精霊の模擬(クローン)と精霊(ホンモノ)
第三章 精霊の模擬と精霊
俺は疲れ果てていた。
玲美の説教等々で。
「風魔君、何してるの」
栗色の髪の少女玲美が声をかけてきた。
「見ての通り。寝てる……」
風魔は顔を伏せた状態で言った。
玲美は溜息をつき、
「次の授業、何か知ってる?」
風魔は首を縦に振り
「精霊史」
「はぁ」と再度溜息をつくと、
「それ、先生の都合で変わったわよ」
俺の気持ちは最高潮になった。
苦手科目(ほぼ全部)の中で最も嫌いな教科の授業がなくなった。
「で、何に?」
「喜びなさい。あんたの得意科目、精霊実技よ」
「マ、マジ?」
「うん。マジで」
「本当か?」
「こんなことで嘘ついてもしょうがないわ」
「急がないと遅れるわよ」
「そうだな」
精霊実技は、精霊との闘いを想定して戦う教科だ。使用されるのは精霊の模擬。俺たちの学年はレベルⅡを使用する。攻撃力は実際の半分だが、下位精霊のA級と身体能力としては変わらない。だが風魔の相手は特別製だ。レベルⅤを使用する。教師でさえ手こずる相手だ。上位精霊のB級と変わらない身体能力。風魔とほぼ同格に闘うことのできる精霊を摸したものだ。
「早く行くわよ」
「解った」
「玲美、今日のメニューは?」
「行けば解るわ」
「予想はつくけどな」
「そうね……」
「対人模擬ね」
「へ?」
「あら、予想外れたの?」
そうだった。このパターンもあったな……。
剣技以外で戦うこの授業。
剣技しかまともに使えない風魔は苦手とする教科だ。
「勿論……」
手を握られる。いや、潰されている。
玲美の表情を見ると……嬉しそう…………。
周りは俺の痛みも知らず、
「彼奴……」
「妬ましい」
「〇ねばいいのに」
「嫉妬……」
「リア充めっ」
嫌になってきた……。
って貴様等、聞こえないように言えっ!
玲美は……この体で柔道、合気道双方段位を持つ。
しかも、小学生の中頃の時点で。
……俺では勝てない……。
俺は投げられた。
何度も投げられた。
これで喜ぶのは……本当のMだ。俺が認める。
「風魔、玲美、こっちにこい」
精霊実技担当の大石先生が呼ぶ。
「何か用でも……」
「君たちには今日は特別メニューがある」
「何ですか?」
「玲美と風魔でこいつを屠れ」
「「……え……」」
それはレベルⅦ、別名、人口の伝説級。つまり人類で最強の精霊の模擬。
「皆、よく見ていろ。レベルⅦとの戦い方の手本だ。此奴らが手本を見せるぞ」
(先生、殺す気ですか)
「攻撃力は通常の三分の一。風魔にはこのくらいないとな」
「先生、俺は普通の人間―――」
「このくらい倒さないと聖剣は使えんぞ」
『どうするの?』
『っち、やるしかねえ……』
『本気』
『本気』
『私が後衛。風魔が直接攻撃ね』
『文句は……』
勿論ある。
『ねえ』
それしか、俺に選択権はなかった……。
「どうしますか」
担当の大石先生の問。
この先生は最も学園で基礎的な運動神経がいい先生。
昔で言うとスポーツ万能に当たるらしい。
勿論、玲美よりかはできないが、柔道、空手、合気道もできる。
俺からしてみれば……(以下略)。
脅迫されているので「無い」としか答えられない。
「「やります」」
「これで勝ったら単位を増やそう」
そのくらいは当然のようにしてほしい。
「二人には地下に行ってもらう」
地下には演習場がある。普通なら、教師しか使用しない。勿論強度的な問題によるものだ。精霊の模擬により外界に影響は決して出してはならない。故に強固な施設が必要であるからだ。
「そうそう、忘れかけていた。玲美と風魔にはこれを」
出されたには疑似聖剣。
国家機密並のものだ。
「学長からの差し入れです」
耳元ではそう聞こえた。
「じゃあ、ついてこい」
大石先生が歩き出す。
「解りました」
栗色の髪の少女答える。
(あの言葉の意味は)
疑問が湧いた。
何故知られているのか?
玲美か?
否。彼奴はそんなことはしない。
では……。
「風魔君も行くわよ」
玲美に言われて立ち止まっていたことに気づく。
(考えても仕方ないな)
「今行く」
地下の演習場に向かった。
通常の学校の倍の大きさはあろう体育館を出て、数分。
教員塔の地下に入る。
地下は基本的に生徒の立ち入りが許されない。故に風魔たちも初めてである。
「ここです」
広い。この学院の体育館の三倍の面積はある。
「基本的に何を使ってもかまいません。術式でも、暗殺剣術でも」
「……っ」
口に出してから気づきあたりを見まわした。
あたりには監視カメラが設置されている。
ひょっとして、さっきの言動が外に漏れたのではないか?
そうであればまずい。
『暗殺剣術』はいわゆる禁技。
使ってはならない剣術である。
それが流出していたら……。
正直ゾッとする。
「今は作動していない」
冗談?
