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110:近所のあやしいおじさん

 子供の頃は滅多に、外食でファミリーレストランに行ったことがなかった。

 我が家には相応しくない店だ、と見栄っ張りの母が言っていた。


 高校生になって、少しの寄り道が許されるようになってから初めて、智哉はファミリーレストランに足を踏み入れた。ただ、未だにあのドリンクバーと言うのには慣れない。


 こぼさないように。おそるおそる、3人分のコーヒーをカップに入れて席に戻る。


「……おそらく、あの子の兄さんが俺達に話したことが、宇品東署の刑事の耳にも入ったんだろうな……」

 友永は憤懣やるかたない顔をしている「奴ら、手柄を焦ってやがる」


「こう言ってはなんですが、角田という人物は多方面に恨みを買っていると考えて間違いないと思います」

 円城寺が今さらなことを語る。

「んなこたぁ、重々承知なんだよ。それで智哉。話す気になったか?」

 友永はコーヒーにステッィクシュガーを2本も投入し、スプーンでかきまぜている。


「……何ですか?」

「さっきの話だ。お前、何の用であんな場所にいたんだ。藤江賢司と何か、関わりがあるのか?」


 もう黙ってはいられないだろう。

 智哉は覚悟を決めた。


「周のお兄さんには、だいぶ前から……お世話になっているんです。それこそ、僕が友永さんと初めて会った場所の近くで、彼と再会して……その頃は、僕の家の中がゴタゴタしていて、よくあてもなく外に飛び出してました」


 それから智哉は時々、彼の部屋を訪ねて行ったことだけを話した。

 藤江家の複雑な事情、それこそプライバシーの侵害になりかねない件については伏せておいたけれど。


「合い鍵、もらっていて。もうたぶん、あそこに行くことはないだろうと思ったので……返しに行ったんです」


「どういう心境の変化だ?」

「え……? いや、なんて言うのか……いつまでも迷惑をかける訳にはいかないですし。向こうの厚意にいつまでも甘えるのは、良くないことだと思って。それに……」

「それに?」


「周のことで、ちょっと話をしたくて……」

「周のこと?」


「彼に、信行に聞きました。友永さん達に、彼が不利になるようなことを証言したんだって」

 友永は余計なことを、という顔で円城寺を睨むが、相手はどこ吹く風と言った顔をしている。


「そもそも、周が角田のことを殴ったのは……彼の為だけじゃありません。僕の為にも怒ってくれていたんだって、そう思うんです」


「僕の為にも……? どういう意味だ」


 どうしよう。

 どこまで話したらいいんだろう。

 智哉は俯き、コーヒーカップの中の液体に視線を注いだ。褐色の飲み物は何も答えてなどくれないけれど。

 

 でも、この際だ。


「夏休みが明けた頃から……角田達につきまとわれていたんです」

「何が理由なんだ?」

「前に……ニュースで見たんですけど、殺された猪又って人、いたでしょう?」

 2人が息を呑んだのがわかった。


「あの人は昔、僕の家の近くに住んでいたんです。それで、時々声をかけられて……初めはごく普通のおじさんだと思っていました。母親たちも知らなかったんですよ、あの人は……いわば金の亡者でした」


 ごく普通の、ごく平凡な格好をしたどこにでもいそうなおじさん。

 時々は町内会の行事なんかに出席したり、ボランティアで町の清掃をしたり、そうやって近所の人に顔を覚えてもらって馴染んでいた。子供達にはお菓子を配り、自分の味方に引き入れた。


 だから親たちは初めの頃、あの男が子供達だけに声をかけて自宅に連れ込んでいることを不審に思わなかったのである。


 男はたいてい土日に出没した。

 智哉はいつも平日、周ともう1人、すぐ近くに住んでいた従姉妹と遊んでいた。

 休みの日はいつも、周はお父さんとお出かけするといって一緒にいなかった。だからその日は、智哉と従姉妹の2人だけだった。


『おじさんの所においで、2人とも。新しい玩具があるんだよ』


 誘われるまま、家の中に入った。

 すると。

 突然、これを着ろと女の子の服を着せられた。


 当時の智哉にはまったく、訳がわからなかった。言う通りにしていれば好きなだけお菓子をあげるし、玩具も買ってあげると言われたので、そうした。ただ。


 こちらを見つめる汚らしい目や、ベタベタと触れてくる汗ばんだ手の感触がたまらなく嫌だったことだけは覚えている。


 そして男は、はじめは智哉のことを女の子だと信じていたようだった。従姉妹とも顔がそっくりだったので、よく双子に間違われていたものだ。

 そうして2人で何枚も写真を撮られた。


 一部の変質者の欲求を満たす為の道具として。


 そのうち、親たちが不審に思うようになった。写真のご褒美にとお菓子をもらって食べていたせいで、夕食を食べなくなった子供達を見て、もしかして……と考えたのだろう。


 そうして文句を言いに猪又の自宅へ行った時、問題に気付いた。


 一切の写真は処分した上で、二度と子供たちに近づかない。


 そういう約束で一切の縁を切ったはずだった。


 ところが、巡り巡って今年になって。なぜか角田が幼い頃の智哉の写真を入手し、脅してきたのである。

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