007
「どうしたどうした?お姉さんに惚れっちゃったのかい?」
「ちげぇ!意味が分かんないから視線を外しただけだ!」
「ちょっと!レミアスやめなさい!」
「この坊やは私の中隊に入れる!面白くなりそうだ!」
「ダメです!レザール隊長と機体編成会議で決めてからです!」
「そうだ!俺達はレザールさんの指示じゃねぇと動かねぇ!絶対だ!」
レザールとレスタ副艦長が消えた会議室は、なかなか大変なことになっていた。
レザールがレスタ副艦長と共にトイレに行き、リーダーを一時的に失った俺達は、あの赤髪の女性に翻弄されていた。
いや、ハルトが翻弄されてしまったのだ。
今もハルトの頭に胸を押し付け、頭を撫でている。
ハルトは席を立たず、上半身をくねらせて回避しようとしているが、食い込むだけで逆効果だと思う。フラウはうらやまけしからんと思いつつも、後で感想を聞きに行こうと邪魔はしないで見ないふりをしていた。
こうなったのは、些細な出来事が発端だった。
レザールが会議室から姿を消し、最初は両者無言で睨み合っていた。
ふと、フラウは赤髪の女性を見ると、フラウに手を振っていた。
フラウは挨拶代わりに手を振ってみると、驚いた顔をしつつ笑った。
フラウはなんなんだと思いつつ見つめていると、標的をフラウから隣のレグナントに変更。また手を振り、レグナントは返事をするが如く、手を振り返した。
あの女性が全員に手を振ったところで、またも沈黙。
傭兵達は次の手を警戒していたが、その警戒をあざ笑うように、また手を振った。
女性の標的は、ハルトだ。
ハルトは何を思ったのかそっぽを向いて、指遊びをし始めた。
それがいけなかったのだ。このシャイな反応にこの女性は喰いついたのだ。
そしてあのようになってしまったのだ。
この小さな騒動のおかげで場の空気は良くなったが、気が緩みすぎだとフラウは思った。
思うだけで口に出さない。それがフラウなのだ。
この騒動はレザールとレスタ副艦長が戻ってくるまで収まる気配は全くなかった。
「レミアス副官!ドーレッタ艦長もです!なぜこのようになっているのです!」
「なにがあった。交友を持つのは個人の自由だが、些かアレだぞ。フラウ、後で聞かせてもらうからな。戦場の全体をいつも見ているフラウなら説明できるだろう。後で聞くからな」
レザールはフラウに聞くと2度言った。
確かにフラウはこの騒動を終始見ていたし、この火蓋を切ったのは最初に手を振り返したフラウなのだ。確かに事の全てを知っている。
フラウは浅く頷くと、それを見たレザールは椅子に座った。
「レミアス副官!ここは交渉の場です。下がってください」
「けっ。私はこの坊やが気に入ったのさ」
「気に入ったのは分かりました。ですがそれは交渉が終わってから十分になさってください」
「そんなんだからあんたは女にモテないんだよ」
女性はハルトを解放すると、先程まで座っていた椅子に座る。
足をクロスさせ、見えそうで見えないポージングをとる。ハルトの顔が赤くなっていることから、あの位置からはもしかすると見えているのかもしれない。
「えっと。契約を結んだことですし、遅くなりましたが自己紹介しましょう。私は連合軍所属ドーレッタ・フォンテ大佐です。歳は18です」
ロココ色、珊瑚色とも言える長い髪の女性。ドーレッタ艦長は見た目キリっとしているが結構他人を頼っていることが分かる。
あの女性を止められないのはそういうところだろう。
ポーズはさっきも見た右手を胸に置き、左手を腹部に当てる格好。
もしかしてあのポーズが敬礼にあたる行為なのかもしれない。あとで練習しておこうとフラウは心に刻んだ。
「私は連合軍所属レスタ・フォンテ少佐、17歳です。この艦の副艦長をしていますが、実際は艦長と同じ権限を持っています。なにかお話がありましたら、私にお話ください。以上です」
ドーレッタ艦長と同じ髪色をした青年。ファミリーネームのフォンテは、艦長と姉弟の関係だと物語っている。
この人からはレザールと同じ強者の雰囲気が感じられ、艦の事や軍の事でわからないことがあったら聞きに行こうとフラウは思った。
「私はレミアス・ソーラ。18歳。階級は大尉らしいわ。ソルジャー部隊の責任者よ。傭兵団長さんにひとつお願いがあるんだけど、そこの坊やを私の中隊に入れてもらえないかしら?」
ハルトを弄り倒した眼帯赤髪の女性はレミアスと名乗った。フラウは彼女をレミアス艦長と言いたくなってしまったが、ここはひとまず我慢を貫いた。