それを理解した風魔は「ふう」と胸をなでおろした。
「今作動させた」
「えっ」
今作動させたということは……?
「冗談だ。コントロール室はあっちだ。だから俺は作動している貸していないかの一切を知らん」
指をさした方向を見ると……。
「誰かいる……」
彼奴がもし俺の音声を流していたら…確実にばれる……。
「あの方は……」
大石先生が言いきる前に、
「りじちょうだいりのひめきゅんだよ☆」
え、子供?
「だ☆か☆ら、みんなのあいどる、ひめきゅんだって」
「あの……大石先生、その子は……」
「その子呼ばわりしては退学になるぞ、言葉を慎め」
「え?」
「こちらは、理事長代理、菱垣愛実様だ」
『ひめきゅん』は『菱垣』の『ひ』と『メロン』の『め』が語源?
単純に『姫』から由来しているのかもしれないが……
「えっへん。わかったか、こぞう」
此奴、むかつく……。
「メ、メロン?」
「さまをわすれるでない」
やっぱりむかつく……。
拳を作ると、玲美が、
『相手は子供よ。倒したら傷害事件になるわ』
玲美の中では子供以外を叩いてもいいという法律があるのだろうか。
『解ってる』
『ならいいけど』
「済みません。理事長代理様」
理事長代理は少しカタゴトになった。
これならまだプライドが保てる。
だが、「愛実様」は死んでも言いたくない。
「なにようぞ」
「メロンとはどのように書くのですか?」
「ふっ、ふぅむ………それは……それは……」
考えるそぶりをする。
立場はうえでも能力は小学生以下だ。
「おい、おおいし」
「はっ。何でしょうか?」
大石先生は平然と跪いた。
「そやつに、われのじをおしえたまえ」
当然のことかのようにいう。
やっぱりむかつく。
「御意」
「愛に実と書いてメロンだ」
「な、なるほど。解りやすく教えて頂きありがとうございます」
「そちでもわかったか」
まるで、自分の手柄のような態度。
俺は大石先生に礼を言おうとした。
だが、それを気にした玲美は、
「いえ、理事長代理様のおかげです」
「そうか、そうか」
高笑いしている理事長代理様を見ていると色々むかつく。
「まあ、はじめるとしよう」
「は、始める?」
「ふむ。おおいし、あれをよういせい」
「御意」
(やっぱりこれなんですね。掛け声)
「あれとたたかうのであろう。つよいぞ。こころしてかかれ」
「ありがとうございます」
理事長代理の警告。
解っているようで解っていない俺たちに対しての警告であった。
「持ってまいりました」
それは小型の精霊――といっても人と同等の大きさ。
「ではな」
「健闘を祈る」
大石先生と理事長代理の激励の言葉。
「そうだ。また忘れるところだった」
それは疑似聖剣。
先の時には渡されなかった。貴重品であるためであろう・。
「これを」
風魔が剣を持つと風が軽く吹いた。風の剣であるためだろう。
「はい」
玲美の剣は軽く電気が走るように見えた。おそらく雷の剣であるためだろう。
「適応はまずまず」
「何かおっしゃいましたか?」
大石先生は少し間をあけ、
「いや何も」
大石先生、理事長代理共々超強化ガラスで構成された操作室に入る。
そしてマイクを手に取った。
そして、大きな呼吸をする。
そして
「「では始める」」
大石先生と理事長代理の声が重なった。
・・
「行くぜ、玲美」
「任せて、風魔」
『暗殺剣―魔線―』
公衆の前では口に出さないように気を遣う。
独自にアレンジしているので、はたから見たらただの剣術に見えるであろう、と踏んだからだ。
練習では口に出していたため口に出すのが癖になっていた。
故に口に出さないように意識して唱える。
先手必勝――――ここで動きを鈍らせる。
だが
(外れた)
それは想定外。
文字通りの意味。
「……っ」
サイドからの攻撃。
剣で受け止める。
「風の剣」
風が吹き荒れる。
防御から間もなく攻撃に移る。
刹那、風魔の体が宙を舞った。
疑似聖剣の能力。
しかし、風魔でないと使えないであろう。
無論、難易度も、暗殺剣術も関わる技であるが故。
能力があるがゆえに行える技。
『暗殺剣―魔滅剣―』
最大威力の技を使う。
落下中であれば動きの遅さは無関係。
だが、当たらない。
回避され、正面から蹴りを受ける。
剣を地面に刺し、壁への激突を防ぐ。
『暗殺剣術―連続剣』
一五連撃。
モーションからはすべて体が覚えている。
形に入ればすべてが数学の公式を使い、解くようなもの。
故にロスがない
だが、よまれていた。
「そういうことかよ」
風魔は理解した。
相手が何故ここまで風魔の動きを予測していたのか。
