003
この作品には、溢れんばかりのガンダム成分が検出されてます。
苦手な人は…
フラウはふと目を覚ました。いつの間にか寝てしまったのだろうかと回想を始めるが目立った記憶は見つからなかった。ついでにとコックピットで固まった背筋を伸ばし、少し眩しいと思いつつ目を開ける。
目の前のメインモニターには戦闘デモンストレーションが流れていて、画面半分下には『コインを投入してください』という文字が淡く点滅している。
細かな振動が筐体全体を揺するのをフラウは感知した。地震だろうかとフラウは身を構える。いくら日本の地震対策技術が優れているといっても、実際に揺れると誰もがすこし驚くだろう。
フラウはふと思う。そしてこの筐体に閉じ込められてから何時間経ったのだろうかと。フラウが通っているゲームセンターの閉店時間は午後10時だ。
定時になったら清掃や忘れ物チェックで店員が店内を散策し、そしてこのゲームもチェックするだろうと想像する。
そしてチェックしようとこの筐体を調べるが、シャッターが開かない。
そう確認した店員は専用の器具でこのシャッターを開け、フラウを見つける。完璧なシュミレーションであった。
「っと。ケータイ見ればいいのか。なんにせよ自分から行動を起こさないとダメだって上司に言われたばかりじゃないか」
パカッとケータイを開く。最近はスマホという魔法の板が主流になっているが、フラウは未だにガラケーだった。
反スマホ勢力とかではなく、ただ単にフラウは月額追加通信料に怯えているだけの若輩者だ。
ガラケーのバッテリーはフル充電。だが、フラウはそれだけしかわからなかった。
日付は1月1日と表示されているが、絶対に違うとフラウは断言できる。フラウはさっきまで6月の上旬、自分の誕生日に有給を取り、ゲーセンに足を運んでいたからだ。
そして問題の時間。なんと無表示。表記で表すと--:--だ。まったくもって意味がわからない。フラウはさらに混乱する。
ガラケーが故障した可能性としては、ゲーム中に来たビリッとした感覚があったのを思い出す。だがあの程度じゃあ6年共にし、水没しても蘇った愛機が故障するはずもないと、その説を否定した。
「ケータイはダメか。しょうがない。恥を覚悟でフリーマッチに参加し救援を求めるか」
深く溜息を吐き、フラウは座席後方に置いたバッグから財布を抜き取り、100円玉を数枚用意し、差しっぱなしのICチップを確認し、ゲームを開始した。
「嘘だろバーニィ。マジかよなんだよ」
100円硬貨を入れる。ICチップを読み取らせる。パスワードを入力する。フリーマッチングを選ぶ。ここまでは順調だった。
だが、ここまでしか順調ではなかった。
目の前のメインモニターには壮大な宇宙空間が広がっていた。マッチング時間をスキップして、見知った『スペースエリア501戦場』にマッチングされた。それだけなら良かった。だがどうやら違うみたいだとフラウは感じた。
『おい!生きているかフラウ!おい!おい!』
隣にはいつの間にか不格好なバーニアが並んでいる機体。レグナントが操縦する高速戦闘型強襲機があった。
「生きているぞ。それより、静岡の中部にあるゲームセンターに俺が閉じ込められてるって電話してくれないか?」
『よかった生きてるか。他のメンバーも全員生きているぞ。無事かは分からないがな』
生きているというレグナントの言葉に疑問があったが、フラウは即座に忘れる。やはりどこかで地震が起きているのだろうかと恐怖に身を震わせる。この筐体が揺れるとなると、結構な震度だと思い、自分の住む家を心配した。
「どうかしたのか?それよりも連絡を」
『連絡は無理だ。というよりも、地球との連絡が無理だ。諦めろフラウ』
スッとレグナント機の逆方面からレザール機が現れた。右肩と右手と右腰に超遠距離狙撃型スナイパーライフルを装備する左右非対称の機体。記憶が正しければレザールの機体だ。
『少しは冷静になったか?とりあえずメインモニターを見てメンバーを確認しろ。サブモニターのマップと特殊兵装も動くか確認しろ。自分のペースで、ゆっくりとだ』
レザールに言われた通りにフラウは各モニターを確認した。メンバーは先戦の5人。マップの縮尺変更はいつも通り可能。マップの縮尺を広めに表示しなおすと、後方に無言のハルト機。さらに後方にクリス機を確認した。
