108:珠代さんと猿蔵的な
鳥取県に住むたいていの若者は卒業後、就職のために県外か、関西方面に出てしまうらしい。地元で働くとなると公務員か家業を継ぐしかない。
猪又のことを知っているであろう同級生の中で県内にいる人物はほぼ公務員であり、あちこちに散っていた。
意外に鳥取県も面積が広く、方々で話を聞いて回っていたら、あっという間に一日が終わってしまったが、おかげで今日は注目の人物である中原優香里についても何人からか話を聞くことができた。
帰省シーズンには常にこちらへ来ていたので、その都度会っていたという顔馴染みも捕まえることができた。
その結果、中原優香里について判明したこと。
とにかく派手好きで目立ちたがり、虚栄心の強い人間だったということである。
育った家はあまり裕福ではなく、むしろ貧しい方だった。
そういう背景もあるのかもしれない。
絶対、将来は有名になって、自分をバカにしてきた人間達を見返してやると言っていたらしい。そういうハングリー精神の持ち主でもあったそうだ。
中原優香里が歌の上手いのは事実らしく、喉自慢で優勝したことをきっかけに歌手を目指して上京したものの、鳴かず飛ばずだった。
夢をあきらめ帰郷しようかとも考えたが、地元では就職先もなく、もう少し東京で頑張ることにしたらしい。もしかしたらあきらめかけた夢が再度花開くかもしれない、とも考えて。
だがそう上手くいく訳はなく、相変わらずの会社勤めが続いたが、何度目かの転職先で出会った男性……それも比較的裕福な家の息子と恋仲になり、そして結婚。
しかし。それが逆に彼女を転落させることなったとも、古い知人は言っていた。
元々金銭や物質への執着心が強かった彼女は、夫に内緒で次から次へと高額な買い物をした結果、自己破産という結果を刈り取ることになったのだ。
夫との間も上手くいかなくなり、離婚に至った。
1人娘と多額の借金を抱え、彼女は家を追い出されたのだそうだ。
金銭トラブルは2番目に多い殺人事件の動機である。
しかし、そこにどう猪又が関わってくるのか……。
さらにもう一つ興味深い事実も発覚した。
中原優香里は高校生在学中から、市内のスーパーで働いていたのだが、その勤め先で店長からセクハラに遭っていたそうだ。
ちなみにその店長は、それなりに県内で立場ある家柄の人物だった。
そこで登場したのが猪又辰雄である。
彼は優香里と親しかった。幼馴染みであり、家族同然のようだったとの証言が出ている。
優香里が被害に遭っていることを知った猪又は、短絡的な行動に出た。元々深く考えるタイプではなかったのだろう。
ある日。閉店後の時間を狙って従業員用出入り口で待ち伏せし、その加害者である店長に襲いかかったのだという。
幸いなことにその店長は怪我で済んだが、おかげで今度は優香里の方が退職を余儀なくされたのだった。
その後、彼女はスーパーのアルバイトを辞めてカラオケバーで働きだした。
そこで出会った常連客の男は酒癖が悪く、酔っ払って暴れることもしばしばだったという。当時の経営者に会って話を聞くことができたのだが、優香里もよく被害に遭っていたという。
それでも入店を断り切れなかったのには、オーナーが借金していて、その貸主である金融会社の社員……要するにヤクザだった……からだそうだ。
そしてまた彼女も、その男が実は広島のとある芸能プロダクションに強いパイプを持っていることを聞いていた。それもあって必死に媚を売っていたらしい。
しかし彼女のそんな状況を聞いた猪又はまたも思いがけない行動に出た。
店の中に武器を持って押し入り、その常連客の男に襲いかかったのである。
揉み合いの末両者とも重傷を負った。そのヤクザ男は一命を取り留め、猪又は傷害事件の実刑判決を喰らったのだった。
実は学生時代から何度も似たようなことあったらしい。ヤンキーが優香里に絡もうとすると、猪又が必ず前に出て彼女を守った。
猪又は優香里の用心棒のような、そんな立場だったとも。
2人の間にどういう感情があったのか。
昔読んだ推理小説の中にも、そんな主従関係にある男女がいたことを思い出す。
もっとも中原優香里は、あの小説に出てくるヒロインのように清楚でも健気でもないが。
和泉は彼女にはほんの1度か2度会っただけだが、同級生たちが述べた悪評の方が当たっているような気がしてならない。
自己主張が激しくて傲慢。
金の亡者。
例のセクハラ云々の件だって、黙って嫌がらせを我慢していたとは到底思えない。
いずれにしろ現時点で推測にしか過ぎないのだが……。
疲れたから考えるのをやめよう。
『昔読んだ推理小説』って、例のあれね、犬神○の一族……。