008
ハルトの自己紹介が終えたところで、会議室の扉が開き、ひとりの女性が現れた。
何事かと構えていたら、その女性がポイポイと水筒のようなものを全員に投げる。
全員が受け取ったことを確認した女性は「失礼しました」と言い、そそくさと出て行った。
「喉がお乾きのことと思いまして、僭越ながらお飲み物を用意させていただきました。
好み、アレルギー物質のことを考え、万能飲料の食飲水ですので、安心して飲んでください」
ドーレッタ艦長の粋な計らいでドリンクタイムとなった一同は、こくこくと水を飲み干していった。
この世界に来てまだ1時間も経っていないことに改めて驚きつつも、それを表情に出さないようにする。
久しぶりとも思える吸水は、傭兵団にとってとてもありがたかった。
「あらいいわねその飲みっぷり。お姉さんの分も坊やにあげちゃおうかしら」
「今お前自分の水飲んだだろ。いらねぇからな」
ハルトは特に喋っていたから相当喉が渇いていたのだろう。真っ先に飲み干していた。
「次は坊やの紹介だよ。はやくしなさんな?」
「はんっ!フラウさんがまだしてねぇだろ!」
「いや、次はハルト。お前の番だ」
「マジっすか!」
ハルトは徐に立ち上がり、フラウとレザールを交互に見る。
フラウに「先にフラウさんっすよ!」という目線。レザールには「なんで裏切ったんすか!」という目線で訴えてきている。
フラウは小声で「立った時点で順番は決まってしまった。名前、年齢、自分の仕事を言って、整備長の的確な質問をくぐり抜けたら終了だ。面接と同じだからリラックスしろ」とアドバイスを送る。
ハルトは絶望に染まった顔で相手を見る。
フラウは思った。ハルトよ。それが面接で落ちた原因かもしれないぞ、と。
「えっと。ハルトです。18歳です。傭兵団では、パワーガンナーとして、火力的支援をしていました。よろしくお願いします」
ハルトは体を細かく震わせ、極度の緊張からか唇の色が変色してきている。
ハルトの目線の先はメッツ。そして、ソーラだ。
「あら坊や。ガッチガチじゃない?ほぐしてあげようか?」
「余計なお世話、です」
ソーラが相手でもガチガチに緊張しているハルト。
バイトの面接のようなこの状況に、ハルトの意識は途切れそうになっている。豆腐メンタル極まれりとは、まさにハルトのことだろう。
そんなハルトに見かねたのか、レザールが緊張を紛らわそうとを手を伸ばした。が、その手は文字通り宙を切った。
ハルトの身体が後方に飛ぶ。押したのはソーラで、その拳は固く握られていた。
「モゴモゴしてんじゃねぇ!男ならこんなところで緊張するな!」
ソーラは拳をふり払い、踵を返す。
ハルトは吹き飛ばされつつ姿勢を整え、壁を蹴り返し戻ってくる。
殴られたのは腹のようだ。ハルトにダメージはなさげだが、どこか辛そうな顔をしている。
「私が惚れたんだ。自信を持て。言いたいことはそれだけだ」
ソーラと会ってからまだ20分も経っていないのに、初対面の女性に翻弄され、殴られて、告白されるハルト。
これが主人公体質というものなのかと驚きつつも、ハルトを見る。
唇の色は変わってないが、震えは止まっているようだ。
「訳分かんねぇよ」
ハルトは呟く。その表情には軽く笑みがかかっていた。
「あーっと。俺から質問はない。火力面はさっきの映像で見たから十分だ。そんなに緊張するもんじゃないだろ。もう雇うことは決まっているんだ。肩の力を抜け坊主」
ハルトは軽く頷き、着席した。
メッツからの質問はなし。実に羨ましいことである。殴られてさえいなければの話だが。
「次は姫様だ。いけ」
「ボクは男だよ」
「女みてぇな声しやがって」
「なんだとハルト!修正してやる!」