サブモニターを操作する。特殊兵装のビットも動く。動かないとかはタッチパネルが故障していなければ大丈夫だろうとフラウは結論づけ、試験的に出したBSビットはレグナントの周りをぐるぐる回転させた。今回もビットは元気そうに走り回っていた。
「大丈夫だ。筐体は壊れてないみたいだ」
『そうか良かった。100円玉はあと何枚残ってるか?正確な数を教えてくれ』
この質問にはフラウは即答で答える。
「8枚だ。両替して最初の1ゲーム。それと今入れた1枚だ」
『8枚か。2枚マージンを残しておいて6枚。3060秒。51分か』
フラウはレザールの早すぎる暗算に驚く。電卓でも持っていたのだろうかと疑ってしまうほどの早さだったからだ。
『6枚投入してくれ。ゲーム接続状態じゃないと通信が取れないからだ』
フラウは言われた通りに6枚入れる。そこでふと疑問に思っていたことをレザールに言った。
「なぁレザール。言われるがまま6枚入れたが、何がどうなっているんだ?」
『分からない。それが俺とレグとクリスが出した答えだ。全員のスマホは圏外で日時が全員違う時刻を指していた。それと、今いる場所は宇宙空間で間違いはない。機体を動かした慣性の乗り方が宇宙マップと酷似している。それだけで十分だ』
フラウは聞いたことを心で繰り返し唱え、自分を納得させる。だが不自然なことがいくつかある。宇宙空間だとしたら、あれがないことに気がついたからだ。
「宇宙空間だったら無重力だろ?普通に重力はあるじゃないか。バッグだってちゃんと地に足をつけているぞ」
『そうだ。それも踏まえて俺達はわからないと判断したんだ。それに俺達の機体はどこにも引っ張られていない。少なくとも機体の外には重力はないが、コックピット、筐体の中では重力が発生している。すこし落ち着いたら機体を動かせ。ビット使い、ビッターのお前は戦場では動かなくてもいいが、いざとなった時のために少し動かしておけ』
『全機!ハルトの位置を中心に散開。機体操作を慣れろ。不明なことがあったら質問を飛ばせ。できるだけ全員で考えて生き抜くぞ』
『おう!』
『了解!』
フラウは満足行く回答が貰えなくて少し気を落としたが、無言で頷くと、思考の深みへと意識を落としていった。
ここは宇宙空間。多分地球には帰れない。残りの命の灯火は揺らいでいる。フラウはそう結論を出し、自分を鼓舞する。
『覚悟は決まったか?』
全員のモニターには数々の巨大戦艦。様々なSFアニメを彩る様々な宇宙戦艦が表示されていた。
『これを逃したら餓死すると思え』
レザールが全員に語りかける。それに対し全員は持ち前の特殊兵装を揺らし、それを肯定の意として返す。
目の前は戦場。戦艦の主砲、小型の人型兵器からビームが飛び交っている。まさにアニメだとフラウは思った。
『下手したら死ぬかも知れない。だが、行動を起こさないといつかは死ぬ。早いか遅いか、だ』
フラウは腕に噛み付いた。細かく震えていた指の震えを紛らわせる為の自傷行為。それは死への恐怖なのか、それとも夢なら覚めてくれという願望からか。
『ねぇ…ボクからちょっと提案っていうかお願いがあるんだ。死ぬ前に一度言いたい台詞があったんだ。ダメかな?』
『言ってみろ』
『いや…ちょっとここでは恥ずかしいじゃん』
『そうか。では言ったあとのこと聞こう。言ったあと、どうなって、俺達はどう動くんだ?』
レザールとクリスが会話をしている。フラウは現実味がないだけ気分が楽になってきたようで、全身を脱力させていた。
『んっと。まずは戦いを止める様に警告を言う。それで、先に攻撃行動をした方を死ぬ気で叩く』
『どうやって呼びかける?俺達が使っているこの通信を相手が傍受するとは限らないぞ』
『だから半場自己満足だよ』
全員は戦場に目を移す。現状、数多くの戦艦が、少し離れた1隻の戦艦を追っている状況だ。
その1隻が何をしたのかわからないが、多分悪いことをしたのだろうとフラウは決めつけた。
『わかった。どうせ死ぬのならしたいことをすればいい。俺も、お前達も』
『ありがと。もしどっちも止めなかったらこの制限時間いっぱいまで暴れまわるよ』
『あぁ。俺もだ。強襲機として1機でも多く道連れにしてやる』
クリスが言う制限時間とは…先程入れた100円の残り時間だろうとフラウは確信する。レザールが時間調整して全員をフラウ基準にした結果だ。
残り時間は5分と4クレジット。つまりあと約39分がこのチームの限界時間だ。
あと39分が、全員の命。
