004
連合軍艦アナト級戦艦空母1号〝アナト〟のブリッジでは混乱が起こっていた。
「帝国軍ケプリ級6隻…壊滅です!」
「なんですって!?」
戦艦空母アナトの艦長、ドーレッタ・フォンテ大佐が怒声を吐く。
普段の艦長からは想像できないこの様子に、ブリッジでは多少混乱が起きたが、すぐさま抑えられる。
それを受けた通信士は軽く身を震わすと、通信モニターと通信器具に故障がないか艦内に伝達、再チャックを急いだ。
戦場の解析を急ぐ通信士から、またも報告が上がる。
「続いてアペプ級4隻行動停止!」
「そんな…ありえない!」
戦場を背にして逃路を取っている戦艦空母アナトは、後方カメラからの映像でしか戦場を見ることはできない。
カメラの画質は悪くはないが、カメラが故に視界が固定されている。そのことにドーレッタは多少のイラつきを覚えるも、首を振って指示を出す。
「帝国軍の撤退信号確認!帝国軍撤退していきます!いえ…その足も止められました!」
「情報を集めて!どこの国のバカですか!識別は!?機体識別はどうです!?」
「5機共々機体識別ソナーに反応なし!unknownです!」
ドーレッタは軍帽を脱ぎ捨て、長髪で蒸れた髪を掻き乱す。
「レスタ副艦長とレミアス大尉を呼んで!緊急事態だと!早く!」
ドーレッタは焦りを隠さず早口で指示を出す。この件については艦長一人で判断を下していいものかと思い、副官を頼ることにしたのだ。
その指示を聞いた別の通信士が各副官に指示を伝える。レスタは『すぐ向かう』と残し、向こうから通信を切った。
「レスタ副艦長は会議室からこちらに、レミアス大尉は搭乗機にて待機中です。呼び戻しますか?」
刹那、艦長席のメインパネルにレミアスの顔が映る。赤いミドルの髪に左目の眼帯。慣れ親しんだレミアスの顔にドーレッタは落ち着きのあまり息を漏らす。
『こちらレミアス機。聞こえるかい成り上がりのお嬢様?』
「レミアス大尉。急ぎブリッジへ戻れますか?この戦闘の件について至急相談があるのですが……」
『それは上官命令でも承認できないな』
レミアスの行動に裏切りに近い何かを感じたドーレッタは顔を赤くする。
「なぜです!」
その返事を聞いたレミアスは軽く舌打ちを返す。
『この艦が危険に晒されていることは理解しているのか?
ブリッジとの通信回路は常に開きっぱなしだからそっちの情勢もなんとなくだが伝わっている。5分足らずで帝国軍のソルジャー隊と10隻の軍艦を行動停止にしたunknownがこの戦場にいるんだってな。
先のunknownからの通信と、その後のブリッジの会話でなんとなく相談内容もわかっている。
相談相手はレスタだけで十分だ。あいつは私より頭が回る狡賢い男だよ。
私は最悪の場合、unknownと戦闘することになる。相手が分からない以上、いつでも出撃ができる状態でいたいのさ。私からは艦の速度維持、出撃用カタパルトの使用許可だけ提案することにするさ』
そう言い残し、レミリアは専用通信を切った。
それを聞いたドーレッタは操舵士と通信士に指示を出す。指示内容は先程レミアスに言われた通り、艦の速度維持とカタパルトの開放だ。
後方でドアが開き、一人の男性がドーレッタの隣席に着席する。
「遅くなった。戦況はどうだ?やはり無条件降伏が妥当。この艦に居る民間人と、この艦と全ソルジャー機の交換で手を打てないのだろうか」
「レスタ副艦長!それどころではないのです!」
ドーレッタはすぐさま通信士に後方カメラの拡大の指示を出し、ブリッジのメインモニターに帝国軍の成れの果てが映し出される。
レスタはこれを見てしばし沈黙、指をトントンと腰に打ち付ける。
「なにがどうなってこうなった。順に説明してくれないか?」
レスタは近場に置かれていた紙と自前のペンを持って筆記体勢をとる。
それに応えたのは先程の通信士。名をレイ・フォレストという。
「はっ。この戦場に5機のunknownが現れ、帝国軍を壊滅させました」
要所を紙に書き、レスタは目線でレイに続きを促した。
「今から約10分前、1機のunknownが戦場へ乱入しました。この機体です。左が乱入時の静止画。右が帝国軍の攻撃を回避している映像です」
モニターにはミドルスナイパーのクリス機が映し出されている。映像には高い機動性を見せつけるかのように回避する様子がしっかりと録画されていた。