レザールは俺を飛ばしてクリスを指名した。
未だに姫様ネタで弄られるクリスは頬を掻く。レザールが「姫様」と呼んだ瞬間に連合サイドの雰囲気が変わった気がしたが、気のせいだろう。
実際にクリスの拳がハルトに当たった時には、さっきの雰囲気に戻っていたからな。
「はぁ。ボクはクリス。歳は16。傭兵団ではレグのサポート、敵機の破壊が役割だったかな。戦闘スタイルはファイトスナイパー。近距離射撃戦がメインで長距離武器はほとんど持たないよ。よろしくおねがいします」
クリスは学生らしい、いい笑顔で敬礼をする。
この笑顔は女性を取り込む魔力があり、今もフォルケは我が息子と言わんばかりの視線で見つめている。
メッツは首を掻き、少し時間を置いて手を挙げた。
「クリス。お前の役割は遊撃ってことでいいのか?それとも、これが役目だ!と言い切れる役目とかはあるのか?」
「ボクの役目は遊撃で合ってるよ。でも、レグに近接射撃機が張り付いたら、加勢に行くのはボクの役割だね。まぁそういう場合になってもレザールがどうにか対処しちゃう場合が多いけどね。結局は遊撃ってことでお願いします」
ハルトの役目は遊撃で、逆に言えば役割なんて存在しない。
レグナントに射撃機が張り付いたらフラウがビットを操作してどうにか逃げさせ、追う敵機をレザールが撃ち抜くのがよくあるパターンと化している。
そもそもこのチームはレザールがキルを稼ぎ、他の4人がそのサポートする戦闘パターンが比較的多い。
前に出るならキル稼げとか、支援機引きこもってんじゃねぇとかは、このチームには一切無い。
あるとしたら、スナイプミスってるんじゃねぇだけである。
「そうか。クリスには結構頑張ってもらうかもしれん。飯食って大きくなれよ」
そう言って手を下げる。
後でわかったことだが、クリスの身長は160cm未満であることがわかった。
ちなみにフラウが最後に計測したのは高校最後の冬、雪降る日に保健室で測ったのが最後で、その時から2cm伸びていた。
だが夢の180cmには届きそうはない。レザールとレグナントは届いていそうだと羨む視線を送ったくらいだ。
フラウはバレないように背筋を伸ばし、ファスナーを弄る。
レザールに「最後はお前だ」と小声でいわれ、彼は急いで立ち上がった。
「フラウ、です。23歳です。傭兵団では主に味方機のサポートをしていました。主武装はビット兵器です。機動戦や銃撃戦はそこまで得意じゃありません。よろしくお願いします」
自己紹介とアピールポイントを言い終え、ビシッと敬礼を取る。
緊張の余り要所を削ってしまった感があるが、また質問が来るだろうと追言を止め、メッツ
を見る。
メッツはフォルケとしばしアイコンタクトを取る。そして互いに首を左右に振ると、口を開く。
「あー。ビット兵器っていうのはなんだ?長いこと軍にいるが聞いたことがない兵器だ。よかったら教えてくれ」
レザールが「やはりそこに来たか」と呟く。代弁をして欲しいとフラウは思ったが、自分の機体のことだと腹をくくり、口を開いた。
ビット兵器とはなにか、と問われれば、答えは無線式のオールレンジ攻撃用兵器という答えになる。
それを聞いたメッツは首をかしげるが、レザールの「全方位からの同時飽和攻撃ができる」という言葉を聞き、なんとか納得いった様子だった。
ガンダムシリーズを筆頭にその他ロボットアニメでは、ビット兵器を用いて敵機や敵戦艦を破壊する描写が多いが、EXTEND SOLDIERの世界のビットは支援機のサポート兵器として実装されている。
敵機を1発で貫けるビーム出力は実装されていないし、実際にも与えるダメージは少ない。