『じゃあ。言ってくるよ。出来るだけ大声で叫ぶから、みんな音量を目一杯下げておいてね』
全員、否、フラウは共に戦った戦士のラストメッセージだと思い、音量を少し下げるだけに止めた。
フラウは今年で23歳。みんなは何歳なのだろうか、声を聞く限り同年代だろう。一人は全くわからないけど、同年代だといいなとフラウは前向きに思考を変えた。
「ちょっと待ってくれクリス。流石に近距離武装だけだと舐められちまう。俺の全ビットをつけてやる。セリフを言い終わる前に死ぬなよ」
フラウはサブモニターを操作。指でビットをマップ上のクリスの機体にスライドさせ、離す。
「BSビット4機。ESビット4機。スタンビット3機。シールドビット6機編成。APビット3機。WRビット4機。ARビット4機。今俺の全武装を送った。死なないでくれ。頼むから」
クリスの機種は狙撃機。全機種の中で最も装甲値、命が儚い機種だ。
それに主武装は両腕のツインハンドガン。副武装は腰部にある小型バルカン砲2門。
それにフラウのビットが機体を守るように飛び交っている。
フラウは感極まり、嗚咽を零す。もっと良い兵装をなぜ選択しなかったのかと、悔しさのあまり涙が頬を伝った。
『やめてよフラウ。ボクは死なない。大丈夫だから泣くなよ。いい大人が恥ずかしいとは思わないのか?』
「すまない。もう大丈夫だ」
フラウは再度腕を噛み、感情を紛らわした。利き腕である右腕に2つの歯型。それを見つめ、涙を拭う。
『作戦は…というか作戦でもない。両軍に戦闘停止を呼びかけ、先に背いた方を敵と判断し、殲滅する。残った方と交渉し、どうにか俺達の延命を乞う。いいか?』
『おう』
『了解』
「頼みます」
『ではクリス。行ってこい。そして言ってこい。お前の言いたいことを』
『言ってくるよレザール。そしてみんな』
クリスはそう言い残し、巨大戦艦が連なる中域へと進んでいった。
HNクリス。彼は元重撃機乗りだった。しかし彼は、重撃機の機動性の低さに可能性を見いだせず、強襲機へと機種を変更した。
強襲機は彼が求める機動性を有していたが、得意の射撃戦は不得意としていたため、残る狙撃機に機種を変更した。
そして出会った。装甲値が低いけが、それに見合った機動性を見つけた。追加チップと追加装甲で補えば十分戦えることを。
そして出会った。彼の戦闘スタイルを十分活かせる仲間を。キルが取れないのが悩みだが、勝率は高く、戦闘していて楽しい。そう思える仲間を彼は見つけた。
そして今、彼はその仲間と共に居る。
目の前は戦場。ビームとビームが交差する中、彼はその中央に進んだ。
我が儘を聞いてくれたレザール。
勇気をくれたレグナント。
去り際に肩を叩いてくれたハルト。
そして、我が儘を成す為に全ビットを預けてくれたフラウ。
まさか泣くとは思わなかったけど、嬉しかった。
さぁ。ここからは彼の役目だ。やりたかった我が儘を今、実行しよう。
彼はヘッドホンのマイクを数回突き、仲間に合図を送る。
『………』
何も聞こえない。でもそれでいい。
言おう。これで前へ進めるのならと信じて。
「両軍。直ちに戦闘を止め、軍を退け!これは一時警告である!次の警告で戦闘を停止しなければ、攻撃行動を先に起こした軍を殲滅する!」
言いたいことは言った。宇宙空間で死ねるなんて、日本に留学してきてよかったと、彼は心からそう思った。
『両軍。直ちに戦闘行動を止め、軍を退け!これは一時警告である!次の警告で戦闘を停止しなければ、攻撃行動を先に起こした軍を殲滅する!』
この言葉に既視感を覚えたフラウは、ふと呟いた。
「なぁ、このセリフって…」
それに応えたのはレザール。
『わからないが、発声、発音のニュアンス的に、「軍を退け!」まではオーブの姫様だろうな。声も結構似ているし、録音しておいて正解だったよ』
「ははっ。レザールは物知りだな。なんかわからないけど震えが止まったよ。あとでもう一度聞かせてくれ」
『そうか。おまえはそういう性癖の持ち主だったのか。では戦局を見よう。フラウはシールドビットの耐久値を見つつビット操作。レグはいつでも切り込めるように待機。ハルトはキャノン砲をフルチャージで維持、クリスからの指示を待つ』
『おう!』
「違うからな?くっそ了解!」
「両軍。直ちに戦闘を止め、軍を退け!これは一時警告である!次の警告で戦闘を停止しなければ、攻撃行動を先に起こした軍を殲滅する!」
