116:その背後にあるもの
「どうしてです?」
思わず駿河は前のめりになって質問してしまった。
「なんか、それっぽい遣り取りを聞いたことがあって……ねぇ?」
「ダメだよ、若菜。それ話したら、中原さんに叱られる……って、もう遅いか」
「詳しく話してくれるか?」
友永が真剣な顔で頼むと、少女達は顔を見合わせる。
しばらくして。
「実は……一度聞いちゃったんですよ。世間に知られたくなかったら、黙って言う通りにしておけって」
「具体的には?」
「わかりません。ただ、写真か何かじゃないですか? スマホを見せてたから」
ねぇ? と、少女達は顔を見合わせる。
「ところで、なんで樫原詩織とグループを結成することになったんだ?」
友永の質問に対し、2人の少女は顔を見合わせる。
「それは社長が……ねぇ?」
「そう。私達、ご当地アイドルオーディション参加者募集の張り紙を見て、一緒に応募して審査を通ったんです。初めは2人組のユニットだって聞いてたのに、急遽詩織が入ることになって……」
「ふーん。その社長の名前、知ってる?」
少女の一人が答えた名前に、友永は顔色を変えた。
礼を言って彼女達を解放した後、駿河は訊ねた。
「いったいどうしたんですか? 友永さん」
「社長の名前……聞いただろ」
「ええ、それが何か?」
「何かじゃねぇ、そいつは魚谷組構成員の1人だ、支倉の舎弟だってんだよ!!」
友永が支倉というヤクザ者に並みならぬ感情を覚えていることは駿河も知っている。だが、そうなった経緯や詳細を詳しくは知らない。
「まさかこの件、奴が絡んでるんじゃねぇだろうな……?」
※※※
それから約5分ほど待たされた後。
問題の樫原詩織こと、中原詩織がやってきた。
「この後、予定がありますので。用件だけなるべく早くしてもらえますか?」
その高飛車な物の言い方といい、威嚇するような目つきと言い、母親そっくりだと駿河は思った。
それでも舞台に立てばきっと、皆から愛される可愛らしいアイドルへと変身するのだろう。
これだから女性は理解できない。
「そんな顔すんなって。可愛い顔が台無しだぜ?」
相棒のその言い方に、少なからず恥ずかしさを覚える。まるでチャラチャラした3枚目キャラの常套句のようだ。
しかし。
可愛い、と言われ慣れているのか、相手はにこりともしない。
「なぁ、シィッターやってる?」
「……むしろ、やってないとハブられるんで」
何を言っているのか、駿河には一瞬理解できなかった。
「だよなぁ? 皆、やってるもんな~。それよりさ。昨日は……とんだ災難だったな? あらぬ誤解で警察になんか連れていかれたら、イメージダウンも甚だしいってもんだ」
冗談交じりに語る友永に対し、詩織は眉を吊り上げ、怒りをあらわにした。
「昨日の人、いったい何なんですか?! まるで私が、角田を殺すよう依頼した犯人みたいな言い方で……!! 冗談じゃありません!!」
「わかってる、わかってるって。ただな? 少しでも疑いがあれば1つずつ消して行く必要がある……俺達の仕事ってのは、消去法なんだよ」
友永が宥めると少しは落ち着いたらしい。
それでも詩織はやや、憤然とした表情をしている。
「……なぁ、でもさ。お前さん、角田の野郎に何か脅されてたらしいって聞いたぜ?」
世間話でもするかのようにさりげなく。それでいて核心をついた質問に、ご当地アイドルは再び激昂してしまった。
「誰がそんなこと!! ……あ、若菜ね?!」
「若菜ってのは、同じグループの1人か?」
「そうよ!! あいつ、私の方が人気あるからって妬んでるんだわ、だから私をはめるようなこと言って……許せない!!」
駿河の方はもはやドン引きだが、友永は黙ってじっと彼女を見つめている。
その瞳は油断なく、かつ、相手の胸の内までも読み取ろうとしているかのようだった。
そうだった。
彼は元々、少年達を相手にする部署にいた。
表にはほとんど現れない彼らの心情を読みとり、相応しい対応をする。深い井戸から水を汲み上げるかのように。
長い経験がなければできない芸当だろうと思う。
「で、どうなんだ? そういう事実があったのかどうか」
「……言いたくありません」
「なら、こっちで調べるまでだ」
既に調べはついている。
こちらの手の内はまだ明かさない、というつもりだろうか。
詩織はしばらく視線を彷徨わせていたが、不意にこちらを見つめてくると、
「あれって、角田を殺してくれって誰かに依頼したの……周君じゃないんですか?」