相変わらずハルトに好意があるのかわからないが、フラウには関係がないので何も言わない。
レミアスの意見にレザールは「一理あるか?」と少し頷く、奥の方で「俺は嫌ですよ!」とハルトが言っているが、レザールは聞こえていないようだ。
「私はこの艦の通信士を担当している、レイ・フォレスト少尉であります!歳は16です!よろしくお願いします!」
通信士のレイ。名に恥じない緑色の髪をしたなかなかのイケメンだ。
非番以外は常にブリッジにいるため、誰かを探しているときは中継役で探してくれるそうだ。
ドーレッタ艦長を探している時、レイに相談して、各エリアの責任者に連絡して、報告させることで見つけるらしい。
これで、機体格納庫で会った3人と女性の紹介が終わり、残るは会議室に元から居た3人になる
外見からすると、タンクトップの上腕二頭筋が逞しい男性、エプロン姿の胸筋が逞しい男性、ナース服の全てを優しく包み込んでくれそうな女性だ。
服装で職業がなんとなく理解できるが、その中でもエプロン姿の男性は凄い。
一定のリズムで胸筋がピクンピクン動いている。
上腕二頭筋が逞しい男性が手を挙げ、注目を集めた。
「メッツ・フライガだ。歳は32。軍人下がりの教員だ。ソルジャー機の整備長を担当している。お前達のソルジャー機も担当することになりそうだ。ソルジャーの機体性能を知る所から戦術立案についてもそこの嬢ちゃんとよく話し合っている。だがまぁ戦闘訓練しかしていないがな。常に機体格納庫に居るようにしているから何かあったら話しかけろ」
職人気質のメッツ。傭兵団のソルジャー機も担当するらしく、後でレザールが話しかけに行くだろう。
先程言っていた鍵穴をこじ開けるために。
次の紹介を残ったふたりが譲り合っていたが、結局女性の方が折れたようだ。
「フォルケ・フライガです。歳は31。この艦の保健医と衛生兵長を兼任しています。体調が優れないときは是非メディカルルームにいらしてくださいな」
母性の塊のような白衣の天使はフォルケと名乗る。左手の薬指に指輪をしていることから整備長のメッツと夫婦の関係なのだろうとフラウは推測する。
その薬指に指輪が2つあることがなによりも疑問だが、ここは消極性をフルに発揮して会釈を返すことだけに止めた。
「最後は俺だな。俺はトール・デ・ダッケだ。51歳。この艦の料理長だ。気軽にトールと呼んでくれ。契約用紙に書いてあった食事回数の件だが、1日6回4時間置きに食事するタイミングがある。好きな時に食べに来い。
中には1日6回食べて腹壊す奴や、1回しか食べない女もいる。自分のペースで食べに来い」
料理長のトール。胸筋がピクンピクンしているのが印象に残る凄まじい人。
確かに食事回数は気になっていたが、地球にいた頃の傭兵団は太陽が昇って1回。頂点に登って1回。沈んでから1回の計3回食事を食べていた。
だがここは見知らぬ宇宙空間。星を観察していたけど太陽らしく、食事タイミングに基準になる星は見つからなかった。
食事は自分で好きに食え、ということだろう。気を抜いたら太りそうだとハルトは腹を揺する。
相手がひと通り紹介を終え、視線が傭兵団に移る。
「こちらの紹介は終わりました。では、レザール隊長。お願いします」
ドーレッタ艦長が催促をする。
それを受けたレザールはネクタイを締め直し、立ち上がる。
「俺はレザール。歳は23。傭兵団のリーダーで、ロングスナイパーだ。機動戦は苦手だが、それを補う仲間が居る。詳しい戦術は後ほどソーラ大尉とフライガ整備長に報告し、この艦のソルジャー隊と同調させていきたいと思います」
レザールは敬礼をし、腕を下げた。
そこでメッツが手を挙げる。
「どうぞ。フライガ整備長」
「ロングスナイパーってことはそのまま長距離射撃に特化した機体ってことだよな。
敵機を確実に撃ち抜ける射程距離はどのくらいだ?」
レザールはその質問に沈黙する。
メッツはやっちまったか?という表情になり、少しの間、沈黙が場を支配する。
そこに助け舟を出したのは、意外にもハルトとクリスだった。
「レザールの有効射程距離は60Km以上ってことだけは確実だ。詳しく測ったらただの自慢大会になるからな」
「そうだね、レザールは60Kmなら確実、80Kmくらいならなんとかなると思うな」
メッツの目が一瞬見開く。フラウはその見開きを逃さなかったが、厳つい顔が更に厳つくなったので少し手が震えてしまった。
「有効射程距離については後日検証させていただきます」
