102:ハッタリをかます
やがてガチャガチャと鍵の開く音がした。ドアが開く音と複数の足音がして、誰かが自分の名前を呼ぶ。
男が動きを止める。
「てめぇこの変態野郎、俺の大事な息子に何しやがった?!」
本当に友永だった。
「篠崎君、無事か?!」
「智哉君!!」
あと2人、聞き覚えのある声。円城寺だ。なんでこんなところにいるんだろう? 校則では流川に近づくことさえ禁止されているのに。一番きちんと校則を守りそうな彼が。
そしてもう1人は、周の家の隣に住んでいる刑事。
ガチャ、と手錠をかける音がした。
「ワシはちゃんと要求された通りの金額を支払い、この子を買ったんじゃぞ?! 何も警察の世話になるような真似はしとらん!!」
「……彼は未成年ですよ?」
「な、なんじゃと?! あ、あいつ嘘をつきおったんか!! のぅ、これは何かの間違いだ! でなければ、はめられたんじゃ!!」
男が必死の形相で叫んでいる。
「誰に?」
「あの男……あの男はどこだ?!」
「はいはい、詳しい話は署で聞くよ。俺の担当じゃねぇけどな」
白髪頭の男は弁護士を呼べ、だとかあの男はどこだ、と叫んでいる。
やがて騒ぐのに疲れたのか、がっくりと項垂れて床の上に座りこむ。
「どうして……?」
何が何だか訳がわからなくて、気がつけば口をついて出たのは疑問。
「それはこちらが訊きたいよ。君はどうして、こんなところにいたんだ?」
優しそうな外見に違わず、優しい口調で問いかけてくる刑事に対し、智哉は何と答えていいのか迷った。
するとそれを救うかのように、円城寺が口を挟む。
「刑事さん。この場合、篠崎君が被害届を出さなければ事件とはなりませんよね?」
「……そうだが……」
「彼も男です。プライドもあれば、世間体もある。それに刑事さん、篠崎君のお父さんですか? 息子さんの将来を考えるなら、今回の件は彼が無事だったということで丸く収める訳にはいかないでしょうか?」
何の話だ?
刑事達も2人揃ってポカンとしている。
「それから、石川先生」円城寺は黙りこんでいる男に向かって言った。なぜ彼がこの男のことを知っているのか不思議に思ったが、黙って見守る。
「あなただって今の地位を失いたくはないでしょう? この街には商売で、先生という『お客様』を心から待っているその手のプロが掃いて捨てるほどいますよ。何もこんな素人に手を出して警察沙汰になることはないじゃありませんか。どうでしょう、ここは穏便に済ませることを検討されては」
「た、頼む! 今回のことはなかったことにしてくれ!!」男は叫んだ。
「どうする? 篠崎君」
円城寺はいったい何を考えている? どうしよう、どうするのが正解か?
その時、玄関に制服警官が二人到着した。広島北署地域課の警官だと名乗る。
「……呼んでおいてすまないが、もう少し確認したいことがある。交番で待機していてもらえないだろうか?」
刑事の1人が彼らにそう言った。2人の警官は狐につままれたような表情でわかりました、と答えて去って行く。
円城寺は自分の携帯電話を男に見せた。
「今この部屋に入った時からずっと、動画を撮影しています。先生の不用意な発言もしっかりと録音されていますよ」
石川先生と呼ばれた男はぎょっとして叫んだ。
「いくらだ? いくら欲しいんだ?!」
「お金はいりません。ただし約束していただきたいことがあります。二度と彼に近づかない、いえ未来ある少年を穢すような真似はやめていただきたい。よろしいですね?」
男は気圧された様子で頷く。
「篠崎君もそれで問題ないな?」
「……うん」
「それでは、この動画は削除することとしましょう」
では我々はこれで失礼しますと、円城寺は智哉の腕をとって部屋を出て行った。
いったいどういうつもりだろう?
「それ、動画を撮影できるの……?」
部屋を出て開口一番、智哉は円城寺に訊ねた。彼が手にしているのはどう見ても、ガラケー以前の機種である。
「ただのハッタリだ、気にしないでくれ」
「大したもんだな、メガネ。お前は将来大人物になるぞ」
友永が笑う。
「ですから、妙なあだ名をつけないでくださいと……」
「そんなことより」
結局、どうしてこの顔ぶれがここにいるのか。
友永はわからなくもないが。
「なんで、ここに?」
「それはこっちが訊きたい。お前、なんであんなところにいたんだ?」
友永に訊き返され、智哉は本当のことを言っていいのかどうか悩み始めた。
※※※
誰も彼もが頭上に「?」マークを飛ばしている。
後で詳しく聞いた話だが、賢司が言っていた売春云々の話は本当らしかった。逮捕寸前だった例の白髪頭……某大学教授らしいが……とにかく美少年大好きで、時々未成年に手を出してはトラブルを起こしていたらしい。
要するに篠崎智哉は変態に襲われかけたということだ。
それはさておき、彼がなぜあんな場所にいたのか。
聡介が頭の中でぐるぐる、あれこれ考えていた時だ。
携帯の着信音が鳴り、震えだした。
『班長、大変ですっ!!』うさこだ。『宇品東署の捜査員が、あの子……ジュノンボーイを任意で引っ張ってきちゃって……!!』
「ジュノンボーイ?」
『そ、それに、あの、樫原詩織って子も……』
「落ち着け。まずはジュノンボーイって言うのは誰なんだ?」
『あ、あの子ですよ、和泉さんと仲の良い男の子!!』
「周君か?!」
『そ、そうです!!』
「連行してきたのは?」
『ここの所轄の……玉島っていう刑事です』
「わかった、すぐに戻る!!」




