119:ミーティングその1
外を回っていた部下達が戻ってきたので、ここからはいったんチームミーティングである。
「……と、言う訳で」
なぜか和泉が場を仕切っている。
「どういう訳なんだ?」
「うるさいですよ、日下部さん。この度は巡査部長への昇進おめでとうございます」
「……試験は来月だぞ?!」
「知ってます。単なる嫌がらせですから」
「てめーっ!!」
ごんっ!!
和泉の頭上に父の拳が落ちた。
「……えー、まず驚いたのが。中原優香里という、樫原詩織のマネージャーがいますね? 彼女達は母娘でした」
「えー、マジか?!」
と、日下部が驚いている。
「マジですよ。確かに、顔立ちが似ています」
「言われてみればそうですね……」と、うさこが同意する。
「さて。もっと驚いたのが……地元の人の話によれば。猪又と中原優香里は幼馴染みで、かなり親密な間柄だったようです。2人とも儲け話に目がなく、また目的のためには手段を選ばない……そういうタイプだったそうです。ついたあだ名が【金の亡者】と」
「猪又と、あのマネージャーがか……」
聡介がしみじみと言う。
「ですが。今や猪又は出所間もない前科者です。生活資金にも窮していたに違いありません。そんな時、幼馴染みであった中原優香里の方は、今や人気絶頂のご当地アイドルの母親であり、マネージャーであることを知った。どうやって知ったかは不明ですが、猪又が彼女を頼って行ったと考えても無理はありません」
「確かにな……」
「けど中原にしてみればいい迷惑です。娘が大切な時期に、前科者につきまとわれたりしたら、重大なスキャンダルになりかねません」
「だ、だから始末したのか?!」
「いくらなんでも飛躍しすぎですよ、日下部さん。それだけだったら知らないフリをしておけば済む話です」
「た、確かに……」
「彼女には猪又を無視できない事情があった。それが、過去に米子と境港であった二つの事件です」
「詳しいことを教えてくれ」
「いずれも目撃証言者が複数おり、刑事事件として立件されていますので中原も無視できないはずで
す。1件目は彼女が高校在学中の頃です。彼女は米子市内のとあるスーパーで働いていたそうなんですが、店長からセクハラに遭っていたとか。しかもその男性は県内でもちょっと名の知れた名家の息子でして。嫌とは言えなかった……あるいは、自分から誘ったのかどうか知りませんけどね。そのことを知った猪又が、彼女を救おうとして店長の男性に暴行したそうなんです」
「そんなことが……」
「何しろまわりの人が言っていることですから、真相はどうだかわかりません。悪意の目を持って見ると、中原優香里の方がいいとこのお坊ちゃまに色目を使って玉の輿を企んだのかもしれません。何しろ【金の亡者】なんていう称号をいただいている人間ですのでね。でもその事実に何か尾ヒレがついて猪又の耳に『優香里がセクハラされている』というふうに届き、彼なりの義憤に駆られて行動を起こした……とも考えられる訳です」
すると友永は笑いながら、頭の後ろで手を組んだ。
「お前ほど、穿った目で他人を見られるのも一種の才能だよなぁ?」
「おかげさまで。刑事生活も長くなると、真っ直ぐに他人を見られなくなります」
「なるほどなぁ、疑うことが商売ってか」
でも、とうさこが口を開く。
「和泉さんの言うことも、可能性としては充分考えられると思います」
「ありがとう、うさこちゃん」
和泉が微笑みかけると、彼女はなぜかぱっ、と目を逸らした。
「他には?」
「ああ、そうそう。スーパーでのアルバイトがダメになったので、今度は境港のカラオケバーで働き始めたそうです。19歳のころだそうですが」
「バーって……ぎりぎり未成年じゃないのか?」
「そこはほら、鳥取県警の管轄ですから文句は言えません。さて。そこにやってくる常連客の中に、彼女を贔屓にしていた男がいたそうなんです。何とか組系の暴力団関係者でしてね。そいつは広島のとある芸能プロダクションに顔の効く人物だったらしく、親しくしていたそうですよ」
「そこにどう、猪又が関わってくるんだ?」
「当時のお店の経営者がまだ生きててね、その人から話を聞くことができたんです。そのヤクザ男は、手癖の悪い男だったそうですよ。まぁ、品行方正なヤクザなんて存在しないでしょうけど」
「そこでもやはり、セクハラ被害に遭っていた……と?」
と、うさこが問う。
「自分から身を売った可能性もあるけどね」和泉は大欠伸をして続ける。「そのオーナーが言うには、中原優香里は嫌がっていたようにも、喜んでいたようにも見えたとか。まぁ、表に見えることで判断しているので、やはり真相は本人しか知りません」
「それを知った猪又が、彼女を助けようとした?」
「……ってところじゃないでしょうか。彼女につきまとうヤクザの男がいる、そう聞いて黙っていられなくなった」
「それで、討ち入りに行ったら返り討ちにあって……あの傷痕か」
猪又の死体検案書には、古くにできたであろう刺傷があったと書かれていた。
「ええ、たぶん」
「でも、そうだったら中原優香里は猪又に感謝こそすれ、いくら前科者だからって無碍に扱ったりはできないんじゃないですか?」
うさこが手を挙げて発言する。
和泉は彼女を見つめ、
「普通の感覚なら、ね」
それから全員を見渡す。
「ただし、こういう考え方もできます。その事件は中原優香里にしてみれば【ありがた迷惑】だったかもしれない。何しろ、歌手になりたくて必死だったそうですから。よくお店で言っていたそうですよ。今に有名になって大金持ちになって、今まで自分を見下していた奴らを見返してやるんだって。自分には才能も美貌もある。絶対に売れるって」
「……そういう性格の人なんですね」
うさこが苦い物を飲んだような顔をする。
「まあ、間違いなく友達いないよね」
和泉が言った時、なぜか全員の視線が彼に注がれた。
「……?」
オマエガイウカ?