レザールは少し気まずそうに腰を下ろす。確かに射程なんて考えたこともなかったから答えられないのはしょうがない。
ハルトとクリスが出した距離はどこから出したのか気になるが、ここも消極的思考でいこうとフラウは思った。
次に立ったのはレグナントだった。座っている順なら次はフラウのはずだが、それを無視して立ち上がった。
中腰になったフラウは諦めるように座り直し、レグナントの方に姿勢をずらした。
「俺はレグナント。長かったらレグと呼んでくれ。歳は23だけど年上だから礼儀正しくってのは少し苦手だ。
傭兵団では切り込み役をしている。主な役割は敵機の機種と位置を把握すること、可能な限り敵機を誘導及び抑えること。全部ひっくるめてスピードアタッカーなんて呼ばれている。射撃戦は出来るが得意じゃない。近接武器で敵機の行動を封じるのが俺の戦闘スタイルだ」
メッツは頭を抱えた。
誰もがフリーハンドなら頭を抱えるだろう。役割が多すぎて何が本命なのかがわからない。
だが、今言った全てがレグナントの役割なのだ。敵機を見つけ、報告し、後衛の俺達の準備が出来るまで敵を引き付ける。
レグナントはそれができる。できてしまうのだ。
「レグと呼ばせてもらう。スピードアタッカーを名乗る限り、そうとう速度が出るのだろう。
最高速度はどのくらい出る?速度を他のソルジャー隊に合わせることはできるのか?」
レグナントは一瞬固まった。だが、すぐに返答した。
「誰よりも速いです。ここにいる誰よりも!」
レザールが吹き出す。フラウは咳き込むだけで難を逃れたが、ハルトとクリスはレグナントの身体に視界を遮られて確認することはできなかった。
机の向こうではフライガ夫妻が必死にお腹をかかえていた。
メッツは顔に表情は出していないが、フォルケは瞳に涙まで浮かべている。ツボに入ったのだろう。
「レグナントさんの機体の速度については映像があります。
先の戦闘映像です。緑に発光しているのがレグナントさんの機体ですので追って見ていてください」
部屋が薄暗くなり、プロジェクターが再起動する。
艦体後方の固定カメラの映像が流れ、帝国軍の艦隊がビームを撃ちながら列を作ってこちらに迫ってきている様子が写っている。
その後すぐ帝国軍のビームがこの戦艦ではないなにかに向かって撃っていた。
小さいが、クリス機のようだ。彼は曲芸のような動きでビームを回避していた。
そして一瞬画面が揺れると、太い黄色に光るビームと、青く細いビームが帝国の艦隊を貫く。
その後、緑色の発光体が恐ろしい速度で帝国軍の艦隊の中に飛び込み、暴れる。
それに遅れてクリス機が赤く発光し、数分後にはこの戦闘は終わったようだ。
この映像を見たフライガ夫妻の顔が凍り、料理長のトールさんはなにやら頷いていた。
「今の戦闘を見て納得した。確かにレグは誰よりも早いだろう。だが、体が耐えられている方に俺は驚いた」
「そうね。この速度だと体にかなりの負担がかかるはずだわ。一見そこまで体をいじっているわけではなさそうだし、どうなっているのかしらね」
フライガ夫妻は速度に触れず、その速度に耐える肉体の方に意識が向いているようだ。
もちろん傭兵達はゲームのコックピットだと思っていたため、加速や衝撃で発生するGは気にもなっていなかった。
機体外部からの衝撃を受ければある程度筐体が揺れるのは、フラウがこの世界に来て初めて目が覚めた時に体感したから知っている。
だが、移動した際のGは全く感じないのだ。急加速しても胸が苦しくならない。これのおかげでフラウは元の世界じゃないと判断し、今に至るわけである。
「レザール。機体にフライガのおっちゃんを乗せていいか?そっちのほうが説明しやすいと思うんだ」
「ちょっとレグ!それは!」
「良いだろう。オーバーブースト込みで許可する」
レグナントの発案にクリスが遮る。
だが、レザールはその案を承認した。
「いいのかレザール隊長。俺は整備長兼作戦立案を任されているが、他の団員の反応を見るに機密だと判断する。しかも機体操作の鍵となるコックピットだ。本当にいいのか?」
メッツが再度確認する。
「時が来たら話すことだ。それが早いか遅いかの違いでしかない」
「じゃあ私は坊やの機体にお邪魔させてもらおうかしら?」
「俺は絶対嫌だからな!レザールさんもなにか言ってください!」
コックピット同席の許可を出した瞬間。ソーラがハルトにロックオンする。
ハルトは必死に抵抗しているが、レザールは聞く耳を持たない。
「じゃあ機体性能のテストの時呼んでくれ」
メッツは不敵な笑みを浮かべながら手を下ろした。