相手の脳、判断するものは現在アメリカにある超頭脳。
演算されている。
相手の行動はすべてよみの内。
相手が考えるのは二択。
受けるか追撃するか二通り。
そして
「風魔、危ない」
玲美は間に合わないことを悟る。
すでに彼奴は見切っていた。
未来を――風魔が疑似聖剣を行使することさえも。
「雷の剣」
ポケットの中に入れておいた硬貨を放つ。
それは――――超電磁砲。
疑似的なものではある。
行使したこともない。
だが、できることは理解していた。
一つの知識として。
それが玲美の強み。
それでは足りない
風魔がまき沿いになる。
僅かな可能性に賭ける。否、これを含めて行使した。
風魔に電撃がかすれる。
この電撃はただの電撃ではない。
玲美が作り出したもの。
電気信号
電気信号を人工的に作り出し、筋肉に直接伝える。
即ち、すべてを反射的に行える。かつ、制御も外れる。
人間は筋肉の殆どを使えていない。故に火事場の馬鹿力というものが存在する。
約二倍の力の発揮。
しかも、尋常ではない風魔の筋肉。
これなら回避できるはず。
風魔は理解した。
玲美の考えを。
(いける)
風魔は硬貨を蹴り回避する。
それでも軌道は変わらない。
「風魔、十時の方向よ」
玲美はあの一瞬で回避行動を演算した。
回避する方向を。
「解った」
風魔は地を蹴った。
『暗殺剣―魔線―』
風の剣は精霊の模擬の急所を抉った。
・・
下校した後、精霊の歓迎会をするらしく、玲美の部屋で晩飯を食べることとなった。食材は見当たらないのだが
(どうせ玲美のことだ。買い忘れているのだろう。)
「今生きていることが不思議に思える」
本当にそう思う。今日二度も死にかけたのだ。少しは気を使って欲しい。
「それはあんたが悪いんでしょ。自業自得よ。人間の屑。」
まだ怒っているらしい。
精霊の模擬の破壊により、弁償することになった。が、清掃で許されることにどうにか交渉した。そして『清掃により心もピッカピカ』ともいかない。玲美の機嫌は右肩下がりだ。今朝の精霊や昼休みのことが主な原因だが……。
「それは不可抗力で……」
「やっぱり・せ・ん・め・い・に覚えているんだ。」
やたらと「鮮明」を強調する玲美。
「鮮明とか……」
ここで言い訳しても無駄だと思いとどまれた。
「ねぇ、『鮮明とか』なんだって?」
「私ね、素直が一番だと思うの。はっきり言って。私の胸と精霊の胸どっちがいいの?」
(来た究極クエスチョン)
困る。人生最大級に困る。どうする?奴には 玲美には勝てないのか?双方ここにいるのに。仮に「玲美」と答えたら得体のしれない精霊の力で―後の想像は任せる。「精霊」と答えたらこの場で俺は抹殺されるだろう。
(どうすればいいのだろう?)
「早く!」
急げと迫る。もう一度確認する。精霊―推定C。玲美―推定C。双方そこそこある。じゃなくて!世界か自分の―
「―い」
「待った!」
止められた。おいおい、言い出したのはそっちだろう?とも思ったが……。
「はいはい。この話はもうおしまい。そうだ、今日の分は水に流してあげるから、これ買ってきて」
弾むような声で話しかけてきた。こういう時、反則級に可愛いって強いと感じる。
「知ってしまったら――」
そこで玲美の言葉が途切れる。
まあ、それが小声であったが故、聞き取ることはできなかったのだが。
「ん?何だ?」
風魔には聞こえていなかったせいか、玲美は少し顔を赤らめ、
「何でもないわ」
そうして差し出されたのは食材が長々と書かれているメモだった。ざっと見て三〇はある。
「これ、何に使うんだよ」
「えっ、何か言った?」
赤くなっていた頬はいつの間にか普段通り……
鬼の様相で言った。
「何も言っていません」
やはり玲美は強い。
昔からだ。俺が玲美に負けるのは。
幼馴染だから普段から顔は見合わせていた。二人で遊ぶこともあった。しかし遊ぶ時は俺の好き勝手はできない。いつも玲美の提案がすべてだ。玲美が「おままごと」といえば俺は犬のポチ役をする。玲美が「鬼ごっこ」といえば俺が逃げる役をする。しかも玲美に捕まらないといけない特殊ルール付。
いつも俺は玲美には逆らえない。その美人顔は反則級だ。
「えっ、俺が行くのか?」
率直な疑問だ。
「当たり前でしょ。しっかりおごってもらうわよ。」
俺のおごりなのか……。
飛んでいく俺の金と財産……って同じか!
自分の生活費その他多数の削減……
「つべこべ言わずさっさと行く!」
反論できないように玲美は睨む。
「I see」
「よし、ぽち。どっちが飼い主か飼い犬かよく解っているわね」
(ポチって覚えていたの?)
