112:君のためなら
サブタイトル回収!!(笑)
高速道路は採算がとれるのかと心配になるほど、ガラガラに空いていた。
詳しいことはわからない。美咲の話はどうにも要領を得なかったからだ。彼女自身もかなり動揺していたと思われる。
ただ、周に【何か】あったのは確かだ。
駿河には残ってもらって、1人でもう少し調べてもらおうと思っていたのだが、一緒に帰ると言って聞かなかった。
「和泉さん。ところで結局【港】と【タラ】とは何だったんでしょうか?」
「まだ僕の推測に過ぎないけどね、港は【境港】で間違いないと思うんだ。タラの料理は昨夜もさっきも……乗ってはなかったよね?」
「ええ、ありませんでした」
「もしかすると……っていう候補はあるんだけど。まだ、確信が持てないんだよね」
「候補、ですか?」
和泉は首を横に振る。
「まぁ仕方ない。それより、急ごう」
広島県の看板が見えた時には既に、日付が変わっていた。
それから市内に戻り、一旦車を止めて和泉は再び美咲に電話をかけた。
「今、市内まで戻りました。どちらにいらっしゃいますか?」
自宅だという。
「こんな時間ですが、伺っても……?」
来て欲しい、との回答。
和泉は再び車を飛ばして自宅マンションへと戻った。
「美咲さん?」
玄関のチャイムではなく、ドアをノックする。
するとさっきまで泣いていたのか、目を真っ赤に腫らした美咲が飛び出してくる。
「周君を……お願いします、助けてあげてください!!」
失礼します。靴を脱いで、和泉は勝手知ったる周の部屋のドアを開けようとした。
三毛猫が前肢でドアをカリカリと引っかいている。
鍵がかかっていた。
舌打ちしそうになるのを堪え、扉をノックする。
「周君、周君?!」
ノブを必死に回すが、ガチャガチャと音がするだけで開かない。
「どうしたの、何があったの、周君?!」
気持ちばかりが焦り出す。
「いったい、何があったんだ?」
抑揚のない声で、駿河が美咲に訊ねているのが背後で聞こえた。
「今日の6時頃……周君が急に、コンビニに行ってくるって……それは別に不思議じゃなかったの……でも」
「でも?」
「突然、警察の人が……周君を、逮捕したって……」
厳密に言えば【逮捕】ではないだろう。だが、彼女にしてみれば他に言いようがなかったに違いない。
「彼の、クラスメートの子が殺された事件のことで、話を聞きたいって……私、もうどうしていいのか……」
「君は署に行ったのか?」
「ううん。あの人……主人に連絡したら、私は家で待っていろって、迎えに行くからって言うから……」
その時、内側から解錠の音が聞こえた。
「周君!!」
それは異様といっていい光景だった。
本棚の本や参考書が床の上に散らばり、ノートを引きちぎった形跡もある。壁に頭を叩きつけたのだろうか、額が真っ赤だ。
泣き腫らしたであろう目は充血している。
「……もう、わかんないよ……」
再び、周の瞳に涙が溢れだす。
「俺、生まれて来ない方が良かった? 父さんは今の俺を見て何て言うの? みっともない、家の恥さらしだって……そう思うの?」
それから彼はこちらに背を向け、床の上に膝を抱えて丸まってしまう。
和泉の中に例えようのない怒りが沸いた。
すべての元凶は間違いない、あの男だ。
「母親が他人のものを盗るような……卑しい人間だから、俺も……そうなの?」
「周君……!!」
和泉は美咲を振り返る。
「……いつから、この調子なんです?」
「警察から帰ってきて……少ししてから、です」
「何か言われたんですね? 彼に……」
美咲は首を横に振り、
「具体的な事は、私は何も……でも、簡単に想像はつきます」
和泉は一歩中に入り、周の前に回りこんでその肩にそっと触れた。
「大丈夫、泣かないで周君……」
びくっ、と周は大きく震える。
「俺が悪いんだ、俺が全部……もぅ、消えてなくなりたい……」
泣き叫びながら今度は激しく暴れ出した彼を和泉は必死で抱え込む。
思いの他、力が強い。
何度か顔や肩を叩かれたが、それでも抱き締める腕の力を緩めたりはしなかった。
どうしよう。
どんな慰めや励ましの言葉も、今は意味をなさないように思える。
すると、
「甘ったれるのもいい加減にしろ」
冷たく平坦な台詞が聞こえた。
声の主は思いがけず、駿河であった。
「心のどこかで、きっと誰かが何とかしてくれると考えているんだろう? 可愛そうな自分を見て欲しい、かまって欲しい。そうなんだろう?」
すると、周が顔を挙げた。
和泉が少しだけ力を緩めると、彼は後ろを振り返った。
「……ふざけたこと言うな!! 俺がいつ、誰に甘えたっていうんだよ!? ガキの頃からずっと、他の子達とちょっと違うのはわかってて、でも……嫌だと思ったことなんか一度もないし、父さんはずっと俺のこと可愛がってくれた。賢兄だって、もっと前は……優しかった……そうだよ。俺は心のどこかで、賢兄に甘えてた。そんな資格なんて持ってないのに!!」
「資格って何だ? 血のつながりか?」
「……他に何があるって言うんだよ?!」
「和泉さんは君の兄か? 父親か、家族か?」
「え……?」
「この人は。君の様子がおかしいって聞いて、それだけですぐにこうして、ここに駆けつけてきたんだ。我々はついさっきまで鳥取にいた」
えっ、と美咲が驚きの声をあげる。
「本当は明日……いや、今朝電車で帰る予定だった。でも、すぐに彼は車を手配してこちらに戻ってきた。その理由が君にわかるか?」
周がぴたりと動きを止める。
「わかんねぇよ、そんなもんっ!! 誰がそんなことしてくれって頼んだんだよ?!」
「僕がそうしたかったからだよ」
他に何も考えられなかった。
勝手に身体が動いていた。
「余計なお節介だけど、そうせずにはいられなかった。それじゃ納得いかない?」
「なんで……?」
「周君のことが可愛いから、それだけじゃダメ?」
涙に濡れた瞳が見つめてくる。
「君が泣いてるって、悩んでるって聞いたから傍にいたい、そう思っただけ」
※※※
「こんな時間にすみません。それも……」
「いえ、仕事柄慣れていますから、お気になさらず」
実際、急な呼び出しは日常茶飯事である。
気を遣ってなのか、駿河は挨拶もそこそこ先に家を出た。
あの後すぐ、周は意識を失うように目を閉じ、そのまま眠りについた。
和泉は靴を履いて立ち上がり、振り返る。
「一刻も早く解決できるように善処します。それまでは周君のことをどうぞ、見守っていてあげてください」
「はい……」
「何かあれば、すぐに連絡ください」
美咲は少し戸惑ったような顔でこちらを見ている。
「周君にも言いましたが、僕が彼のためにそうしたいと願っている。それだけです」
駿河は運転席に座っていた。
先ほど、こちらに戻るときには和泉が運転したのだが、さすがに疲れている。
「葵ちゃんはいいお嫁さんになるよ」
「……そうですか」
「とりあえず、本部に戻ろう? 聡さんにも報告しなきゃ」
彼の胸の内にもいろいろなものが去来しているに違いない。
ただ今は、単純な疲労もあって……何もしゃべりたくなかったし、とにかく眠りたかった。