「この機体が両軍にメッセージを送っています。こちらです」
レイは通信記録を操作し、録音された音声を再生した、
『両軍。直ちに戦闘を止め、軍を退け!これは最終警告である!この警告で戦闘を停止しなければ、攻撃行動を先に起こした軍を殲滅する!』
レイは機材を操作し、音声と映像を同調させる。
レスタは筆を止め、考える素振りをしながら周りを見渡した。
「女か?このメッセージはどこの軍式コードだ?このコードに最初に気づいたのは誰だ?」
「どの軍でも使用されてないコード。おそらくオープンコードの一種だと思われます。気づいたのは隣の彼女です」
レイは隣の通信士に体を向ける。呼ばれた通信士は少し緊張した趣きでレスタに敬礼をした。
「君は…ティーナ君だったかな?その時の状況をできるだけ詳しく話してくれるかな?」
「はっ…はい。戦場に微弱ながら不可思議な電波を傍受したので解析したところ、unknown機からだと判明。
急いで解析を進めたところ、先程のメッセージを受信しました。
このメッセージ以外にも同様の電波が流れているのでさらに解析を進めています」
レスタは更に筆を走らせた。A4サイズの紙は既に裏表びっしりと文字で埋まっている。2枚目をどこからか見つけ、またそこに書き込む。
「とりあえず、ティーナ君。君に感謝しよう。
この艦を救ったのは間違いなく君の行動である。
この件は本国に連絡することにしよう。君はなにか要求することがあったら言うがいい。最善を尽くすことを誓おう」
「あ…ありがとうございます!」
女性通信士、ティーナ・フォートレスは顔を赤くしながら再度敬礼をした。
レスタはレイに改めて目線を動かした。
「報告を続けます。この彼女はメッセージを傍受。すぐさまこのブリッジ全員が聞こえるようにリピート再生を行いました。
艦長はすぐさま全砲手に攻撃を中断、ソルジャー隊の出撃中止を指示しました」
レスタは艦長、ドーレッタ・フォンテ大佐に目を一瞬配らせた。
「それで、その警告を聞かなかった。いや、聞いていたのかは不明だが、その警告を無視した帝国軍はこうなった…か。
それにしても良かったよ。彼女がこの艦に居てくれて。
その後の結果はモニターで見た。このunknownの戦闘記録は録画しているのか?」
「はい。固定カメラですので視点は動かせませんが、帝国軍の動きと一部のunknownの動きはしっかりと録画されています」
肯定の言葉を聞いた瞬間、レスタの顔が綻ぶ。
「一部。という言葉が気になるが後で聞こう。映像を出してくれ」
レスタの指示で、メインモニターのクリス機の静止画と回避映像が消え、戦闘映像が表示される。
映像には開幕、遠くから巨大なビーム砲と細いビームが帝国艦隊を直撃、それと同時に緑の粒子をまとった機体が帝国艦と帝国ソルジャー隊を殲滅する。
少し後に警告を発した機体が赤い粒子を纏い、残った戦力を削り取っていくのが記録されていた。
「これほどの機体を…どこの国だ?いやunknownか…」
「unknownが近づいてきます!」
メインモニターに通常のソルジャー機が持つには強大な重火器を持つ機体が大きく映し出されている。先程までモニターに出されていたシャープな骨格の機体とは違い、銃撃戦に耐えれる太い骨格は異様な迫力をブリッジのクルー全員に与えた。
その後ろには緑の光を発した機体、警告を出した機体、片側に砲門を揃えた機体、スペースデブリと思われるがまとわりついている機体と並んで近づいてくる。
「こちらからの敵対行動は?通信は入れたか?ソナーにunknown機の母艦はあるか?通信士は総力を挙げて母艦を探せ!」
レスタはドーレッタに焦るように聞く。ドーレッタはハッとした表情を見せ、俯いた。
通信士達は急いで戦闘宙域とその周辺を捜索する。短時間だが通信士は死力を尽くしたが、レスタの「いや、捜索は中止だ」の声で手を止めた。
「あのソルジャーの技術を考えると母艦もそれなりだろう。ソナーや各種センサーには引っかからないかもしれない」
未知の技術力に頭を抱えるレスタ。
そんなレスタをよそに、ドーレッタは他のことを考えていた。
「とりあえず敵対行動をしていませんし、あのunknown機はこちらに敵意はあるのでしょうか?