すぐ答えなかったからか、少し顔が強張る。
「イエス、マム」
俺は諦めて買いに行くことにした。
玲美がgood lackと言っているのは放置して―
「また出費が……」
「何か言ったかしら」
これが弱者と強者の差か……
「ありがたく払わせていただきます」
「ならいい」
玲美は勝者の目をしていた。
・・
それは風魔が出ていった数分後であった。
『ドカ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ン』
異常なほどの大音響。町中に響く爆発音。
「何、今の……」
「……………………精霊」
隣にいた風魔と契約した精霊は呟いた。
「えっ?」
「かなり強力な精霊よ。方角は商店街」
深刻な顔で精霊は言った。それを見て玲美は気付く。
「あっ」
気づくのが遅かった。玲美はそれを悔やんだ。
「風魔が危ない」
風魔が危ないーその言葉を聞いた玲美は自己防衛と同じ感覚を覚えた。風魔が危ないー助けたい。風魔を。大切な幼馴染を。もう二度と失いたくない。精霊に頼んだ。
「私を連れて行って」
「駄目。貴方まで危険にさらすわけにはいかない」
「何で?」
「何で何で何で何で!何でよ!」
「風魔と約束したから」
(風魔と?)
「えっ」
「風魔と約束したのよ。貴方を守るって。私に、貴方を守れと言われたのよ」
「風魔が?」
精霊は頷いて応える。
(私は風魔の足手纏い?)
(何故私でなくこの精霊に頼んだのか)
(私が弱いから?)
それは―――――――――否だ
「でもそれでは私は守られない」
精霊は戸惑う。予想外の答えだったのだろう。
「どうして……」
「だって、だって私の気持ち、それでは考えてくれていないから。それでは私の命が守れても私の気持ちが守られない。それでは駄目なのよ」
(そうだ。この精霊も私と同じ)
「解ったわ」
玲美はその精霊の一言に重みを感じた。
玲美はそれに応える。
「ありがとう」
「そんなことを言う暇があるのなら先に風魔のところに行くわよ」
精霊は笑顔でいう。
「本心じゃないくせに」
「何か言った?」
「何でも」
玲美の顔はこれから戦場に向かう人ではない……まさに、初めておもちゃをもらったかのような無邪気な少女の顔であった。
「じゃあ行くわよ」
「「空間移動」」
玲美と精霊の声が重なる。
それと同時に『空間移動』が発動し、風魔のいるところに転移した。
・・
風魔は商店街に向かっていた。普段の商店街なら人数は少数。幾つもの店が並んでいる静かな場所のはずだった。しかし静かな場所のはずの商店街は逃げる人で埋め尽くされていた。その途中、爆風に見舞われたのだ。
「くっ!」
(精霊か?)
目の前で爆発を見た。『三度目か……』そう思いながら爆発の中心へと足を進めた。
そこはクレータートと化していた。
「誰だ」
中心部には華奢な少女が平然と立っていた。髪は肩に着く程度。しかし、美しい金色の髪。
「精霊、なのか?」
「……帥は何者だ。我に何を聞く?」
「どういうことだ?何を言って……」
咄嗟の質問に風魔は答えられなかった。
「もう待てぬ」
目の前の精霊が視界から消えた。
「……」
「時間切れだ」
背中に痛みを感じた。
「死んでもらう」
声の主は後方にいた。
(強い)
せめて、彼奴がいたら―
白銀の髪の少女を思い浮かべた。
それと同時に少し茶色がかった髪の色の少女も思い浮かべる。
(俺には勝てない)
(俺だけではどうしようもない)
「終わったな――――――」
数多の精霊を殺してきた風魔でさえそう感じた。
「いえ、これからです」
「風魔!」
「その声は――――――」
次の瞬間、目の前が白銀の光に覆われた。
風魔の意識は途切れた。
(奇跡が、起きたのか)
「大丈夫、風魔」
「玲美か?」
目を開けると目の前に玲美がいた。
「うん」
嬉しそうに返事をした。
「風魔は大丈夫?」
「このくらい、何ともねぇよ」
風魔の体は傷だらけだった。幸い大きな外傷はないようだが多くの傷が見えている。流血が酷い。決して『何ともない』とは言えない状態だった。
「それより玲美は大丈夫か?」
それを聞き、玲美が驚いた表情を見せたが、すぐに我に返り、
「私は大丈夫よ。そんなことよりも……」
玲美の視線はどうやら俺に向けられているらしい。
傷だらけの体が、どうしても目を引いてしまうのだろう。
「俺は、大丈夫だ。それより玲美――――」
俺の発言を予想したのか、玲美が怒った表情になった。それを見て言葉が止まる。
「何?」
まだ、顔は美しい髪とは正反対の表情だった。
「えぇ…何でも……」
それに対して逃げ腰な態度になる。
それを見て、玲美は「まったく―――」と言って表情を髪と釣り合うような表情に戻す。
「どうして来たのか、でしょ」