例を出すと、彼がよく使う物理爆発属性を持つESビットの1機が敵機に衝突したとする。その場合に敵機に与えるダメージが1と仮定した場合、同じ物理爆発属性の重撃機の初期型ロケットバズーカのダメージは10になる。
但し、これはダメージだけ見た場合であり、命中性を考えれば案外どっこいになったりもする。
ちなみに先の戦闘では敵機の装甲にビームが弾かれていた。
敵機の機体表面にビームを弾く何かしらのコーティングがされているとレザールは言っていたが、傭兵団の機体にも似たようなものがあるのでそこは気にしない。
EXTEND SOLDIERの世界のビットの本来の目的は味方機のサポートであって、敵機の撃墜ではないのだ。
ビットで牽制、敵の隙を生み出し、味方機が叩く。それが正しいビットの運用方法なのだ。
全員の紹介が終え、またも一同はドリンクタイムになっていた。
レザールはメッツと機体格納庫へ足を運ぶ。きっとコイン投入口の解体作業に向かったのだろう。
ドーレッタとレスタはなにやら影で固まって話していて、レグナントはレイと楽しく談笑していた。
ハルトはソーラに頭を下げていて、フラウとクリスはフォルケ、ダッケと話していた。
会話の内容は宇宙戦艦の機内食についてで、アニメで見るペースト状の食べ物が存在すると聞いたクリスは食事が楽しみと笑い、それをフォルケが微笑みながらなでていた。
クリスの相手に対する警戒心が少ないと思うが、それが彼のいいところだろう。
談笑とまではいかないが、程よい空間が漂う中、スピーカーから短い単音が数回響いた。
真っ先に動いたのはハルトと会話していたソ-ラ。続いてレイだった、
『レーダーに帝国軍艦を捕捉。パイロットはソルジャー機にて待機、ブリッジクルーはブリッジの所定位置へ移動をお願いします。民間人は隔壁ブロック内の住居エリアに移動をお願いします』
「帝国軍?さっきの奴等か」
レグナントが機体格納庫へ踵を返した。
先までの気の緩くなった顔ではなく、鋭い目つきで視線をさまよわせる。
「レスタ副艦長。俺達を機体格納庫へ案内をお願いします。道がわかりませんので」
フラウはレザールが来るまで傍観を貫こうかと思ったが、好戦的なレグナントの表情とソーラの意味深な視線に耐え切れなく、この場から逃げるようにレスタに案内を頼んだ。
「わかりました。艦長はそのままブリッジで全体の指揮を、レミアス大尉はソルジャー隊の指揮をお願いします」
ドーレッタとレイはブリッジへ、傭兵団とレスタ、ソーラ、フォルケは機体格納庫へ、ダッケは民間ブロックへ移動を始めた。
取っ手に捕まりながら移動していると、フラウの背中をつんつんとつつくソーラ。
「傭兵部隊は出撃後どう動くんだい?場合によっちゃあ傭兵部隊から見て私達は邪魔だろう?」
フラウはどう返答するか悩んだが、答えが思いつくとそこまで悩まなくていいことに気がついた。
「とりあえず機体格納庫に。俺達の戦闘指揮はレザールが主導しているから彼に聞き直してくれ」
「あいよ」
伝家の宝刀である〝レザールに聞く〟を発動させる。
レザールは物知りかつ情報通で、ゲームのアップデートで出た新武器や新武装のデータをすみずみまでチェックしているらしく、聞けばなにかしら返してくれる。
あの武器は射程が長いがダメージが低いとか、あの武装はCTが短くやっかいだとかよく教えてもらった。
その代わりレザールも新装備の火力や利便性を中心に使い心地とか聞いてくる。
その情報を元にレザールは指示を出す。まぁその指示の大半はレグナント機を囮とした長距離スナイプ戦法だ。
今回はゲームとは違う実戦だが、レグナントとクリスの機体の動きを見るにゲームと変わらない運動性を持つことは確認済みだ。
レザールがどんな指示を出そうと、彼の役割は決まっている。ビット兵器を巧みに扱い、チームをサポートするだけだ。