近づいてくるということは何か伝えたいこと…いえ、助けたことについての報酬を要求してくるでしょう。
歓迎の準備をすべきではありませんか?」
「歓迎の準備か。幸いこの艦には食料が多く積まれている。少しくらい減っても構わないか」
レスタは艦内放送の回路を開く。
「デグリー オブ リスクレベル。レッドからイエローに。帝国軍との戦闘は終わった。だが、万が一を考慮してイエローに。
何もなければ1時間後にグリーンに変更する。ソルジャーのパイロットは搭乗機で待機だ。
第一ソルジャー隊は前線装備でカタパルトに移動。出撃は許可しない。以上」
レスタは艦内放送の回路を閉じ、ブリッジクルーの注意を集める。
「この戦闘のことは本国に聞かれるまで誰にも話すな。家族にも、友人にもだ。
この戦闘には不可解なことが多すぎる。第一級秘匿情報として扱う。写真、映像、音源は全て機材からコピーをとり次第、残らず消去しろ」
レスタは息継ぎをせずに言い切る。ドーレッタはそんな通信をよそに、給仕員へ祝勝会とだけ通信を送り、歓迎会の準備を始めていた。
「これから、どうしますか?」
ドーレッタがレスタを見つめる。その瞳は意志を持ち、この質問は唯の確認だとレスタは捉えた。
「このunknown機の件が終わったら本国の艦隊と合流を第一目標とする。補給が必要なら近場のステーションに寄りましょう」
「わかりました。では、通信士、unknownの発した通信コードを開いてください」
「了解です」
ドーレッタは大きく息を吸い、吐く。
「unknown機。聞こえますか?こちらは連合軍所属アナト級戦艦空母。学徒艦1号〝アナト〟。私は艦長のドーレッタ・フォンテ大佐です。先の戦闘の逃走支援、誠に感謝致します。可能であれば、そちらの所属を、そしてこの戦闘に介入した意をお聞かせ願いませんか?」
ブリッジに沈黙が漂う。
ザザッーと通信にノイズが入り、クルーの緊張を引き出立てる。
『こちら、unknown機。ドーレッタ艦長へ。俺達は軍に所属していない。流れの傭兵団だ。俺はレザール。細長い武器を持った機体のパイロットで、この傭兵団のリーダーだ。
して、この戦闘に介入した意。
それは、俺達を雇ってもらいたい。戦闘力は十分にあると自負している。良い返答を望む』
クルーが騒めく。先の女性の声と違うことに、ドーレッタも少しながら動揺し、レスタは爪を噛みつつ脳をフル回転させる。
レスタはドーレッタからマイクを取り、交渉を開始した。
「副艦長のレスタ。レスタ・フォンテ少佐だ。先程の戦闘での貴殿の介入を感謝する。
それで先の返答だが、雇う際の人数と最低限の戦闘報酬をお聞かせ願いたい。
この艦は学徒艦がゆえ、大した報酬も用意できないが、貴殿の戦力は正直に言うと非常に魅力的であり、こちらとしてもお願いしたい。どうか返答を」
この交渉はレスタにとってはひとつの賭けであった。
この交渉を蹴られ、unknown機が去っても連合軍の再集合地点に着くのは1ヶ月、連合国につくのは2ヶ月もかからない。
帝国軍からの追っ手がなければ、十分に帰国できる可能性はある。
帰国の途中で宇宙海賊に襲われる可能性があるが、襲われる際の交渉用に用意した貴重品もある。賊とは金目の物を渡せば無条件で帰ってくれる条約がある。
だが、帝国軍が追ってきたら、賊が万が一条約を破ってきたら、というリスクを考えてこの行動に出た。
そしてそれに対する返答はレスタの想像を良い意味で大きく上回っていた
『レスタ副艦長へ。俺達は5人。最低限の報酬としては、1日3回の食料提供。全員の個室の用意。衣類の提供を基本とし、ある程度の行動と発言の自由を要求する』
「金品は必要ないというのか?」
『艦内で売買が行われる際に特殊な通貨が必要とあれば、多少融通をお願いしたい。
次の通信で最後とする。返答を期待している』
レスタは通信士に指でサインを出し、こちらからの通信を一時的に遮断した。
「レミリア大尉。聞こえていたか?」
メインモニターにレミリア機のコックピット内が映し出される。
レミリアは給水中だったらしく、ヘルメットを外し、髪をなびかせていた。
『聞いていたさ。随分と好条件じゃないか?
簡単に言えばこの艦に住まわせて欲しいってことだろ?
なにも酒、金、女を要求しているわけじゃないし、ある程度がどの程度かの見極めがまだ不十分だが、そこを練れば私はこの傭兵共を雇うには賛成だね。交渉頑張りな』
そして通信が切られる。言いたいことだけ言ってそれを放り投げたままにするのは彼女の悪い癖だとレスタは呟き、オーレッタに顔を向ける。
「私も賛成です。もし身体を要求されれば私が相手をします。私の意志で雇うのですから」
オーレッタが通信士に指示を出し、回線を開かせる。
「要求を呑みましょう。ソルジャー隊が誘導します。ようこそ、学徒艦アナトへ」
『オーレッタ艦長。良き判断に感謝する』
オーレッタは緊張のあまり瞳に涙を浮かべ、レスタは力尽きたように椅子に背をあずける。
通信班はソルジャー隊と機体格納庫にいる整備班に連絡をし、これからのどうなるかと顔を見合わせ、浅く頷いた。