予想はしていたものの、いざ玲美に言い当てられると動揺せずにはいられなかった。
「ああ。何で来たんだ。お前が、お前が危険に逢ったら、俺は、俺は……。」
玲美の胸が俺にあたる。否、当てた。ご褒美と言わんばかりに。
思春期の男子にとってはそれなりに、否とても嬉しい。
そして抱きしめられた。
玲美に。
子供の時を思い出す―――玲美と遊んでいたころを。
だが
「何で自分のこと大事に思はないの?もっと自分を大切にして」
「お前が優先だ」
そう、俺は甘えてはいけない。玲美の優しさに――
「えっそれって……」
何故か玲美が動揺する。俺には理由がサッパリ解らない。
僅かに頬が赤く染まっているようにも見える。
「何だ?」
「そのままの意味で……」
「そのままってどういう意味だ?」
風魔は『何のことだ?』と首をかしげる。
「期待したのに……」
一気にいつものモードに。
「えっ」
先の言動で玲美は自分の勘違いを理解したようだ。だが、一件落着ではない。玲美の顔が一瞬でいつもの顔から悪化したのだ。
「…大した意味はない?」
「どうしてギモン形?」
「何でもない」
不機嫌そうな玲美を一度放置し、話を精霊に向けた。玲美は未だぶつぶつ言っているようだが……。
「彼奴は、精霊は……」
「知っているのか?」
「ええ」
自信があるようだ。
「彼奴は私の古い友人です」
「友人?」
「奴を止めないと―風魔、手を貸してくれますか?」
精霊は一気に風魔との距離を詰め寄り、縮めた。
「でも、どうやって……」
「奴を止められるのは風魔、貴方一人です」
「……」
(どういう意味だ)
「来なさい、風魔。貴方の強さは、私が証明します」
決意のこもった一言だった。
「すまん……その回答は後にしてもかまわないか?」
精霊は少し考える素振りをして、
「構わない」
「ありがとう」
そして玲美に、
「玲美、俺が意識を失ってどのくらいたつ?」
玲美の顔が元に戻っていることを確認してから聞いた。
「大体、二時間くらいかな?」
「二時間もか!」
驚くのも当然だ。あの精霊なら一時間もあればこの島の中心部は壊滅に近い状態になっている。だが
「じゃあなんでここは何ともない!」
「それは……」
玲美も精霊もあの精霊の標的は風魔だと理解している。それを風魔は悟った。
「俺が、俺が行けば解決―――するのか?」
玲美が反抗する。
「駄目、行っちゃダメ!」
「玲美……」
「だって、だって危険なんでしょ?」
「ええ。それなりには」
精霊が答える。
「命の危険があるんでしょ」
「ええ」
「だったら、だったら行かないで。おいていかないで!」
玲美の体と風魔の体がこれ以上にないくらい近づいていた。
「玲美……」
濡れた玲美の顔を見つめる 。
「もうこれ以上、もうこれ以上私を一人にしないで。昔みたいに、そうあの時みたいに一緒に遊ぼうよ!話そうよ!」
「玲美―――――」
「ね。一緒に逃げようよ。どこか遠い、遠いところに。だから、だから一言精霊に、『行かない』と言ってよ。ねぇ、ねぇ!」
「――――――――」
「何で言ってくれないの?どうして、何で……」
「なぁ、玲美」
「何?」
栗色の髪の少女は涙声で答えた。
「俺が、俺がもしここで逃げたらお前、どう思う?」
長く、流れるような髪が揺れ、
「えっ」
「だから俺が逃げたらどう思うかだ」
玲美の目線は次第に低くなっていった。
「どうって―――――――?」
玲美は思考する。
風魔ならどうするか。
そんなことは………………既に決まっている。
「俺個人としては後悔する気がする。お前はそうは思わないかもしれないが……いや、お前も俺と同意見だろ」
玲美は顔を袖で拭いて答えた。
「当然でしょ」
「じゃあ決定だな」
「うん!」
「あの……いい感じのところ悪いのですが……」
風魔が振り向くと精霊の顔が目の前にあった。あと数センチで顔が触れ合うほどの近距離……。
(この状況、やばい?)
「あの――全部、聞いていましたか?」
「ばっちりです」
「私も録音したわ」
これで完璧! とでもいうような顔で玲美は言った。でも、録音する必要はあったのかという疑問はあった。
「で、何だっけ」
「返答は『行く』でいいのですか?」
風魔は玲美をちらっとみた。玲美は頷く。
(最終確認も済ませた)
「「ああ」」
風魔と玲美の声が重なる。
「息もぴったりね」
風魔、玲美供に顔を赤めた。
「じゃあ行きましょうか」
「ああ。そうだ、玲美」
「何よ?」
玲美のご機嫌ももう元通り……って速っ!
「精霊の歓迎会、帰ったらやろうな」
精霊には聞こえないほど小さな声で言った。
「うん」
玲美は笑顔で答えた。
「もう、いいですか?」
「ああ」
「行きますよ」
時空のねじれを感じた。これが解るって……?