さぁ言った。これでどう両軍は動くんだとクリスは視線を泳がせる。
左右から危険を意味するアラートが鳴り響く。両軍がクリスに攻撃行動を起こした。だが、クリスはふと疑問は浮かび、この両軍の攻撃の意図をつかもうと試みる。
「逃げている方からは掃射のような実弾兵器。逆の大群からはピンポイントビーム砲?」
クリスは少し考える。幸いクリス機の機動性が高いおかげで回避行動を取りながら思考することができた。
『どうだクリス』
「レザール!もう一度警告を出してみる。僕の予想が正しければ……」
再度、考える。いや考えなくてもクリスはわかった。その直感で勝負を賭けた。
『そうか、ならどちらに標準を構えればいい?』
「大群の方。でも間違いかも知れないからそれだけは覚えておいて。」
『了解した。ハルトのキャノン砲は大群に、俺のスナイパーライフルはあの逃走艦に狙いを定めてある。合図があったら直ぐ援護する』
「ありがとう。じゃあいくよ」
「両軍。直ちに戦闘を止め、軍を退け!これは最終警告である!この警告で戦闘を停止しなければ、攻撃行動を先に起こした軍を殲滅する!」
刹那、逃走艦からの射撃が止み、射線は片軍からとなった。
そのことを瞬時に確認したクリスは通信を送った。
「敵は大群の方で確定。みんなお願い」
『よっしゃあ!』
『了解。狙撃行動を開始する!』
『舞え!俺のビット達!』
オーバーブーストを発動させ、遠くから緑の粒子の尾を描きながら近づいてくるレグの強襲機。
さらに遠くには黄と青。ハルトとレザールがオーバーブーストを発動させたことが分かる。
「僕も行かなきゃ!トランザム!」
左右のレバーと、両足のフットペダルを同時に押す。
メインモニターが若干赤くなる。これはゲームであって、ゲームじゃない。現実に近いゲームだ。
少し進むと自機のいた場所に赤い粒子が残り、消える。
『シールドビットの耐久値は9割ある!そのまま突っ込め!』
フラウからの通信。装甲値が低いクリス機にはこのシールドビットが命綱になっている。
ゲームで初マッチの時はBSビットのサポートだけだったが、回数を重ねるたびにフラウはシールドビットをクリスに回すようになっていた。
クリスの回避技術は高く、被弾は少ないが、『近接射撃機にはあったほうがいいだろ。気持ちの問題でな』とフラウは言っていた。
チームプレイだからそういうのは当たり前だが、クリスはフラウに対し、感謝の言葉を述べたことがあったかどうかと聞かれるとその答えは否であった。
クリスは無理矢理生きる理由を見つけ、敵艦と敵人型兵器にツインハンドガンを構え、撃つ。
右銃は実弾。左銃はビーム弾。敵機の表面装甲に合わせて撃つ銃を変える|DAS《ディフェレント アタック スタイル》に、死角はなかった。
『逃走艦は本格的に逃走を開始した。ハルトはフラウと共に逃走艦に接近。俺とレグ、クリスはそのまま継続。レグとクリスは戦艦の足を止めてくれ。後ろに回り込んで推力発生装置を破壊するだけでいい』
『敵の機体はどうする』
『見つけたら壊せ。殺さなくてもいい』
『いくぜぇぇ』
レグナントは敵艦の後ろに回り込み、強襲用マシンガンで敵艦のエンジンを打ち抜く。
クリスの周りに飛んでいたESビットがフラフラと漂い、別の艦のエンジンに衝突、中規模な爆発が起きた。
「ビット回収かな。っと!」
上空から敵機が大剣を持って近づいてきたが、フラウが操作するスタンビットに当たり、約1秒間硬直した。
その隙に両腕と両足とツインハンドガンで打ち抜き、ダルマ状にして別方向の敵機へと蹴飛ばす。
「生きているのは…あと…3!」
その声に反応するように、ツインハンドガンとツインバルカン砲にAPビットとWRビットが染み込むように溶けていく。
ツインハンドガンの残弾数がいくらか回復し、ツインバルカン砲のオーバーヒートが回復した。
「このキルだけは!」
欲を取り、クリスはツインハンドガンを戦艦のブリッジへ構える。
厚いガラスの奥には驚愕の顔をした人が数人いた。
「人間…なのかな」
構えた刹那、後方から細いビームが艦後方の推力スラスラーを貫いた。
『人間の可能性もあった。違う可能性もあった。だが俺達は動かなければならない。戦闘終了だ。全機逃走艦へ集合。オーブの姫様も早めの帰投をな…クククっ』
クリスは自分の犯した過ちを思い出し、後悔しながら、サブモニターのマップを確認し、みんなの場所へ戻っていった。