115:ほっといてくれ
一方その頃。
樫原詩織、そして彼女とグループを組んでいる少女達から事情聴取をしてくるよう命じられた駿河は、友永と一緒に彼女達の通う学校へと向かっていた。
昨日の強行軍がたたって、先ほどから眠くてたまらない。
何度も欠伸をしていたせいだろうか。何も言わなくても友永がハンドルを握ってくれたことに、駿河は感謝した。
それにしても。出張前の晩まで、友永はどこか様子がおかしかった。
何かあったのは間違いないだろうが、明かしてくれない。そうかと思えば今日は朝からなんだか上機嫌だ。
この人も和泉と同じぐらい腹が読めない。
だが。ここで引き下がらず、何か供述を引き出してみよう。
それも刑事としての腕を磨く一環だ。
そう考えて駿河は、思い切って質問することにした。
「あの、友永さん。最近プライベートで……何かありましたか?」
ぴく、と一瞬だけ友永は肩を震わせた。
「……何かってなんだ?」
「いつもと少し、様子が違う気がして」
今度は黙り込んでしまう。
しばらくして、
「……息子が病気で死んで、平気でいられる親がいたら見てみたいよな」
「……え……?」
それは友永さん自身の話ですか?
その質問は、相棒の続く台詞で遮られてしまう。
「……それよりお前、班長から聞いたか?」
「何をです?」
「智哉の告白だ」
今朝一番、駿河は篠崎智哉が明かしてくれた話の詳細を上司から聞いた。何かと訳のありそうな子だとは思っていたが、今はただ驚いている。
「ええ……世の中には、我々の知らない趣味嗜好を持った人間がいるのですね」
駿河の呟きに、友永は頬を歪めるように笑う。
「お前だけだよ、知らないのは」
ムっとしたが事実なので黙っておく。
「だけど、よく話してくれましたね……」
「友達のためだからな」
「……そうですね」
「あの子は本当に……いろいろと損な役回りばっかりの子だ」
しみじみと言う友永の横顔を、駿河は意外な気持ちで見つめた。
彼はあの少年に特別な思いを抱いている。
まさか……美少年だからじゃないだろうな?
いけない、駿河は頭を振った。
睡眠不足はロクな思考を形造らない。
「覚えておけ、葵。世の中には自分の子供を金儲けのために利用しようとする、クズの見本みたいな親が確かにいるんだ。お前はまだ、どこか社会の裏を、闇を知らずにいるだろ」
そこは否定できない。
「いいか? 刑事として成長したいなら、自分の常識で物事を計るな。信じられないことを平気でやる奴がいる。人間であれば当然持ち合わせているだろう、普通の感情が欠落している奴もな? 班長がいつも言う『先入観を持つな』って言うのは、そういうことだ」
「……はい」
「……に、したって驚いたのはこっちだ。なんでお前ら急に昨夜、こっちに帰ってきたんだよ?」
「それは、いろいろと……」
駿河はなぜかお茶を濁してしまった。
「あの子だろ、藤江周」
バレていたか。
「いいけどな。俺は別に、批判も非難もしねぇよ。ただ……」
「ただ、何です?」
「損な役回りはお前もそうだな、葵?」
放っておいてくれ。
※※※
アイドルと言っても基本的に平日の昼間は学校に行っているようだ。学校が終わってからすぐに、歌やダンスのレッスンに通っているのだろうか。
学業に遅れが出るだろうな、と駿河は余計な心配をしていた。
樫原詩織こと本名、中原詩織は広島市内の公立高校に通っていた。彼女と一緒にグループ活動している少女達も同じ学校らしい。
手間が省けて助かる。
そう思いながら、校長に面会の申し出をした。
しばらく待たされて、10分ほどの面会許可を得られた。
最初にやってきたのは詩織ではなく、彼女の脇……と言う言い方は失礼だが、実際その通りなので……を固める2人の少女であった。
「あー、いつかの刑事さん!!」
「ねぇねぇ、シィッターやってる?!」
そう言えば。
角田を殺害した少年を逮捕した際、ほんの少しだが彼女達と会話を交わした。あの時は目の前で起きた惨劇に血の気を失っていたが、今はごく普通の、どこにでもいる女子高校生である。
そしてうるさい、きゃいきゃいと。
「お前ら、こいつがタイプか? よせよせ、こいつとじゃなぁ~……会話が3秒と持たないぞ?」
確かに事実だが、今はそんな話をしている場合ではない。
駿河は横目で相棒を睨んだ。限られた時間内にどれだけの供述が引き出せるか、少し焦りを覚えてもいた。
「実は、うちの息子がjewelrybox3のファンでさ……」
「ホント?!」
「マジもマジ、なぁ、ここにサインもらえる?」
友永は事情聴取用に持参したメモ帳を開く。
少女達はきゃぴきゃぴ言いながら、それぞれにサインを書く。
「ついでにシィッターのユーザーネームも書いといて」
ユーザーネーム?
少女達は何も引っかかることを感じなかったらしく、スラスラと書き込む。
「で。角田ってのはいつから、どういうきっかけでやってきたんだ?」
友永は礼を言って手帳をポケットにしまう。
「えーと、前にいた人が急に辞めちゃって。代わりに入ってきたんですぅ」
「そうそう。前の人が良かったのになぁ……」
「なんで? 角田って、そんなに嫌な奴だった?」
すると2人は揃って大きく頷く。
「すっごく、腹が立つほどわかりやすくって!!」
「たとえば?」
「詩織ばっかり贔屓にするんですぅ」
「私達のことなんて、まるで詩織の付属品みたいな扱いなんですよ?!」
ねぇ? と顔を見合わせて少女達は憤慨している。
「そっか、そりゃ腹が立つよな。2人とも負けないぐらい可愛いのにな?」
本気でそう思っているのかどうか知らないが、気を良くしたらしい少女達は心を開いてくれたよう
だ。
「実はね。あの角田って人……もしかして、詩織のこと脅してたんじゃないかな?」