再び精霊の力で精霊が暴れていた場所に戻ってきた。
(この能力、便利だな)
風魔は対峙する二人の精霊に目を向けた。
「久しぶりだな」
腰を掛けていた人家の屋根から飛び降り、
「ええ。五百年ぶり」
「何故爆発を起こしたのですか。貴方はもう少し利口な精霊だと思っていたのに」
「それは大きな勘違いだ。誤解しているようだから訂正しておこうとおもう」
後ろから無表情の人型の精霊が現れた。
金色の髪。顔立ちはそれ相応のもので、整っている。まるで、二次元のキャラを見ているように錯覚する。
「これは……貴方、過去の過ちをまた起こすつもりなの?」
風魔と契約した精霊が強い口調で詰め寄る。
「過ち? どこが? あれは進むために必要であった過程。そして、あのおかげでこの世界を治すための薬だ」
当たり前のように敵の精霊が告げた。
「そのために何人殺した!」
怒り狂ったように告げる。
「何人? いちいち数えるわけない」
これに対しても何の変哲のないように答える。
「ならば、封印するまで」
昔の知り合いを封印すること。どれだけ辛いことだろうか。しかし、この精霊は躊躇い(ためらい)表情が見られない。否、見せていない。父親を失った風魔には失うことの苦しみが痛いほど解るつもりだ。「大丈夫か」などと声をかけようとも考えたが気迫に負けた。
「できるものならしてみよ。聖剣の作り方は大きく二つ。一つは命を削り作り出す方法。これなら一人でも戦える。しかしお主の命はあと僅か百年。聖剣を作り出すには足りぬ。もう一つは―――――」
「もういい。私には強い味方がいるわ」
敵の精霊の顔が曇る。
「仲間など……そのようなものに甘えるから封印されたのだ。解るか、空間」
「その呼び名、もう捨てたわ。とっくの昔に」
それを聞き敵の精霊は笑った。
「人間でいう、『ザブトン』をあげたいほど面白い。だがここには残念ながらザブトンはない。だから『時間』を与えよう。一分だ。好きに使うがいい」
何故か敵は笑〇を知っているらしい。
「ありがたく頂戴するわ」
「風魔。私の名を教える。その名に開放術式を使って」
開放術式とは封印術式の逆である。風魔も聞いたことくらいはあるが、これまで封印術式を覚えるのに必死で気に留めたこともなかった術だ。
「俺は、開放術式は―――――――――」
知らない、とつづける前に精霊は、
「簡単よ。自分の『意志の力』を注ぐの。大丈夫。貴方にならできる。信じているわ。風魔――――」
「俺は――――そんなこと……」
俺には自信がない。
だが、此奴は諦めていない。
「できる。信じているから」
「信じられても――――――」
「貴方の目的は?」
「俺の、目的」
「それに近づける、此奴を倒せば」
俺の目的―――――精霊への復讐。
「やってくれる?」
俺の、復讐。此奴も俺の―――標的……此奴のいうことは……。
「お願い、目的のためにも……」
だが、此奴は別だ。俺の復讐の手助けを知っていてしてくれる。勿論、此奴にも、俺にも利点があるからである。しかし、同志の殲滅を望んでいる俺に手を貸してでも成し遂げなくてはならないこと――――。
「任せろ」
自信をもって答えた。
「任せたわ。私の名は―――――――――」
「時間は終了だ」
敵の精霊は呟いた。
「ああ」
「では、この精霊と戦ってもらう」
敵の精霊と一緒に立っていた精霊を指さす。驚いたことにその精霊は拒否もせず、命令に従った。
「また、えげつないことをしているわね」
「はて、何のことだかさっぱり」
「とぼけないで」
「おい、何の話を―――――――」
「後で説明する。その精霊を開放するわよ」
「えっ」
(どういうことだ)
解っていないのは俺だけらしい。
「それを決めるのは術を使う方が決める」
「そんなのは認められない」
「じゃあ勝て」
「望むところ。その精霊を開放するわよ」
「さっきから何のことを―――――――」
「私に任せて」
此奴にも目的がある。
その目的を達成しようと頑張っている。
だったら
「じゃあ任せる」
――――――――――――――――――――――――――――――――――信用する。
「ありがとう」
小さな声でつぶやいた。
「いくぞ、『空間の精霊』」
その瞬間、精霊の姿は剣に変わった。
「一撃で決める」
使ったこともない剣――――――だが、かつて風魔が使っていた暗殺の剣と同じくらい信頼ができた。
剣先をあの精霊に向ける
「暗殺剣―魔線―」
これはかつて風魔が「精霊暗殺者」として恐れられていた時に会得した技。
この技なら確実に心臓を射抜き一撃で殺せる。正確性を求めた技。かつての「精霊暗殺者」の風魔の力では確実に奴には及ばないことは風魔も理解している。
(しかし今は違う)
空間の精霊―かつて、最強の精霊がついている。そして、その精霊が味方として、風魔の剣として手を貸している。
(いける)
風魔は絶対の自信があった。
空間の剣――――その力は空間自体を切り裂く。
決まった
普通の相手なら確実にとらえていただろう。
しかし相手が悪い。
