られる危険性も感じていたかもしれない」
「どういうことですか?」
「今の話を聞いていて、咄嗟に考えた推測なんだが……篠崎智哉君を知ってるな?」
えっと、と日下部とうさこはイマイチ思い出せない顔をしている。
「この子だ」
聡介が写真を示すと、
「え、これって樫原詩織が男装してるんですか……?」
などと、うさこが言う。なるほど、彼をよく知らない彼女にしてみれば、そう思うのも無理はない。
「確かによく似ているが、別人だ。彼は、樫原詩織の従兄弟なんだ」
「へぇ~……よく似てますね」
「彼と樫原詩織は、子供の頃は今よりもっとそっくりな顔をしていたらしい。彼らは子供の頃、闇市場で売りさばかれる写真のモデルをしていたそうなんだ。2人の血縁関係については裏をとってある。そして、その写真を撮っていたのは猪又……」
「ええ~……」
「これは俺の推測だが。当時、中原優香里は多額の借金を抱えていた。猪又はそのことを知って、やはり助けになってやろうと考えたんじゃないだろうか」
「それもまた『余計なお世話』なのですか?」
と、声を上げたのは駿河である。
「さぁな、そこは本人から聞いてみないと。ただ……猪又はその内、その2人だけでは足りないと考えたんだろう。そこで起きたのが例の事件だ。誘拐しようと捕まえた少女を、誤って死なせてしまった……」
「もしかして、猪又自身は別にロリコンじゃなかったって可能性も考えられますか?」
うさこの質問に、聡介はややしどろもどろに答える。
「その可能性があるな。実際、樫原詩織の方は知らないが……智哉君に関してはその、なんだ……」
「いわゆる変態的行為はなかった、ということですよね?」
和泉がフォローする。
「……うん」
「だって、男の子だろ?」
信じられない、という表情で日下部が言う。
「世の中には、小さな男の子に興奮する変態もいますよ?」
「お前は男子高校生に興奮する変態だもんな、和泉? ……いってぇえええっ!!」
「お前ら、真面目にやれ!!」
班長の拳骨が和泉と日下部、2人の頭に落ちた。
友永が溜め息をつきながら、
「いずれにしろ、そんな事実が世間に流れたら……と言うことですよね?」
「殺害の強い動機になりえますね」
「いたた……と、言うことで以上のことから僕は、こう結論付けました。もっとも物証はないんですが。流川のバーに猪又を呼びだし、毒入りの栄養ドリンクを渡したのは……中原優香里だ、と」