機体格納庫に着いた一同が最初に見たのは、カタパルトから次々と出撃するソルジャー機だった。
カタパルトの先はもちろん宇宙空間である。
「呼吸ができるね」
クリスが呟くと、レスタが答える。
「アナト級を含む連合国の最新艦ではカタパルト出撃口の内部にエアセーブ機構が搭載されています。そのおかげで艦内から外に空気が漏れないのです」
「すごいね。宇宙服とかいらないじゃん」
「手動で行う艦外修復の際には宇宙服を必要としますが、それ以外なら特に必要ありません。連合もここ100年で進歩したようです」
クリスとレスタの話を盗み聞きつつも、自分の機体に到着する。
背部シャッターを開けようと手を伸ばすが、自動で開いた。
いや、中からレザールが出てきた。手には工具が握られている。
「フラウか。今ちょうど破壊が終わったところだ。赤いボタンを押せば100円1枚分プールされるから後程6回ほど追加で押しておいてくれ」
「了解。それと今回の出撃についてソーラさんが指揮するソルジャー隊はどう動くか知りたいって。
あとレグナント機にフライガ整備長、クリス機にフライガ保健医が同乗するらしいぞ」
レザールと入れ替わるようにコックピットに滑り込む。
アニメの搭乗シーンのように滑り込み、腰を激しく壁に打ち付ける。
コックピット内には謎重力が発生していることを忘れていたフラウは涙目になりつつも椅子に座る。
機体カスタマイズ画面で固まっていたフラウに、レザールから指示が出る。
「フラウ。装備はそのまま、緊張せずに頼むぞ。お前が守りの要だからな」
「了解。クリスにシールドをつけて、レグナントには攻撃用ビットを回しておくよ。支援機で緊張も何もないけどな」
レザールが外からコックピットを閉じる。
全方位画面を同調させるために数分暗くなり、再起動したように明るくなる。
ヘッドホンをセットし、マイクに向かって息を吹きかける。
マイクはしっかりと接続されているようだ。
「あー。あ、あ、あー」
『その声はフラウ様ですね?どうかされましたか?』
ヘッドホンから声が聞こえる。この声はレイだ。
顔に一瞬で赤くなるのを感じた。だれも聞いていないと思ったが、もう通信は始まっているようだ。
「マイクの感度チェックをしていた。問題はない」
『そうですか。カタパルトの使用順ですが、レザール様からの伝達により、レグナント様を筆頭に、次いでクリス様、ハルト様、レザール様、その後にフラウ様になります。
帝国軍は既にソルジャー隊を広範囲に展開させています。帝国艦2艇。帝国ソルジャー機は24機です』
様付けで呼ばれることに疑問はあったが、傭兵とはそういうものなのかと自己解決する。
「了解。なにか動きがあったら教えてくれ」
『了解しました。一定時間置きに帝国機の残数をお知らせします。それと、こちらからハルト様と連絡が取れないようですが、そちらからは連絡が取れませんか?』
ハルトは自前のヘッドホンを持っているが、マイク機能が付いていなくて会話ができないと言っていたな。
「ハルトのはマイクがついていないんだ。だが聞くことはできるから戦闘には問題ないはず」
『了解しました。戦闘が終わり次第整備班に手配させます』
レイはもう勝利を、いやこちらが敗北するとは思っていないようだ。
信用されているんだなと思い、モニターを眺める。
フラウの視界にはちょうどクリス機がカタパルトに乗って射出される寸前だった。
『ファイトスナイパー。クリス機。行きます!』
掛け声とともにクリス機が飛び出していく。
そういえばチーム全員と繋がっているんだよなと再認識し、自分の順が来るまで整備員と思われる人を見つめていた。