『時空移動』
目の前から相手が消えた。
将棋での禁じ手を知っているだろうか。
行きどころのない駒を持ち駒で打つこと。例えば桂馬を2段目に打つことだ。しかし、チェスでは2段目のナイトは移動できる。縦だけでなく後ろ、横や斜めにも移動が可能だからだ。この2つの盤上は決してひとつになることはない。
しかしあの精霊はそれを可能にする力がある。時空を自在に操り、回避した。
だが、
俺は精霊を追い込んだ。これは紛れのない事実。
次は逃がさない。
「どこに消えた?」
「甘い」
後ろからの攻撃。
突然の攻撃。
まるで瞬間移動。
勿論、俺が契約している精霊も空間移動はできるのだが、ここまで速く移動できない。
(避けきれない)
時空を自在に操り徐々にダメージが蓄積されていく。
(此奴、強い。圧倒的に)
俺は負けると感じた。
・・
学院の学長室。日は傾いているので少し薄暗くなっていた。
そこにいたのは、風魔、玲美の担任の河野博美と学長の二人であった。
「本当によかったの?」
河野博美が聞いた。
まともに座っていたが、疲れたのか背もたれに腕を組んでもたれかかる。
それを見た学長は「はぁ」とため息をつき、
「ああ。奴は、風魔は、精霊との適正を人工で最大限まで上げた人類、『世界最強の精霊剣適合者』の唯一の成功例で間違いはないであろう」
「つまり風魔君は『精霊暗殺者』っていうこと?」
「ああ。それとその口調と態度、直せれないのかね」
黒いショートヘアの教師は「無理無理」と首を横に振る。
「努力くらいはせめてやれ」
これにも、「ヘイヘイ」と返し、
「それよりも、あの理事長君はなんで黙って……」
学長は立ち上がり、
「まぁ、奴なりの考えもあるのだろう。奴も我々の同胞裏切ることはないと信じている」
学長は言い終わると振り向き、外を見た。
「けど……」
「もうよい」
「―――――――解った~♪」
答え方はふざけている。
しかし、答える間合いに沈黙があった。
即ち考えて発言したのだと学長は推測した。
故に答え方については問わず、
「話題を戻す。奴の義手は意志の力を倍増、いや、正確にいうと数百倍にまで引き上げる性能だ。しかし、奴はその力を引き出すことは未だできていない」
「じゃあ、この戦いで……」
「その可能性はないこともないだろう」
「―――――何考えてる?」
口調が一変し、少し硬い口調で訊く。
それを聞き、学長の顔が固くなる。
「この話はこのくらいにしておこう。続きは今度だ。今夜は飲みに行かないか」
「いいえ、結構で~す」
「そうか」
「じゃっ☆」
手を軽く上げ河野博美は出て行った。
「ああ」
学長は窓から夕陽を眺めた。
(『世界最強の精霊剣適合者』の完成は近い。これで雄馬の悲願が現実となる。)
(見ていてくれ雄馬。お前の最高傑作を。その完成を)
・・
「何処が弱点なのか解るか」
『解ってはいますが………困難です』
「困難とか関係ねぇ。助かるか助からないかの瀬戸際何だよ!」
『解りました。私と同じならあの剣です。あれで時空を制御していると思います』
「解った」
(できるかあんなこと)
しかし思い返す。
(できるできないじゃない、やるんだ)
戦況は悪い。圧倒的に強さも劣っている。
だが、
まだ負けていない。
チャンスは一瞬。次の攻撃が来た瞬間すべてを賭ける。
『来た』
(そこだ)
「「―魔線―」」
確実に剣にあてた。
だが
「そんなもので壊れません」
「ちっ」
まだ……………
もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと ‼
「これならどうだ」
義手である右手にすべての『意志の力』を集中させる感覚。
異常な程の意志の力が風魔の義手に集まっている。
見えないはずの『意志の力』が光の粒子の塊となる。可視化されている程の眩い光。通常ではありえない程の保有量。否、作り出している。
「暗殺剣―魔滅剣―」
この技は威力がありすぎるため考案してから、当てる意図では一度たりとも使っていない技。使っていない理由としては攻撃が遅いため外れやすいということもある。
が……………………………………
(外さない)
『意志の力』を集中させ、眼で精霊の現れる場所を予測。
「空間移動」
予測した場所に移動する。
その一点を狙う。
「うおおおおおぉぉぉぉぉおおおおお」
斬った。
斬った時の感覚がある。時空の剣は折れた。
「これでもう『時空移動』は使えない。最後だ」
「そう、だな」
風魔は封印術式を展開する。
「聖剣よ、封印せよ我が名は風魔」
封印術式を行使した。初めてのはずが、何故か容易にできた。
あの精霊は何事もなかったかのように空間の剣の中へ(・・・・・・・)封印された。
『時間よ、眠れ』
精霊の呟いた声が風魔の耳に届いた。
「終わったか」
『いえ、まだです』
姿を現したのは時空を操る精霊の後ろに立っていた少女だった。
「この子をやるとはね。流石は風魔、と言っておく」
不自然だ。
俺の名を呼んだ。
(何故俺の名を?)
俺は此奴を知っている。そんな気がした。
「どうしてお前が俺を知っている」
「簡単なことよ。雄馬がいっていたもの」
何故俺の親父の名が……こいつは何者だ。
「どうしてお前が、俺の親父まで……」
「これ以上のことは言う必要はないわ。あれからどれだけ強くなったのか見てあげる」
「あれからって―」
「質問タイムは終了。本戦に移りましょう」
挑発しているような口調で言った。
勿論、精霊の意図は相手の攻撃。
単純に強い奴と戦いたい。
血を流しあいたい。それだけの理由。
(此奴、挑発をしているのか? ならやってやる)
「上等だ。いけるか相棒」
『風魔に相棒呼ばわりされる理由は……』
一度言葉が途切れた。
精霊はもう一度口を開いた。
『でも、今回だけ特別です。これから、貴方に私のことはそう呼んで構わないことにするわ』
少し恥ずかしそうに言った。
「サンキュ」
『礼を言うのは貴方では……』
続きは風魔の声でかき消された。
「行くぜ」
風魔は勢いよく走り出した。
「こい! 風魔。お前の全力見せてみろ」
『暗殺剣 ―魔線―』
決まった。これでは避けきれない。
だが、剣は空を切った。
何故だ。
この剣『空間の剣』は空間ごと切れるはず。
範囲は半径五メートルのはずだ。
元のこの技の範囲は突き技故に前方に長い。
前方に八メートルだ。即ち前方だけでいうと、一三メートルにもなる。
それをどうやって?
「あんまりがっかりさせないで、風魔君」
精霊は風魔の後方にいた。
「どうやって?」
『理屈は我と同じだ』
「その声、あの時の『時空の精霊』」
『我がどうした。何かへんか? 主に力を貸すのが』
ありがたいが……
「お前、封印されたんじゃなかったのか」
『おお、お主聞かれたかったことが解ったのか。それだ、それだ』
かなり興奮しているようだ。
「その説明はあとにしてくれ」
かなり落ち込んでいるような感じだ。
「なんかすまん。話は後で何時間でも聴く。だから、具体的な策を聞かせてくれ。お願いだ」
少し興奮気味にいった。
『理解した。あの話はケーキ食べながら、そうだな三時間くらい聞いてもらうぞ』
(三時間もか。ケーキってどの位の価格なのだろうか)
『我が力を使えば時空を歪ませられる。我はその力を使って自分が過去にいた場所に戻って攻撃していた』
(俺、こんなチートによく勝ったな)
「それなら、ダメージも受けないんじゃないのか」
それは前に自分の情報に上書きすることもできるのではないかという風魔の意見。移動の時も実際、話している通りの理屈ならば現在の自分に過去の自分を上書きしていたということになる。そうなればダメージを受けていないときの自分を上書きできるのではないか。そう思ったのだ。
『それは無理だ。過去の情報を完全に(・・・)現在に上書きするなど我にはできない。どれも不完全な状態だ。故に過去の自分がいた位置の上書を未来に書き込むことは可能だが精々そこまでだ。過去の自分そのものを上書きすることは我ごときにはできん』
正直俺にはさっぱりだった。
だが、勝機があるのなら…………
「できる精霊も――いるのか」
『……』
言葉を詰まらせた。
「悪い」
『別に―――――構わん』
最後は少し詰まりながら言っていた。
「お前の力、使わせてもらう。」
『存分に使うがよい』
「「行くぞ時空の精霊」」
時空の剣―漆黒の剣が光る。
『時空移動』
普通の人間なら引き裂かれるようなこんな感覚には耐えられないだろう。
しかし、風魔には快感であった。
(この力ならあの精霊と対等に戦えられる)
『暗殺剣 ―魔線―』
(外した?)
否だ。
その瞬間、白銀の聖剣が今までで一番の輝きを放った。
時空の精霊が移動させた。
位置は完璧だ。決まる。
(剣が、届かない?)
時空の精霊が手を貸したのに。
空間の精霊にも。
俺の力不足だ。
いやまだ、距離は伸びる。
勝てる。
「力を貸してくれ。空間の精霊」
もしかしたら『時空の精霊』を行使しているから、力を貸してくれないかのかも知れない。だが、彼奴の力がなくてはこの相手は倒すことができない。
(お願いだ)
とても嬉しそうなあの精霊の顔がとっさに浮かんだ。
今まで何で疑っていたのだろう。
貸してくれる。
そう決まっている。
俺の思考は的中した。
『その言葉、待ち望んでいたわ。風魔』
白銀の聖剣は白銀の光を放った。
「残りの『意志の力』、全部持っていけ」
輝きは増した。
その輝きは今まで以上、過去最大の輝き。
辺り一帯を昼間のように照らす。
剣での範囲は一気に跳ね上がった。半径一〇メートル。
決まった。
「まだ、甘いわ」
剣が動かない。そんなはずはない。空間を切ったのだから。
剣は止められた。しかも素手で。
力の差が、違いすぎる。
「よく戦ったわ、風魔」
「お前に言われる理由など……」
「私は史上最強。その所以……お礼に技を見せてあげる」
「回復術」
「なんだと……」
与えていた傷も一瞬で回復した。
与えた傷は、偽り――――――?
「貴方がどう攻撃しようと私は回復する。無意味なのよ。その程度の攻撃」
「………っ」
俺は天狗になっていた。事実まだ差はあった。
誰よりも強くなったと思っていた。
しかし勝てなかった。
あの精霊に。
「最上位まで駆け上がりなさい。そうしたらまたきっと……」
精霊は消えた。
「まだ、終わって……」
手も足も出なかった。
「負けちまった。済まない。玲美」
風魔はそのまま倒れこんだ。
「風魔!」
玲美の叫び声が聞こえた。
(情けないな、俺)